第19話 先代魔王の復活

 いつも通りの夜。

 1ヶ月ぶりということもあってか、ベッドの上のシアンヌは積極的だった。

 やる気も殺る気もマンマンである。

 

「サカハギ、いくつか聞きたいことがある」


 そんなシアンヌからピロートークのお誘いだ。

 再会したら何を言おうか考えてたりしたんかな。


「なんだ? わかる範囲で答えるぞ」


 適当な調子で返事をすると、シアンヌの目が鋭く細まった。


「シュレザッドのことだ。あれはやはり、貴様がやったのではないか?」


 ふーむ。

 「やはり」と言うからには考え抜いた末の結論ってわけか。


「そうだよ」


 それなら誤魔化しても仕方ない。

 勝負を邪魔したのは事実。

 怒られる覚悟で頷いたが、シアンヌの意図は別にあった。


「一体どうやってだ?」


 真剣な眼差しを向けてくる嫁に、少しドキッとする。


「どう考えても私が倒したとは思えなかった。貴様が倒したんだとしても、わからない。あのドラゴンが何故死んだのか」

「ああ、なるほどね」

 

 要するに俺が倒したことはとっくに確信してたと。

 怒りより疑問が先に湧くあたり、シアンヌらしい思考回路だ。上昇志向が強い。


「教えてやってもいいけど、絶対に真似できないぞ」

「いいや、貴様からチート能力を奪えば私にもできるようになる」


 あー、まだ勘違いしてるのか。


「ずっと前から言おうと思ってたんだけど、別にチート能力を付与しても俺の能力は消えないぞ」

「そんなことは知っている」

「お?」


 真顔での回答にどう反応すればいいか一瞬わからなかった。


「さっき試させてもらったからな。貴様は私に与えたはずの鑑定眼を使えた」

「え? あー、そっか」


 さっき血判状を見たときか。

 こいつ、それとなく試してやがったな。

 抜け目ないこって。


「それでも奪うという表現を選んでいるのは、私の気分の問題だ。貴様から施しを受けているなどと考えたくない」

「さいですか」


 シアンヌさんって誇り高いんですね。

 ぶっちゃけ面倒くさい性格です。


「話が逸れた。教えられないというならともかく、教えても構わないのなら是非知りたい。どうやった?」


 シアンヌ的に話を聞くのはセーフらしく、どんどん前のめりになってくる。

 いろいろえろい。


「ええとだな……」


 如何にしてシュレザッドを仕留めたか、順を追って説明した。

 途中、シアンヌの質問にも答えつつ秘密も一切なしで暴露する。


「つまり、その逆鱗捲りげきりんめくりという包丁がなければ無理ということか」


 話をすべて聞き終えたシアンヌの結論に頷き返した。


「そういうことだな。だけど、真似できない理由はもうひとつある」

「何だ?」

「光翼疾走は、チート能力じゃなくて異世界魔法なんだ」


 残念ながら俺が他人に与えられるのはチート能力だけで、異世界魔法に関しては教えてやることすらできない。

 なんでと言われても、そういうもんだとした言いようがないのだ。


「だから、もしお前が俺の真似するとしたら次元転移のチートがあるといいんじゃないか。あっちの方がポイント指定も楽だし、障害物も無視できるぞ」


 その名のとおり、次元転移とはテレポートができるチートである。事前に指定したポイントに瞬時に帰還することができたり、汎用性が高い。

 逆に言うと見たことのある場所にしか行けない。初見の異世界を巡る俺にとって、とても残念な弱点だ。


「だったら何故、お前は次元転移とやらを使わず光翼疾走を使う?」

「うーん、理由はいくつかあるけど……」


 シアンヌの当然の疑問に、ああだこうだと身振り手振りを加えて説明した。

 わかってもらえるか不安だったけど、シアンヌは納得してくれたようだ。

 

「わかった。では、その次元転移で構わない。いただくぞ」


 あ、深夜プロレス第2ラウンドですね。

 受けて立ちますよ。




 それからしばらくは、のんびり魔王城で過ごした。

 魔王として召喚されたときとやることは変わらない。

 あかるいチキンづくりと楽しい粛清。その繰り返しである。


 残念ながらシュレザッドの遺骸は竜鱗や骨格こそ素材として回収されていたものの、肉は腐ってなくなってしまっていた。

 それでも魔界貴族どもを皆殺しにしなかったのは、鳥頭の魔界貴族の死体が思いの外いい肉だったからである。

 量が少ないので思い切った使い方はできないものの、フェアチキの鶏肉にかなり近い味が非常にグッドだ。


 チキンづくりの合間に、俺が帰還しても魔王を名乗り続けた愚かな魔界貴族を直々に葬りに出かけたりする。

 コイツらについて言うべきことは特にない。

 俺を召喚した連中よりちょっとは強いかもしれないが、はっきり言って大差なかった。

 ひょっとしたら復活魔王が混じってるかもしれないし、情報を持っているヤツがいるかもしれないと期待したけど、完全にハズレ。

 同伴したシアンヌが積極的に次元転移を試していた事の方が印象的である。


「うーん」


 その日、俺はチキンづくりも粛清もしていなかった。

 復活した先代の調査結果を待ちながら、ああでもないこうでもないと唸っていたのである。


「魔界を再び盛り立てるため、すべてを統率する魔王の復活を我ら此処にこいねがう」


 鑑定眼を起動しながら、血判状の誓約文を読み上げる。

 

「何度やっても、内容は変わらんぞ」


 ベッドでゴロゴロ転がる俺を呆れたように見下ろしながら、シアンヌが口を出してきた。


「わかってるよ」

「どうだかな」


 小馬鹿にするようなシアンヌに、だけど俺はしごく真面目に返した。


「いや、本当にわかってるんだよ。俺が誓約を果たして、しかも同じ異世界に召喚された理由は」

「なんだと!?」

「まあ、仮説だからまだ言えないけどなー」


 ほぼ、これだろうなっていうのは見えている。

 というより、誓約文を改めてよく読んだ結果、消去法で残った答えって感じ。

 だけど、仮説を裏付けるだけの証拠がまだ見つかっていない。


 何か見落としがないか。

 こうしてずっと鑑定眼で魔界貴族のリストなども読んでいる。

 だけど、見つからないのだ。


「失礼します、魔王様」


 おっかなびっくり入室してくるメイドさんの気配を感じる。

 この声、羊角ちゃんだな。


「えっと、ビフロス様から御報告があるそうです」


 ビフロス?

