第30話 轟く雷鳴、荒れ狂う稲光

「おい、貴様!」


 そいつが待機室に乗り込んで来たのは、すぐのことだった。


「よくもアマリアをあんな目に遭わせたな!」


 ヒュラムだ。

 思いっきりシアンヌに噛み付いている。

 シアンヌが「殺していいか?」という視線を俺に向けて来たので、首を横に振った。


「いいか、チート女! 魔法を消すなんていうのは反則なんだ。この世界ではあっちゃならないことなんだよ!」


 しかし、こいつ本気かよ。

 生きてて恥ずかしくないのかな。

 他の選手も見てるっつーのに。


「このことは後で問題にするからな。覚悟しろよ!」


 あらあら、結局自分が言いたいことだけ言って帰りやがった。


「チート女だそうだ」


 シアンヌが気の抜けた、どうでもよさそうな声でぼやく。


「まあ、チート能力いっぱい持ってるし、そうなんじゃないか」

「確かにそうだな」


 そんな珍事があったものの、イツナもあっさり勝って。

 俺の第二試合だ。


「さて、次はシード選手もついに3人目の登場です! 王国近衛隊長のゼパンド選手ー!」


 俺の前に立ちはだかったのは無骨な、熟練の老戦士といった風情の巨漢だった。

 王国近衛隊長というだけあって、立ち姿も堂々としていて隙が無い。

 いつか俺に剣を向けた騎士ザーナヘイム――何故か名前を憶えてた――とは、まるで別格の男だ。


「魔戦試合、始め!」


 ちょっとは楽しめそうだと剣を構えたが、爺さんは仁王立ちのままだった。


「貴卿に問いたい」


 っと、試合前の問答を所望か。

 ならば、ひとりの戦士として応えよう。


「なんだ?」

「剣星流として、この国の在り方をどう思う」


 うわー、いきなり俺の苦手分野というか興味のない質問!


「どうでもいいね」

「そうか……やはり、今の王国の在り方を見放し、胡乱な目で見ているか」


 いや、単に通りすがりなんで本当にどうでもいいだけなんですよ!


「国を捨てた剣星流がどれほどのものか、見せてもらおう」


 なんか勝手に納得しちゃった爺さんが大盾と剣を構えた。

 不動の、王族を守るための守りの構え。まるでいわおのようである。


「アンタもいろいろ思うところがあるんだろうけどさー」


 問答には付き合ってやった。

 だったら、俺の速攻にも付き合ってもらう。


「剣星流奥義・風板ふうばん


 技の名前とともに鉄剣の腹を振るった。

 不可視の衝撃波が発生して、爺さんを襲う。


「なにっ!?」


 まるで動かせそうもなかった爺さんが、あっけなく吹っ飛んで場外の壁にめり込んだ。

 剣もすっとんでったけど、大盾を手放さなかったのは立派だね。


「場外! 1、2、3……」

「ぐぅっ」


 審判のカウントに慌てて脱出しようともがくものの、重い鎧が変形したのが災いしてうまく動けないみたい。


「8、9、10! 勝者、サカハギ!」

「し、信じられません! あれは魔法ではないのでしょうか!? 剣星流、謎の攻撃でいともたやすくゼパンド選手を吹っ飛ばし、そのまま勝利ー! またも瞬殺! サカハギ選手、一体あなたは何者なんだー!?」


 敗北が確定し、爺さんが壁にめり込んだままがっくりと項垂れる。

 こうして俺も第三試合に駒を進めたのだった。




 一応その後、ヒュラム初登場の試合があったけど、どうでもいいので別に見なかった。

 まあ、待機室に歓声だけはものすごく聞こえて来たけどね。

 若い女の子の黄色い声援を浴びて、自己承認欲求をおおいに満たしたことだろう。


「ふーん」


 待機室のベンチでグータラ寝ていると、覗き込んでくる顔があった。

 童顔の美少女が俺の顔をジッと見ている。


「なんか普通に弱そうなのに、あなた強いのね」

「お嬢ちゃんは?」

「レリス」


 レリス?

 ああ、道場で聞いた覚えがあるな。

 豪奢ローブ着てるし、ヒュラムのハーレムメンバーか。


「レリスちゃんはここに何しに来たの?」

「お兄ちゃんのカマセ犬がどんなやつなのか見にきたの」


 無感情そうな顔して面白いことを言うじゃないの、この子。


「お兄ちゃんって言うのは、ヒュラムのことか?」

「様をつけなよ、殺すよ?」


 目が本気だった。

 というか、指先に魔力集めてるし今ここで殺す気かな?


