第50話 卒婚嫁

「と、いうわけだ」


 パーティ会場を出ると、そこは貴族たちの通う学園。

 適当な空き教室に結界を展開し、そこでイツナとシアンヌに俺が見た状況を説明した。

 教卓の上に腰かける俺に対し、イツナはお行儀よく椅子に座り、シアンヌの方は教室の窓に寄りかかっている。

 夜闇の中、俺たちを照らし出すのは月の光のみ。

 

「えっと、つまりどういうこと?」

「そもそも悪役令嬢というのが何なのかわからんのだが……」


 ふたりとも話にまったくついてこれていない。

 まあ、俺自身にも前提となる知識が足りないから当然なんだけど。


「まずここは恋愛ゲームを原作にしたゲーム模倣型異世界だ。異世界からトリップした主人公のヒロインが攻略対象となる男性キャラクターと結婚するために頑張るゲーム。そんでもって悪役令嬢っていうのは、その名のとおり悪役の令嬢。ヒロインと攻略対象の間に入ってくるお邪魔虫。大抵は攻略対象の婚約者だな」

「……駄目だ、専門用語が多すぎてさっぱりわからん」


 ああ、シアンヌにはそもそも恋愛ゲームとかゲーム模倣型異世界の定義から説明しないといけなかったか。


「大丈夫だ、シアンヌ。俺も自分で言っててよくわかってないんだ」

「ほう、お前が知らなくていい知識なら問題ないな」


 どういう信用の置き方だ、それは。

 うーん、もうちょっと噛み砕いて話すか。


「あらゆる手を使って攻略対象の男と既成事実を作り、結婚すれば勝ちっていうゲームがあって。それを元にした異世界にいるわけだ」

「なんだ、要するに女同士が戦って男を勝ち取るというわけか。それならそうと早く言え」


 脳筋シアンヌには曲解された気がするが、訂正するのも面倒だしこれでいいや。


 さて、問題はこちらの方をぽけーっと見ているイツナの方だ。

 現状を考えると最後の希望なわけだが……。


「なあ、イツナ。恋愛ゲームやったことあるか?」

「ないよ!」


 あ、終わった。


「ど、どうして?」


 せっかく元気よく応えたのに俺がどよーんとしたので、少し慌てたように心配してくるイツナ。


「ああ、恋愛ゲーム経験があるならいろいろ教えてもらおうと思ってさ。実を言うと、この手の異世界を任せてた嫁達は結構昔に卒婚しちゃってていないんだ……」

「卒婚? 離婚じゃなくて?」

「うん、そいつらはハーレムルールを破ったわけじゃないから。俺から独立して自活することを決めた嫁については積極的に卒婚させてるんだよ」


 要するに仲違いすることなくひとつの世界に留まることを決めた嫁。

 それが卒婚嫁である。

 別居も少しニュアンスが違うので、地球で聞いたことのある自活婚約形態の卒婚という言葉を使ったのだ。


 似ているようで全く違う離婚と卒婚。

 離婚の場合、チート能力を没収してリリース。

 卒婚の場合、チート能力据え置きで自由行動。

 どっちに余裕があるかなんて考えるまでもない。


「うーん。卒婚嫁とは召喚契約を結んであるから、一応喚ぼうと思えば喚べるんだけど……」

「召喚……だと? そんなことができるのか!」


 俺の何気ない発言にシアンヌが何故か食いついてくる。


「だったら今すぐ、その契約とやらを私とも結んでもらおうか!」

「ああー……」


 何かと思ったら、前に置いて行かれたことを気にしてたのか。

 まあ、最悪の場合アレで永遠にサヨナラだったし無理もないか?


「うーん……その場合、お前にも『召喚と誓約』を結んでもらうことになるけど、構わないか?」

「そ、それは……」


 そう、卒婚嫁に任意で持たせるチートとは忌むべき『召喚と誓約チート』なのだ。

 今までの俺を見れば、シアンヌにも何を意味するのかは理解できるだろう。

 神妙な顔つきで聞き返してくる。


「つまり、私もお前と同じように異世界を彷徨うようになるということか?」

「いいや、チートを与えるときに誓約者の範囲を設定できるから誓約者は俺限定にする。あと、召喚のタイミングも誓約時じゃなくて、誓約を承諾したとき。召喚も強制じゃなくて要請。俺からの召喚に応じるかどうかも自由」


 ただし、と念押ししつつ指を立てる。


「このチート能力は一度与えたら俺でも二度と外してやることはできない。ただ誓約は『要請に応じて馳せ参じる』……これだけだ。そして俺の召喚要請に応じればもちろんその時いる異世界には戻れないし、一度断った時点で誓約達成不可……俺は二度とお前を召喚することはできなくなる」

「逆に言うと、承諾し続ける限り別の異世界にいたとしても、何度でもお前の下に召喚されることが可能、というわけか」

「そうだ」


 さすがチートマニアのシアンヌ、理解が早い。


 召喚に応じる……この誓約を果たし続ける限り何度でも俺の下へ転移し続けることができる。

 誓約を達成しない、ということは今いる世界に留まり続けるということ。このあたりの基本はまったく変わらない。

 このように卒婚嫁に持たせる『召喚と誓約』はだいぶソフトにしてある。比較すると俺の誓約設定がどれだけクソ神の悪意に満ちたものであるかが窺い知れるというものだ。


「あと、お前に持たせた次元転移チート。アレは設定したポイント同士なら本来、異世界間も移動できるんだが……」


 というより、それが本来の使い方だ。

 複数の世界を股にかける異世界トリッパーご用達のチート能力が次元転移なのである。

 テレポート代わりにしか使えない俺が例外なのだ。


「連続使用ができずクールタイムがあるから一撃離脱戦法には利用できない。次元移動を封印される手段で簡単に封じられる。前に説明された弱点以外にも、そんな特徴があったのか」


 今シアンヌが言ったのが、俺が普通の高速移動に次元転移ではなく、縮地と光翼疾走を用いる理由だ。

 シアンヌには弱点を承知させた上で、俺の次元転移チキンを食わせたのである。


「そうだな。だけど当然、『召喚と誓約』の規制がかかるから俺と同じく異世界間移動はできなくなる。それでどうする?」

「もらおう。お前の召喚された世界がどこかわからず合流できないのであれば、今知った次元転移の能力にだって何の意味もない」


 まあ、シアンヌならそう答えると思ったよ。

 

「それに隠密行動が得意な私が別行動しやすくなるのは助かるし、私がお前の下を離れるとしたらお前が死んだときだけだ。何も困らない」

「あ、わたしもほしいー」


 シアンヌの横からイツナがひょこっと顔を出した。


「イツナも? いいのか?」

「わたし卒婚? っていうの、たぶんしないし。それにサカハギさんとずっといっしょにいたいから!」


 イツナもイツナで泣けることを言ってくれる。

 確かに俺の嫁である限り魅了や洗脳と同じく異世界召喚魔法に対する耐性もついちゃってるから、手持ちの勇者召喚魔法ではどっちみちイツナを喚べない。同じ世界にいないとリリース判定を出せないから、耐性外して召喚っていうのも厳しいし。

