第31話 剣聖トーリス・ガリノイ

「絶対に許さないぞ!」


 案の定、イツナに対するヒュラムの猛抗議である。

 もはや恒例だな。

 何を許してもらえないのかわからず、イツナが首を傾げる。


「えっと、ごめんなさい?」

「お前、本当に悪いと思ってるのか!? みんなの前でレリスにあんな姿を晒させて! あの子は心が弱い子なんだ、きっともう立ち直れない!!」


 髪を振り乱して涙まで流すヒュラムにイツナが困惑して助けを求めるように俺を見てくる。

 うん、俺にもどうしたらいいか正直わからん。


「いいか、このまま試合に出続けられると思うなよ!」


 いつもの捨て台詞を吐いて去っていったので見送った。

 イツナが「謝りに行った方がいいのかな?」と気にしていたけど、放っておいていいと思うよ。


「勝者サカハギ!」


 ちなみに俺の第三試合の相手は雑魚だったので秒殺した。


「本当に剣星流なんでしょうか? いいえ、むしろこれが真の剣星流なのでしょう! サカハギ選手、怒涛の三連勝! しかも試合の総時間は未だに40秒を超えていませんー!!」


 むしろ1分かかるようだったら、俺は自信を失うよ。

 その後の試合は見てないけど黄色い声援が聞こえたから、準決勝の相手はどうせヒュラムだろうな。

 そういうわけで準決勝である。


「さあ、もう休憩はありません。いよいよ準決勝! 残る選手はたったの4人! 強豪20人の中からシード選手で残るのがヒュラム選手だけとは、誰に予想できたででしょうかー!? 」


 ヒュラムが苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに下品な笑みを浮かべた。

 あ、こいつ何かする気だ。


「Aブロック準決勝! 漆黒使いのシアンヌ選手と雷使いイツナ選手の入場です!」


 意気揚々と舞台に上がったふたりは、早速嬉しそうに語り合った。


「みんなに喜んでもらえるいい試合にしようね!」 

「今度という今度は負けないぞ!」


 これまでの試合でふたりにもファンがついている。

 観客の盛り上がりも上々だ。


「それでは魔戦試合、準決勝。始――」

「あ、待ってください!」


 実況ちゃんが審判の人に割り込んだ。

 イツナとシアンヌはもちろん、観客たちも何事かと騒ぎ出す。


「ただいま、魔戦審議会からストップが入りました! これを読めばいいんですか? ちょっと待ってくださいねー」


 実況ちゃんが何やら不穏なことを言い始めた。

 なるほど、本当にそういう手で来たのか。


「えー、失礼。魔戦試合大会規則第4条に抵触するという試合があったという申し出がありました。該当選手はシアンヌ選手とイツナ選手!? えーと、これって……」

「僕から説明させてもらおう」


 実況ちゃんに割り込む形で、拡声魔法を使ったと思しきヒュラムが説明を引き継いだ。


「魔戦試合大会規則第4条。すなわち、試合において武器と魔法の使用はこれを自由とする……シアンヌ選手とイツナ選手に関しては、これに対する明確な違反があった。シアンヌ選手はどのような魔法にも属さず、魔法名を唱えることのない謎の黒い球。イツナ選手については魔法によらない雷による攻撃。このふたつは武器とも魔法とも認められない」


 うへー、すごい詭弁で来たな。

 武器も魔法も何でもありという文面を逆手に取ってきやがった。

 これ、俺も剣以外使ってたらヤバかったかもな。


「あれ反則なのか?」

「確かに武器でも魔法でもなさそうだったけど」

「そんなに目くじら立てる事か?」


 観客たちの反応はあきらかに納得できないという声が多かった。

 しかし規則と言われた以上、表立って反目する観客もいない。


「両選手を失格とするかどうかはまだ保留しているが、Aブロック準決勝は延期という判断が妥当という結論に至った。もし審議が通った場合はアマリア選手とレリス選手を復帰させ、このふたりによる準決勝を行うものとする」


