【番外編】 side ジャヌアリー

 ルートルード島、「世界の掃き溜め」。法も秩序もない荒くれ共の集う島。

 けど、あたしはこの島が嫌いじゃなかった。大好きな人達が強かに生きるこの土地を、嫌いになんてなれるはずが無かった。


「ジャヌアリー! 無事だったのね!」


 船を港につけるなり、セントが金髪をたなびかせて駆け寄った。あたしが返事をする前に、そのままきゅうっと首に抱きつく。


「あはははは、ただいま、セント」

「心配したのよ。ロートレック号が難破したって聞いたから、まさかノースフィールド号も、と思って」


 ロートレック号……Jの船。もうそんな事まで知ってるのか。さすが情報屋、耳、早っ。


 感心するあたしをよそに、セントは少し涙ぐんでいた。やだなぁもう、可愛いことしないでよ。大人びていつも余裕たっぷりな彼女が、あたしだけに見せるこんな顔が、あたしはたまらなく好きだった。


 と、セントはふっと笑って、風になびく髪を押さえた。


「ごめんなさい、仕事の邪魔になるわね。話は今晩ゆっくりしましょう」

「え、仕事なんて急いでないよ? 荷降ろしの前にやる事あるし、」


 けれどセントは意味ありげに微笑んでゆっくり数歩後ずさった。


「私の仕事もあるのよ。ある依頼人から、ノースフィールド号が帰港したら真っ先に知らせるように言われているの」


 ある依頼人?って?


「ギュート公?」

「ハズレよ、鈍感なお馬鹿さん」


 それだけ言い残してセントは、笑いながら港を立ち去った。


 ちょ、だ、誰が鈍感よ! お馬鹿さんよ! 


 一人地団太を踏んでいたら、指示を出すようにとナナイに呼び戻された。はいはいはい、仕事仕事!


◆◆◆


 荷を降ろして、いつものように全員でクレイのテントに運び終えると、あたしは大きく腕を広げて息をついた。


 あ~~今回のヤマは大きかった! その分収穫もたんまりだけど、さっすがに今回はキツかった! 


 潮風を思いっきり吸い込んで、うんと伸びをしたあたしの横に、靴音を響かせてクレイがやって来た。


「積荷をお預かりしました、私のお得意様。私共で査定を行いますので、少々お時間をいただけますか?」

「あ、うん、お願いね」


 慌てて答えるとクレイは深緑の瞳を優しく揺るがせて微笑んだ。うわ……ヤバイ、あたしこの笑顔に弱いのよ……ちょっと心臓、静かにしてよ! クレイに聞こえるじゃない!


 クレイはそんなあたしに気付いてるんだか気付いてないんだか、相変わらず穏やかな笑みであたし達の船を見上げた。


「よくご無事で戻ってくださいました、栄えあるノースフィールド号の船長」

「あはは、今回はヤバかったわ。途中、『もう駄目かも』って思ったこともあったし」


 ふと目を遣って、船に戻ろうとしているモラを見る。

 あの子がいなかったら今頃、船は――あたし達は、どうなってたか判らない。

 ……あたし達の一番の収穫は、あの子なのかもしれないな……。


「勇敢なジャヌアリー、貴女はこれからどうなさるおつもりですか?」


 ぼんやりと考えていたところに急に尋ねられたあたしは、顎に親指を当てて空を仰いだ。これから、かぁ。黒曜島も制覇したし、そうだなー、次は……。


「そうね、今度は東の海もいいなぁと思うんだけど、でももっと遠出もしてみたいのよね。ちょっと迷ってるんだ」

「では、マスィールへいらっしゃいませんか?」


 その言葉に、あたしは目をぱちくりさせてクレイを見た。


「って、クレイの国? あの、南方の砂漠の」

「そうです。私の生まれ育った砂の海を、貴女にご覧いただきたいのです」


 砂の海。

 その言葉にあたしの胸は高く弾んだ。


 そこではどんな冒険が待ってるんだろう。どんなお宝が眠ってるんだろう。

 馬やラクダに跨って、仲間達と広大な砂漠を駆け巡る様子は、想像するだけで血が騒ぐ。

 熱い砂、焼け付く太陽、踊る黄金、木陰のオアシス。クレイの故郷……。


「うーん、でも陸地への旅となると、兄弟達がなんて言うかなぁ。船置いて行くのも気がかりだし……」

「私と二人旅ではご不満ですか?」


 聞き違いかと思った。でも、見上げたクレイの眼は真剣だった。


 頭の中で必死に今の台詞の意味を追っているうち、優しくそっと手を取られ、指にリングをはめられて。ここまでされればあたしにだってわかった、やっとわかった! 


 あたしがどれだけ、「鈍感でお馬鹿さん」だったかって事が!

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