第18話 考える勇者魔王
召喚陣が現れて、何もできずに飛ばされた理由。
位相が近いとか、並行世界だとかじゃなかった。
最もシンプルな答えだったのだ。
「まさか、まったく同じ異世界に召喚されてたなんてな……いろいろと見覚えがあるわけだぜ」
誓約と同時に俺の足元には召喚陣が現れる。
だけど、実際に召喚するための道が接続されるまでタイムラグがあり、その時間は異世界同士の距離に比例する。
純粋に位相の違いであったりとか、時間が違ったりとか、まあいろいろあるんだけど……今回はほぼまったく同じ時期、同じ異世界に召喚されたことになる。結果として接続のタイムラグがゼロになったことで、ほぼ一瞬で召喚されたというわけだ。
まあ、同時に俺が存在するような召喚はできないから……よほどタイミングが合致しない限り起こり得ないレアケースである。
どうやらこの異世界は人界と魔界が表裏でぴったりくっついていて、ひとつの世界としてカウントされているらしい。
「それでもお前がいなくなってから、ほぼ1ヵ月は経っているぞ」
「百年単位に納まるなら、充分近いさ」
シアンヌが不服そうにしていたから、軽口で答える。
何故かあのままシアンヌが膝枕してくれているので、大人しく甘んじながら事情を説明していた。
「どれだけ捜索しても見つからないからまさかとは思ったが、本当に召喚されていたんだな……」
「逃げたとでも思ったか?」
「ああ、脳裏をよぎったのは事実だが……私との実力差を考えたら、お前が逃げる理由に思い当たらなかった」
まあ、そりゃそうだろうな。
それでも数百年経ってたら、俺が逃げたと判断してたかもしれないけど。
「だが、召喚されたとしたら何故だ? この世界での誓約が終わらない限り、お前は召喚されないのだろう?」
「そうそう、それだよ! 誓約だ!」
別の異世界に召喚されたなら、前の異世界の誓約が何だったかを考えることは無意味だ。
だけど、今回は違う。同じ異世界……しかも同じ時間軸に召喚されたのだから、誓約が何だったかを突き止めることにも意味が出てくる。
「魔王として君臨する……なんて内容じゃなかったはずなんだよ。それならあんなタイミングで召喚されるわけないからな」
シアンヌと話し合った結果、ふたつのケースが考えられるということになった。
まず、誓約が成立した可能性。
そもそも「俺が魔王として君臨する」という誓約ではなかったという場合。
「つまり、魔界貴族どもがお前を騙していたというわけか?」
「うーん……一応そういうことになるんだろうけど、メリットがさっぱりわからん」
少なくともアイツらは、俺が誓約を果たしたら消える存在であるということを今でも知らないはず。
誓約に虚偽を交える必要なんてないはずなのだ。
だとすると、いつかのガキどもみたいに無意識の誓約があった場合か。
本人たちは「魔王として君臨してほしい」と思っていたけど、実は本音が違ったとか?
でも、あの血判状に連ねた名前の数から考えて、全員が無意識の誓約をしていたとも考えづらい。
ガキのときはふたりだけだったし隠れた願望がはっきり一致してたけど、魔界貴族どもの思惑は結構バラバラだったみたいだし。
「それならやはり、誓約破棄のほうか?」
シアンヌの言う通り、もうひとつの可能性が誓約破棄。
「魔王として君臨する」という誓約自体は本当だったという可能性だ。
「それでもやっぱり、タイミングがおかしすぎるんだよな」
シュレザッドとの戦いは突発的だった。魔界貴族どもが計画的に俺をリコールするつもりだったとは考えにくい。
俺がシュレザッドに勝てないと思ったから裏切った? いや、そうは見えなかった。
もちろん俺がシュレザッドを倒したことで、俺が邪魔になったから誓約破棄……なくはない。
だけど、これもやっぱり誓約者の数が多すぎることから全員が全員、俺を無意識に一斉リコールというのは難しいはず。
だったら、シュレザッドを倒したら全員一致で俺を不要だと唱えるように口裏を合わせるつもりだった? あれだけ派手に粛清を見せつけられ、逆らえば殺されるとわかっていながら?
