第16話 魔王だからできる竜の殺し方
これで、あらかた片付いたかな。
つーか、これだけ敵陣地で暴れたというのに噂のシュレザッド様とやらは姿を見せやがらねー。
ひょっとしたら前線に出てるのかもしれない。
「じゃあ、ぼちぼち終わらせるかー」
首をポキポキ鳴らしながら、上空への飛行を開始。
敵陣営をほぼ眼下に納めてから、地上に向けて掌をかざして念じる。
「えーと、ドラゴンいないみたいだし大破壊魔法でいいや」
ブゥーンと、いつもの重低音とともに掌の中に緑の球体が現れる。
これが何かにぶつかって膨張すると、あたり一帯が草一本生えない灰燼と化すことから大破壊魔法と俺が勝手に呼んでいるモノだ。
ていうか、呪文の名前とか長くて忘れたんだけど。
「ほいっ」
ゴミでもポイ捨てする要領で超テキトーに大破壊魔法を放り投げた。
地面に着弾すると、いつもみたく球体が耳障りな音を立てながら膨張していく。
やがて雷みたいなエネルギー力場をまき散らしながら大地と空間を飲み込んでいった。
もちろん、その辺にいるモンスターやらなんやらもいっしょくたに完全消滅である。
これで軍事行動ができるモンスターは一匹も残らないだろう。
とりあえず目障りな連中を一掃するだけなら、こういう大破壊魔法が一番手っ取り早い。
「オッケー、全滅確認。シアンヌんとこ行くかー」
というか、雑魚敵のことなんざホントどーでもいいんだよなぁ。
さっさと
「というか、なんか忘れてるよーな……」
しかも誓約に関わることだったような……。
まあいいか、そのうち思い出すだろ。
なーんて、特に急ぐでもなくフヨフヨ浮いてたのがいけなかったってわけでもなかろうが。
「おろ? なんかすげーことになってんな」
前線がしっちゃかめっちゃかの乱戦になっていた。
というより、あるモンスターによる無双が展開されていたのだ。
「なーるほど。あいつがシュレザッドね」
赤黒い鱗に身を包んだ山のように巨大な竜。
サイズを見る限り千年ぐらいは生きてそうなエンシェントドラゴンだ。
もちろんドラゴンといっても異世界によって強さやサイズ、形なんかも全く違う。
そんな中でも典型的な四足……それがシュレザッドというドラゴンの造形だった。
そいつがたった一呼吸、灼熱のブレスを吐き出すだけで数百単位のモンスターが一瞬でスミクズと化していく。
背後から迫る軍勢も尻尾の一振りでたちまち壊走。
矢やら酸やら魔法やらが常に降り注いでいるが、シュレザッドの竜鱗はビクともしていない。
しっかし、どこにいるのかと思いきや最前線かよ。
見事にすれ違ってたわけか。
早速乱入すべく降下しようとしたところで、シュレザッドの周囲をちょこまかと動いている黒い影に気づいた。
「おー、シアンヌ。アレに挑む気か」
どんな異世界でも途方もなく強大で魔王より強いことも珍しくないエンシェントドラゴン。
通例で考えると勝てる相手じゃないんだけど、ヤバそうだったら俺が助けに入ればいいし。
それにシアンヌの実力にも興味がある。
名乗りでもやってるのか、シアンヌがドラゴンに向かって
その気になればこの距離でも聞き取れるけど、別に会話には興味ない。
シュレザッドとシアンヌはしばらくやりとりをした後、戦い始めた。
「へー、シアンヌって結構強かったんだな」
アイテムボックスから買い溜めしたフェアチキと豆乳を取り出しながら、思わずそんなことをつぶやく。
……戦う姿を見てよくわかったんだけど。
あのシュレザッドとかいうドラゴン、なんでこんな低レベルな魔界貴族どもに混じってんだよとツッコミを入れたくなるレベルでメチャクチャ強い。
エンシェントドラゴンというのは大抵の異世界で最強クラスの霊長で、魔王より強い個体だって珍しくないのだ。
その中でも平均よりちょい上といった感じのシュレザッド様。なるほど、七魔将において最強とされるだけのことはある。
そのシュレザッドと互角、あるいは翻弄する程度にシアンヌが強いというのは意外だった。
もちろん単純なパワーでは比べるべくもないんだけど、スピードでは圧倒的にシアンヌが上。
今のところ被弾もなく紙一重で爪、牙、尻尾などの猛攻をかわし、ブレスに至っては謎の漆黒球体を展開して威力を減退しているように見える。
というか、あの球体はなんだろう。
物理攻撃をあれで防いでいる様子はないから、ブラックホールみたいな……エネルギー吸収力場か何かか。
と思ったら、シアンヌのやつ得物の大鎌にあの黒い玉を貼りつけて付与してるな。
どうもあの黒エンチャント鎌で対物理、対魔法ともに鉄壁の竜鱗を突破して、直接シュレザッドの体内を傷つけてるみたいだ。グロイ。
「なんかこのまま勝てそうじゃん」
動きに精彩を欠いてはいないものの、シュレザッドには焦りや苛立ちがみられる。
対するシアンヌは冷静に動きを阻害する部位を的確に狙って、竜の肉体にダメージを蓄積させていた。
鑑定眼を起動。
さらにデッサンを見るみたいな要領で人差し指と親指のフレームを作り、視界をフォーカスする。
シュレザッドの魔力波動に無駄な乱れはない。今のところ自爆とかはなさそうだ。
むしろシアンヌの方が消耗が激しそう。ひょっとすると魔力切れが近いか?
今のペースだとシュレザッドを削り切るより先にシアンヌが枯渇する方が先かなー。
なんて思ってたら、シアンヌの魔力が不自然な回復を見せた。
「シアンヌのやつ、チート能力を使ったな」
俺が与えたチート能力はそんなに多くない。
翻訳チートを除けば鑑定眼、魔力回復、縮地の3つだけだ。
今のは魔力回復で間違いないだろう。
「魔力回復をアテにして消費の激しい戦い方を選んでいるわけか。やるなー」
こうなると、あとはシアンヌの集中力が持つかどうかだ。
魔力が回復するっていっても、消耗した体力や精神力は戻らない。
少しずつダメージを与えていると言っても、エンシェントドラゴンの生命力は無尽蔵に等しいのだ。
竜鱗の防御を無視できるとはいえ、削りきるとなれば相当な時間がかかるはず。
なんて考えながら、チキン片手にのんびり観戦してたのだが……。
「あ、まずい。シアンヌのやつ、一手ミスりやがった」
しかも本人気づいてないくさい。
詰め将棋みたいな戦いを続けていたからしょうがないけど、このままだと23手後に来る右爪の致命打を避けられない。
シュレザッドの堅実な攻撃スタイルを見るに、大きな判断ミスも見込めないだろう。
シアンヌには怒られるかもしれないけど、しょうがない。
「予定通り、俺がやらせてもらうかー」
アイテムボックスから包丁……
シュレザッドの体は狙いである逆鱗はもちろんのこと、鱗の一枚一枚まで鑑定済みだ。
気配を完全に消しているので気づかれてもいない。
この距離ならわざわざ時間を停める必要もないだろう。
「光翼疾走」
シュレザッドの背に降り立つと同時、一瞬だけむき出しになった逆鱗に向けて包丁を突き立てた。
暴れだす前に再び光翼疾走を使って離脱したけど、その必要はなかったようだ。
何故ならシュレザッドは断末魔の悲鳴を上げることすらせず、地響きを立てながら、その巨体を横たえたのだから。
「な、なにが起きた……」
「よう!」
「シュレザッドを倒したのか。すごい戦いだったなー」
「い、いや私は……」
自分が倒したとは信じられないのか、シュレザッドの遺骸を見上げるシアンヌ。
周囲でもそれを見たモンスターや魔界貴族どもが勝鬨をあげていた。
「こいつを倒せたってことは戦争は勝ちなんだろ?」
「あ、ああ……そういうことになる、だろうな」
なんとも釈然としない顔をしているシアンヌ。
うーん、危なかったからとはいえ勝負に水を差したのには罪悪感があるな。
「ほれ、食うか」
「ん?」
咄嗟に食いかけのフェアチキを手渡す。
「ああ……すまない」
チキンを口にした瞬間、少しぼうっとしていたシアンヌの目が、カッと見開かれた。
「うまい!」
「当然だろう。完全オリジナルのフェアリーチキンなんだからな」
前にあげたモノとは比べ物にならないという説明を訥々と語る。
「そんな大事なものを……ハッ!」
シアンヌが何かに気づいたように顔を上げ、キッと睨み返してくる。
「そ、そのようなもので私の歓心を買えると思うなよ!」
そんでもって捨て台詞を残すと、走り去っていった。
「失敗したかなー……」
助けたこともだけど、自分からデレフラグを作ってどうするんだ、俺は。
こんなことだから嫁に甘すぎるって言われるんだよなー。
さて。
シアンヌが去った後に残ったのは、今回のドラゴンハント戦利品。
うん、でかい。これだけでかければ、しばらくはチキンを作り放題である。
手探りだった昔とオリジナルとの比較が可能になった今では、環境も違うし。
シュレザッド、お前の死は無駄にしないぜ!
しっかし、この包丁。
奇襲とはいえエンシェントドラゴンをほとんど外傷を与えず一撃か。
あのチート転生コックの言ってたことは本当だったんだな。
首を斬り落としたりすれば他の竜殺しでも倒せるだろうけど、こうも綺麗にはいくまい。
これだけあれば、誓約成立までじっくりと――
「って、そうだ。思い出したよ! わざと負けて誓約成立させるっつー作戦考えてたんだった!」
う~ん、でもだからといってエンシェントドラゴンの肉を見逃すのはな~。
まあ、最悪あの美丈夫とかに継承してもいいわけだし、その辺は気楽に考えるか。
どうせしばらく魔王としての生活をしようと思ってるんだし、誓約に関しては気長に考えよう。
もう俺にはオリジナルチキンだってある……なにひとつ、慌てる必要はなくなったのだ。
あとは心の中の牙を抜かれないよう、適度に血と殺戮の中に身を置いておけばいい。
幸い殺して良さそうなヤツには事欠かないしな!
「まあいいか! とりあえず、早速捌いちゃおう」
俺がお気楽気分で口笛を吹きながら包丁を構え、どこから刃を入れるかほんの少し迷った……そんなときのことだった。
――俺の足元に、召喚陣の輝きが現れたのは。
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