「はいはい。ヒュラム様」 

「まあいいや、ゆるしてあげる」


 レリスちゃんが指を下ろした。

 どうやら命拾いをしたらしい。


「お兄ちゃんはレリスを強くしてくれたの。だからお兄ちゃんなんだ」

「そーなんだ」


 あー、うん、この子アレだ。

 アマリアよりヤバイ系の方だわ。


「あなたがどんなに強くても、お兄ちゃんには絶対に勝てないよ? だからすぐ降参すること。いい?」


 悪戯っぽく笑っているが、内容は脅迫だ。

 俺の返事を待っている間もノーを許さないとばかりに睨んできている。


「わかったよ。もしレリスちゃんが次の試合に勝ったら、俺は恐れをなして逃げ出すとするよ」

「ふーん……まあいいや。どうせお兄ちゃん以外の存在なんてみんなゴミなんだし、その約束でいいよ」


 満足気にうなずいてレリスちゃんが待機室から走り去っていった。

 せっかちな子である。

 

「確かイツナの第三試合の相手がシード選手だって言ってたはずだよな」


 それなら、次はイツナとレリスちゃんが戦うことになる。

 というわけで悪いねレリスちゃん。

 約束は結んだけど、レリスちゃんが負けるから守らないよん。




 イツナの第三試合。

 意外なことに、レリスちゃんは健闘していた。

 イツナの雷がレリスちゃんを球状に取り囲む力場障壁にことごとく弾かれているからだ。


「なんで雷が通らないのかな~?」

「無駄。あなたの雷には魔力がない。だから、この障壁は貫けない」


 ほう、レリスちゃんってばイツナの雷が魔法じゃないことを見破っていたのか。

 

「そして、この障壁は魔法を素通しにする。あたしはここから一歩も動かずあなたを倒せるの」

「ふーん」


 イツナが何かを観察するようにレリスちゃんを見ながら、出力を下げた雷霆らいていを撃つ。

 またも弾かれた。


 確かに、あの障壁は魔法以外の攻撃を通さない。

 仮にイツナが最大出力で雷霆らいていを撃ったとしても、レリスちゃんには届かないだろう。

 だけど……うん、イツナなら気づくだろうな。


「ねえ。子供のころ、雷って怖くなかった?」


 イツナが迫る魔法をすいすい避けながらレリスちゃんに問いかける。


「何を言ってるの?」


 レリスちゃんの怪訝そうな声に、イツナがえへへっと笑い返した。


「わたしは怖かったなあ。おへそ取られちゃうのかなって、いつもビクビクしてたの。光るし、音がすごいし。近いところに落ちたときの音なんて、本当にもう死んじゃうかと思ったんだー。でも、わたしは雷に打たれたことはないの。それはそうだよね、打たれたら普通なら死んじゃうんだし」

「もういい。ファイアボール、マナエクスプロージョン、フリーズボール、ライオネットバインド」


 しびれを切らしたレリスちゃんが波動魔法を乱発する。

 雷足らいそく――シアンヌを翻弄したスピードアップを俺がこう名付けた――で回避しながら、イツナがレリスちゃんに合掌した。


「話長くってごめん! ええと、何が言いたかったかって言うとね!」


 イツナが耳を塞ぎ、目を瞑る。

 おさげがパリッと小さく音を立てた。

 それが意味するところに、俺以外の誰も気づかない。


「わたしが雷の何が怖かったかっていうと、雷鳴らいめい稲光いなびかりだったってことだよ!」


 次の瞬間、闘技場にでかい雷が落ちた。

 二度三度と繰り返し繰り返し。

 驚きの白さと無音の世界が広がる。


「み、皆さんには私の声が届いているでしょうか!? 先ほどから耳がキンキンしててまったく何も聞こえませんし、光がすごくって目も見えません! というかやめて! これやめて! こわいから、こわいですからー!?」


 実況ちゃんの声が聞こえているのはおそらく、俺だけだ。

 俺も事前に遮光と遮音の魔法を使ってなかったら、ちょっとは驚いたかもしれない。

 一切加減のない最大出力、ただし誰にも当たらない雷が闘技場に落ち続けて、36秒。


「わたしに魔法が撃てるってことは、わたしが見えてるってこと。話が聞こえるってことは、音が通るってこと。だからその障壁は光と音は防げない……違うかな?」


 最も近くに雷を落とされまくったレリスちゃんが、泡を吹いて気絶していた。

 かわいそうに、この衆人環視の中で失禁している。

 もっとも、この試合結果を審判や観客が知るには、もう少し時間がかかるだろうけどな。 

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