 ヒュラムの説明で観客たちも静まった。

 注目選手の試合が行われないとのは残念そうだったけど、代わりにアマリア達の試合が見れるということで溜飲を下げたらしい。


 まあ、審議とか言ってるけどハーレムメンバーが回復するまでの時間稼ぎなんだろうな。

 いや、ホントどうでもいいけどアマリアは第二試合で負けたのに、他の選手については一切無視して準決勝に繰り上げなんだね。

 本人や観客たちも気づいてないのかもしれないけど、身贔屓みびいきもここまで来ると褒めるしかない。


「こんなことがまかり通るというのか!?」

「ひどい。あんまりだよ……」


 舞台から引きずり降ろされる形となったふたりが、悔しそうに呟いた。


「今回は残念だった。でも、お前らは俺から見ても確実に成長してる」


 俺のねぎらいにふたりが顔を上げ、きょとんとしている。


「試合ならいつでもできるさ。いずれまた武闘大会のある異世界に行ったら、誓約に関係なくても参加していこう」


 イツナとシアンヌが顔を見合わせる。

 しばらくして、ふたりが俺を心配そうに見てきた。


「本当にサカハギさん?」

「偽物だな?」

「おいおい、お前らの中で俺はどんだけ外道なんだよ」


 辛辣なふたりの言葉に苦笑する。

 ま、この様子なら大丈夫そうだな。


「じゃ、行くわ。ふたりはどうせなら観客席で観たらどうだ?」

「そうする! 頑張ってね、サカハギさん!」

「あの身の程知らずに思い知らせてやれ」


 去りゆくふたりの背を笑顔で見送った。

 いやー、はははははは。


 …………はは。


「さて、と……」


 完全にふたりの姿が見えなくなったのを確認した後。


 近くの壁を軽めに叩いた。


 ズゥン、という轟音とともに伝播した衝撃波が石でできた壁をひび割れて軋ませる。

 天井からもパラパラと塵が落ちてきた。


「やってくれたな青ビョウタン」


 無意識に呪詛が口をついて出る。

 近くを歩いていた係員が恐怖に顔を青ざめさせて逃げ去っていくが、知ったことじゃない。


「いいぜぇ、若造……死ぬより苦しい未来永劫続く地獄っていうのを味わわせてやる」


 さあ、準決勝だ。

 これだけムカつく事をしてくれたんだし、せいぜい遊ばせてもらおう。




「少々変則的ですが、先にBブロック準決勝を執り行います! さあ、お次は間違いなく魔戦大会最大の目玉! 永遠のライバル、剣星流と新魔法! 2年前の対決が今、ここに再現されようとしています!」


 実況ちゃんが客の下がったテンションを上げようと懸命に声を張る。


「新魔法は2年前と同じくヒュラム選手! しかし、剣星流は師範エイゼム氏ではなく、秒殺剣士サカハギ選手! しかし、2年前のエイゼム氏に比べてあきらかに達人! いったい彼は何者なのでしょうかー!?」

「試合が始まる前に僕から一言いいかな?」


 またお前かヒュラム。

 いい加減、拡声魔法まで使って水差すのやめろよ。

 さすがに今回は、みんな引いてるぞ?


「この際だから、はっきり言わせてもらおう。彼は剣星流の名を偽った、まったく別の剣技の使い手だ」


 はんはん。

 どうぞ、続けて?


「剣星流はこんなに強くない。だから、彼は剣星流じゃない。それなのに彼が剣星流を名乗っているのは何故か? それは剣星流道場のエイゼムが人智を超えた悪魔に魂を売って、剣星流の栄誉を回復してほしいと頼んだからなんだ」


 ほうほう、それで?


「そこの男は剣星流じゃない。人間ですらない。そして、魔戦大会は人間以外の出場を認めていない。よって彼はこの場で失格となるべきだ」


 へー……。

 つまり、俺が勝っても優勝はなくなったって言いたいの……?

 ふーん……。


「だけど僕は約束しよう。王国転覆を企むこの悪魔をここで倒すと!」


 会場がシーンと静まり返った。

 ヒュラムに同意する声もなければ、反対する声も出ない。

 まるで全身に見えないスポットライトを浴びようとしているかのように大きく手を広げているヒュラムが実に滑稽だ。 


 あーあ。

 あーあ……。

 やりやがった、やりやがったよ。


 こいつ、自分でブチ壊したぞ。

 整えて来た足場を自ら破壊しやがった。


 今回ばっかりはさすがに観客も黙ってないんじゃないか?

 お前を妄信するファンぐらいだろ、こんな妄言を信じるやつ。

 次は自分を応援しない客を粛清でもする気なんだろうか。


 これで満足か?

 満足なんだろうな。

 お前にとってこの大会は所詮、自分が輝くための踏み台なんだもんな。


 オーケーオーケー。

 わかったわかった、よーくわかった。

 こんな大会にエイゼムが執心する価値なんてカケラもないってことがな。


 これだけコケにされて、俺が黙って受け入れるとでも思ってんのか?

 やってやるよ、いつもどおりに。

 すべて破壊してやる。


「誓約。逆萩亮二は魔戦大会を――」

「っとと、ちょっとお待ちください!」


 俺が代理誓約を立てようとしたところで、実況ちゃんが慌てたように叫んだ。

 もちろん俺を止めようとしたわけではない。

 だけど事態に何か動きがあった予感を覚え、素直に代理誓約の儀式を中断する。


「ただいまのヒュラム選手の『一言』に対し、物言いを唱える人物が現れました!」

「なんだと?」


 ヒュラムが不機嫌を隠そうともせず、顔を歪めた。


「聞き間違いか? この僕に意見? ふざけるな、そんなことが許されるヤツなんて……この世界に存在しな――」

「ただいまより、エルレイエリフ=ストームガルド女王陛下様からのお言葉があります! 皆さま、ご清聴をお願いします!!」


 少しずつ騒ぎ始めていた観客が完全に静まった。

 あのヒュラムでさえも言葉を失う。


「国民は瞑目! 立っている者は跪け!」


 拡声魔法もなく高らかに声を響かせたのは、近衛隊長の爺さんだった。

 ヒュラムが戸惑いながらも言葉に従う。

 無言で俺も従った。そうしたほうがいいと勘がそう言ってる。


「皆さん、これまでの試合はすべて素晴らしいものでした」


 やがて、力強い老女の声が俺たちの中に響いた。

 目を瞑っているせいで、女王の声だけに意識がとらわれそうになる。


「剣や魔法によらなくとも、それは変わらないのだと私は心の底から思います。先ほどかけられた審議に関しても、第4条を拡大して対処します。すなわち武器や魔法以外によるものであっても有効であるとすべきでしょう。もちろん、この大会から」


 ヒュラムが息を呑み、立ち上がる気配がした。


「陛下! お言葉ですが、審議会で決まった決定を覆すとなると如何に陛下といえども――」

「いえども、なんなのです?」


 あろうことか女王の言葉に割り込むヒュラム。

 しかし女王もさるもの。

 拡声魔法を使っていないはずなのに、ヒュラムの抗議をぴしゃりと打ち消した。


「魔戦大会の最高決定権を持つべきは私だと、3年前の謁見の間で貴方自身が言ったのです。まさか忘れたのですか、ヒュラム?」


 見えないけど、この息遣い。

 ヒュラムの中では口約束のつもりだったんだろうな。

 だけど、これだけ観客が集まる中で女王自らに宣言されたんじゃ「違います」とも「忘れました」とも言えまい。


「さて、邪魔が入りました。先ほどのヒュラムの不当な指摘についてですが、私が物言いをつけたいのはこの件についてです。何もなければこのまま胸にしまっておこうと思っていたのですが、そうもいかなくなりました。皆さん、聞いてください……そこに立っているサカハギという人物は紛れもなく剣星流の使い手です」


 さすがにもうヒュラムも口を出そうとしなかった。

 女王が何故、国の重鎮であるヒュラムと対立するリスクを負ってまで俺を庇ってくれるのかはわからないが、無言のままこうべを垂れ続ける。


「サカハギ選手、おもてを上げなさい」


 と、思いきや顔を見せろとおっしゃいますか。

 そういうことであれば、仰せの通りに。


 俺の顔を慈しむように眺めた後、女王はにっこりと微笑んだ。


「ここに告白しましょう。私は幼少のみぎり、賊に連れ去られたことがあったのです」


 観客たちが、わずかにざわついた。


「このことは王国の体面上ずっと伏せられていましたが、今となっては歴史の一事件に過ぎません。そして今重要なのは、賊から私を救ってくれたのが剣星トーリスだということです」


 へー、そーなんだ。

 ……へ?


「生ける伝説として知られる剣星トーリスが私の前に姿を現していたのは、あの頃だけでした。そして50年以上もの時を経て、彼が年老いることなく私の目の前にいます」


 はい?

 えーと、まさか……ひょっとして?


「そう。サカハギ選手こそ……剣星トーリス・ガリノイその人なのです!」


 うっそー!?

 うわうわうわ。

 やっべ、俺も何が起きてるか把握したわ。


 さすがにこの宣言に観客たちも黙ってはいない。

 

「マジで生ける伝説!?」

「剣星トーリス本人だってのか!?」

「ああ、でもそれなら今までの試合も納得だぜ!」


 盛り上がりがすんごいことになっている。

 爺さんが一喝すると、一旦静まったものの。


「結構。私からは以上です」


 という女王の締めくくりによって、再び会場は大歓声の坩堝るつぼとなった。


「女王陛下、ありがとうございました! まさか、まさかの展開の連続! サカハギ選手は剣星流始祖、生ける伝説として知られる剣星トーリス・ガリノイその人だったというのです!!」


 あー、うん。

 そうなんですけどね、えへへ。

 女王の言う通り、この異世界に召喚されるのは初めてじゃなかったりするんだよな。


 でも、そのトーリス・ガリノイって名前で呼ぶのだけは本当にやめて!

 間違いなく俺のせいなんだけど、その名前が異世界、しかも伝説の人物として知られてるとか寝れなくなるからマジ勘弁!


「女王陛下の証言により、ヒュラム選手の指摘は外れていたということになります。この試合はやはり剣星流VS新魔法なのです。しかも双方の起源による、存在を賭けた一戦と言えるでしょう!!」


 さて、ずいぶんかかったけど。

 どうやらようやく試合を開始できるみたいだ。

 審判役の人が俺たちの間に入ってきて、試合可能かどうかを確認してくる。


「お前が……剣星トーリスだと?」


 ヒュラムが憎悪の視線とともに言葉を投げかけてきたのは、そんなときだった。

 

「どうして歳を取ってない……なんて質問は愚問か。召喚されたときに不老にでもなったんだろう」


 はずれ。

 俺が異世界を旅するようになってから数年して、クソ神から無理やり渡されたのが不老不死のチートだ。

 何度捨てたいと思ったかわからないし、本当に呪いみたいなモンだった。


「確信したよ。お前は今、僕にここで倒されるべきラスボスなんだということを」


 挑戦的に俺を指差すヒュラムが恍惚となって笑ったかと思うと、今度は顔を憤怒に歪ませた。


「お前が剣星流なんて余計なものを作らなければ、僕は魔法の天才としてもっと早く世に出ることができたのに……そのせいで、僕の才能が認められるまで20年かかった! 20年だぞ? わかるか、お前は僕の貴重な人生を奪ったんだ!!」

「黙れ」


 ぴしゃりと言い放ち背を向け、10歩の距離を取る。

 ヒュラムも遅れて、渋々といった様子で離れ始めた。

 改めて向き合ってから、今までずっと言いたかった文句を思いっきり吐き出す。


「お前の言い分なんて聞きたくもねぇんだよ。恨みたいなら好きなように恨んで自分の世界とやらに閉じこもりながら、勝手に死ね」

「なんだと、よくも……この僕に向かって!」


 互いに闘志充分。

 観客が固唾を呑んで見守る中、ついに審判の人が戦いの火蓋を切る。


「魔戦試合、準決勝……始め!」

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