 誰だろう。魔界貴族のひとりかな?


「こちらの部屋ではなく、謁見の間で他の魔界貴族一同が集まる中で調査結果を報告したいそうですが……」

「はあ?」


 ああ、わかった。

 ビフロスって美丈夫のことか。


「まったく、なんだってそんなことをしなきゃ……」


 そう、言い掛けて頭を上げた瞬間。

 あるモノが視界に入る。


「……え?」


 最初、何かの間違いだろうと思った。

 見えたモノが、この異世界にはないはずのモノだったから。

 だけどすぐ、別の異世界でも同じようなことがあったのを思い出す。

 しかも、一度や二度ではない。

 ないはずだから間違いだ……なんて思考は異世界ではナンセンスだ。


 あるならある。それが異世界というものだ。

 

 考える。

 何故、ソレがあるのか。

 いいやそうじゃない。

 何故? なんてことはどうだっていいのだ。


 考えなきゃいけないのは、意味。

 この異世界に俺がいるタイミングで、ソレがある意味のほう。


「つまり、そうか。そういうことか」


 血判状の誓約文。

 見つからない先代魔王。

 俺が誓約を果たし、戻ってこられた理由。


 俺の仮説と照らし合わせたとき、今見えているモノが本当ならば一応の辻褄は合う。

 先代魔王が姿を隠す動機まではわからないが、そんなのどうだっていい。

 何故なら――


「すぐ行くと伝えろ」

「は、はい!」


 羊角ちゃんがパタパタと去っていく。

 この場ですべてをはっきりさせることもできるけど、美丈夫が絶好の舞台を整えてくれた。

 偶然にしては出来過ぎである。


「てっきり無視して呼びつけると思ったが……」

「出向くだけの理由を見つけたんだよ」


 シアンヌの意外そうな声に、俺はゆっくりとベッドから立ち上がりながら応えた。


「なあシアンヌ、感謝するぜ。最初から答えは俺の目の前にぶら下がってたんだ」

「どういう意味だ?」


 意味がわからないとばかりに首を傾げるシアンヌの肩を叩き、その隣を横切る。


「さあ、パーティの時間だ。引き篭もりの先代魔王様を表舞台に引きずり出すぞ」




 謁見の間。

 俺が召喚されて以来、一度も使われていなかった部屋。

 今ここにはあの時と同じく、魔界貴族が一堂に会している。

 いずれも玉座で頬杖をかく俺にこうべを垂れていた。

 もちろん、シアンヌだけは例外だ。俺の隣に威圧感たっぷりで控えている。


「謹んでご報告申し上げます、魔王様」


 美丈夫が整列した魔界貴族の先陣を切る形で片膝をついたままおもてを上げた。


「ああ、言ってみろ」


 先を促してやると、美丈夫が心苦しそうな声音で続ける。


「結論から申し上げますと、先代魔王は復活していないと思われます。霊廟も丁重に調べた結果、ご遺体もそのままでした」

「ほう。では人界の占い師が間違えたということか?」

「は、左様でございます。先代は非常に強大であり、復活あそばされているのであれば……この状況下でなら我らをとりまとめ導いてくださったはずです。それがないということは――」

「もういい」


 これ以上聞いても無駄だと悟った俺は、ぴしゃりと美丈夫の言い分を遮った。


「俺が聞きたかったのは、そんな推測の話じゃない。お前の言うような内容はとっくにわかってるんだ」

「も、申し訳ございません」

「俺は復活したかを『確かめろ』と言ったんだよ。まったく……」

 

 シアンヌの不安が見事に的中したな。

 わざわざ美丈夫が全員を集めたのは、先代が復活していないということを全員で共有し、俺の魔王としての地位を確固たるものにする狙いとかあったんだろうけど。

 少しでも期待した俺が馬鹿だったよ。


「まあいい。実を言うと、俺からも話があるんだ。お前らに倣って結論から言おう。何故俺がこの世界から一度姿を消す羽目になったのか、原因がわかった」


 ざわめく魔界貴族どもを無視し、俺はアイテムボックスから血判状を取り出して見せつけるように広げた。


「ややこしい話は抜きにしよう。原因はお前らの作ったこの血判状にある。『魔界を再び盛り立てるため、すべてを統率する魔王の復活を我ら此処にこいねがう』。俺はまさしく、この誓約をシュレザッドを倒すことで達成したんだ」

「シュレザッドを倒すことで? いったい、どういうことですか?」


 まあ、美丈夫たちにはきっと理解できないだろう。

 魔王パターン3……魔王の復活方法バリエーションを把握していないのだから。


「どうもこうもない。お前らは確かにこの誓約文を作ることで俺を魔王として召喚したつもりだったんだろうし、俺が魔王として役目を果たしても……おそらく誓約は達成できただろう。だけど、俺は図らずも別の方法で誓約を達成した」


 もはや不要となった血判状を発火魔法で焼き尽くし、魔界貴族どもを睥睨する。


「『すべてを統率する魔王の復活』……つまり、先代魔王の復活でな」

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