 いっしょにいれば気持ちが変わることもあるし、本来なら卒婚までまず渡すことのない『召喚と誓約』だが……このふたりなら何となく大丈夫な気がするな。


「じゃあ、ふたりには『召喚と誓約』を付与したハンバーガーを食べてもらうか」

「む、チキンではないのか?」

「チキン……!?」


 シアンヌが不満そうに訴えると、イツナの目からハイライトが消えた。


「チキンやだあ!!」


 泣き喚き始めたイツナに素早く催眠魔法をかけて黙らせる。

 驚いた顔のシアンヌの肩を叩き、首を振った。


「シアンヌ、なんでか知らないけどイツナはチキンが嫌いなんだ。あんなに美味しいのに……」

「わ、わかった。あの味がわからんとは、かわいそうにな……」


 ふたりして同情しつつ、イツナのここ30秒ほどの記憶を失わせてから催眠を解く。


「ほえ? あ、わたしサカハギさんとずっといっしょにいたいからそれほしい!」


 イツナの元気で健気な姿を見た俺とシアンヌは思わずウッと呻いて目尻を抑えた。




「さて、話を戻すとだ」


 ハンバーガーを食し終えたふたりに、改めて説明を再開する。


「そういうわけだから。卒婚した嫁を召喚する、という手もあるにはあるんだけど。みんな自由に暮らしてるのに手伝わせるのも悪いだろ? 戻れないってことは今の暮らしを捨てさせるわけだしさ」


 しかも召喚理由が「悪役令嬢の異世界がよくわからんから手伝ってくれ」では来てくれるものも来てくれなくなる。

 何よりくだらない理由で嫁を召喚するのは、俺がクズ呼ばわりする召喚者どもと同レベルに堕ちるってことだ。実にいただけない。

 最上位神どもすら笑って殺せる卒婚嫁達を召喚するのは、あくまで切り札だし。


「うーむ、厳しいな」

「誰かわかる人がお嫁さんにいればよかったのにねー」


 シアンヌもイツナも真剣に考えてくれている。


「悪役令嬢がわかる人か……あっ」


 ……そうだ。真名を知ってるから指名召喚できる人材の中にひとり適役がいる。

 そもそも嫁になったこともないから、来てくれるかどうかわかんないけど。

 でも、嫁じゃないからこそイツナと違って召喚可能条件を満たしているっていう例外的人物……。


「先に誓約者と思しき人間に願いを聞きに行くのがいいんじゃないのか?」

「わたしもそれに賛成かな」


 シアンヌたちが言うことももっともだ。

 つーか、俺としたことがそんな基本すら見落していたとは。

 駄目だ、やっぱり微妙にやる気が出てないんだなー。


「それに悪役令嬢とやらが転生者だというのなら、何か知っているかもしれんぞ」

「あっ!」


 シアンヌの提案を聞いた瞬間、埋もれていた記憶がよみがえった。


「そうだ、思い出した! 悪役令嬢は何故か転生者で記憶を取り戻す時期はみんな違うんだけど、必ず異世界の原作プレイ経験があるんだった。だから悪役令嬢に訪れる破滅の未来を『ゲームプレイヤーとして知っている』んだよ!」

「えっと。つまりこの後何が起きるのかを知ってるってこと?」


 イツナがわからないなりに理解したのか頬に手を当てつつ思考に耽る。

 すると、シアンヌがわかったようでわかってない顔でコクリと頷いた。


「よし、私にいい考えがある」

「ほんと? やったね!」


 自信満々に大きな胸を張るシアンヌにイツナがピョンと跳んで元気よく呼応する。


 なんか勝手に話が進んでるけど、こんな状況だとシアンヌでも頼もしい。

 せっかくやる気になってるんだし任せるか。

 だけど……うーん、もうひとつ、思い出さなきゃいけないことがあったような気がするけど……。

 クソッ、こんなことなら悪役令嬢のパターンも頭に叩き込んでおくんだった。


「まあいいや、任せるから。とりあえず俺もこの学園に拠点を作っておくから別行動ってことで」


 後のことは学園に来た時の初動をしながら考えようと思いつつ、結界を解く。


「では行ってくる。数時間したらここに戻るぞ。イツナ、いっしょに来てくれ」

「わかったー!」


 シアンヌの透明化能力でふたりとも消えると、教室の扉が開いてすぐ閉まった。


 うんうん、ふたりともすっかり仲良くなって。

 そろそろお局様に会わせても大丈夫かな?


「さて、俺も情報収集するとしますか」


 俺も教卓の上から飛び降りて、ゆっくり教室を後にした。

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