いや、ないわ。
「駄目だな、考えてもわからん」
こういうときは大抵、何か前提条件が違ったり、見落としがあったり、未知の情報があると相場が決まっている。
俺の心をスッキリさせるためにも、きちんと調査すべきだろう。
「ならば、本人たちに直接聞いてみてはどうだ?」
「あいてっ。急に立つなよ」
膝枕からの落下ってチートなしだと結構痛いんだぞ。下は地面だし。
「でも、それはいい考えだ」
連中に悪気があるにせよ、ないにせよ。
俺をコケにしたヤツに、代償を払ってもらわなくっちゃな……。
「魔王様、よくぞご無事で! すぐに宴の用意を」
「いらん。俺が不在の間に何があったか教えろ」
未だに名前も知らない美丈夫の副官におざなりに答えつつ、シアンヌとともに魔王城の廊下をずんずん歩く。
美丈夫が健気に付き従いながら、近況報告を始めた。
「まず生存していた七魔将であるシュレザッド、フェリーダ、ベスティアの3名が死亡した上、魔王様が行方不明となられましたので……魔界は混沌に陥りました」
「ほう、そいつはいい」
秩序なんてつまらんぞ。
混沌万歳だ。
「新たに我こそ魔王と名乗る魔界貴族も現れましたが、いずれも小物。魔王様がご帰還された以上、ほどなく静まるかと」
「マジかー」
ストレス解消に捻り潰そうと思ってたのに。
まあ、今は優先してやらなきゃいけないことが他にあるし。
あと、アレを聞こうと思ってたんだった。
「最近、魔王が復活したって噂が流れてるみたいだけど、本当か?」
前の誓約がどうだったか調べるのは俺の自己満足のためとも言えるが、これは違う。
倒すべき復活魔王について、はっきりさせなくては。
「魔王様でしたら、こうしてご帰還なされましたが……」
「いや、俺じゃなくて先代の復活とかだよ。なんか人界の方だと魔王が復活したって占いが出たらしいぞ」
俺が行方不明になった経緯を話すと、美丈夫は顔を青くした。
「先代が復活……まさか、そのようなことが」
美丈夫が何やら唇をぶるぶると震わせている。
本当に知らないのか。
「それと、お前ら。本当に俺を召喚するときに……魔王に君臨してほしいって、願ったのか?」
少々の殺意を込めて、虚偽は許さないと脅したつもりだった。
しかし美丈夫はそれに気づかなかったのか、淡々と返事する。
「ええ、それは間違いありません。お疑いでしたら、血判状をもう一度ご覧ください」
どうやら召喚にあたっての願いみたいなものもちゃんと記載したらしい。
血判状なら処刑リストとして活用するつもりだったからアイテムボックスに入れてあるし、読んでみるか。
「えーと、何々……なんだこりゃ、大仰な表現すぎて何が何だかわからんぞ」
「見せてみろ」
シアンヌが横から血判状をひったくり、文面に目を落とす。
「ふむ……『魔界を再び盛り立てるため、すべてを統率する魔王の復活を我ら此処に
「なんでわかるんだ?」
俺の素朴な疑問に、シアンヌが怪訝そうに目を細めた。
「……本気で言っているのか? 鑑定眼で見てみろ」
ん、鑑定眼起動。
おー。
おーおーおー。
確かに魔力波動がちゃんと走ってて、ばっちり契約が成立しとる。
なんだこれ、そんなきちんとしたアイテムだったのか。
「シアンヌ、お前頭いいなー」
本気で感心したのに、シアンヌが何故か俺のことを冷たい目で見た。
「……私はこんな男を……いや、考えまい……」
何やらショックを受けているみたいだし、そっとしておいてやろう。
「となると、誓約はこれで間違いないな」
魔界貴族どもを拷問する手間が省けたようだ。
『魔界を再び盛り立てるため、すべてを統率する魔王の復活を我ら此処に
美丈夫の態度と血判状の効力が切れてないのを見る限り、誓約は破棄されてないとみるべきだ。
つまり、俺は何故かあのタイミングでこの誓約を果たしてしまった……ということになる。
「どうする?」
「情報が足りないなー」
神妙なシアンヌの問いに俺も思案する。
最悪、復活した魔王がいない場合「姫さんの言ってた魔王=俺」という可能性も出てくる。
そしたらあの姫さんの誓約を果たすのに俺が自殺しなきゃいけなくなるわけで。
まあ、もちろんそんな誓約破棄して代理を立てるけどな。
「やっぱりまず先代魔王が本当に復活したかどうかを確かめたい。各地で調査させるとか、できるか? 詳細は全部任せるから」
「もちろんです。お任せください、魔王様」
俺の指示に美丈夫が慇懃な礼を返し、場を辞した。
「案外これで見つかるんじゃないかな」
「だといいが……」
楽観的な俺に対して、シアンヌは若干不安そうだ。
「一応、貴様が不在の間は私が魔王領を統治していたが、先代魔王の姿など影も形もなかったぞ」
「ああ、そっか。唯一の魔界将だから最高権力者ってことになるんだな……」
それでも魔界が乱れたということは、魔王不在で限界もあったということだろう。
いろいろ苦労を掛けてしまったかもしれない。
ねぎらいの言葉でもかけてやろうしたところで、シアンヌがそんなことはいいとばかりに口を開いた。
「もちろんそうだが、仮に魔王が復活しているなら……今は返り咲く最高のチャンスのはずではないか?」
「え? あ、そうか」
七魔将も全滅し、魔王だった俺も不在。
先代が復活したなら魔界を一気に取りまとめることができたはずだ。
「となると、やっぱり復活してない?」
人界の占いが示しているのはやっぱり俺のことなんだろうか。
「……あるいは、それほどの好機がありながら何か理由があって姿を見せることができないか」
なんかシアンヌがいろいろ考えてくれてる。
ああ、やっぱり外部思考装置がいてくれると楽だわー。
「駄目だな。今のところ推測しかできん」
シアンヌがそう言うならそうなんだろう。
考えてもしょうがないことはしょうがないのだ。
「あ、そうだ。シアンヌ、俺から離れるなよ」
さすがに今回は大丈夫だと思うけど、また置いてけぼりにするなんて嫌だしな。
「えっ……? あ、ああ……わかった」
何を思ったのか、シアンヌの顔が赤い。
再会してからというもの、シアンヌの様子が明らかにおかしい。
いや、シュレザッドを倒したあたりでもおかしかったけど。
ちょっと冷たくしたほうがいいのかな。
「お前を殺すチャンスをもらうという話が有耶無耶になっていたからな。今夜こそお前を殺してやる」
まあ出会いがしらにも殺そうとしてくれやがったし、平気かな。
この
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます