第4話 オバケの しょうたい

いたの われた かいだんを ゆっくり くだりながら ぼくらは くらやみに めを こらした。さゆうに おおきく ゆれる ふねには あちこちから みずが もれていて どうして これが うかんでいるのか ほんとうに ふしぎだった。


もくざいが くさった においが むねのなか おもく しみこんでくる。


ぼくらは かげ ひとつ みずおと ひとつにも しんけいを とがらせながら いっぽ また いっぽ おくへと すすんで いった。


そうして つきあたりの へやの まえまで きたときだった。


「何か動いてる」


ユーリの ささやきに みんなの あしが とまった。

ぼくは ごしごし めを こすると ユーリの ゆびさした さき くらがりを じいっと みつめた。


「何、あれ……!」


おかしらが ひめいに ちかい こえを あげた。



われた ゆかいたから にんげんの からだほどもある ゆるゆる ながくて うねったものが なんぼんも なんぼんも つきでて うごめいている! まるで ぼくらを さがしているかの ように!



「クソッ、化け物め!」


オーガストが けんを かまえて ふみこんだ しゅんかん ぼくは また あのこえを きいた。




  ――たすけて!




「まって オーグ きらないで!」


ぼくの こえに オーガストは ぴたり ふみとどまった。


「ぼく はなしてみる」


オーガストは けんを かまえたまま ぼくを にらみつけた。


「正気か!? 相手は怪物だぞ!」

「でも たすけてって いってる」

「助けを求められりゃ何でも助けるのか!」

「オーガストも たすけて くれたもの! うみで おかしらが マンボウを つかまえたとき オーガストも たすけて くれたもの!」


ぼくが さけぶと おかしらは しずかに ピストルを おろした。


「アンタ……どうしてそれを」

「だって ぼく うれしかったんだ。にんげんにも こわくなくて やさしいひとが いるんだって わかって うれしかったんだ。だから ぼくは オーガストのことが すきに なったんだ」


ぎゅうって にぎりしめた りょうてが ふるえる。のどが ひりひり あつく はりつく。


と そんな ぼくの あたまを マイクが ぽんぽんと やさしく たたいた。


「いい口説き文句じゃないか。なぁ、オーグ?」


マイクの ことばに オーガストは するどく したうちすると うでを おろして けんを おさめた。


「好きにしろよ。但し、お前に何かあったら今度は迷わず斬るからな」

「うん!」


ありがとう オーガスト ぼく やっぱり オーグが だいすきだ!


ぼくは おおきく しんこきゅうして それから いっぽ くらやみに ふみだした。どうしてだろう ちっとも こわくない。


それより かなしい。

かなしくて さびしくて きいてる ぼくまで なきたくなる。




  ――たすけて……




「どうしたの? ぼく どうしたら あなたを たすけられるの?」


うごめく しょくしゅに ちかづいて そおっと それに ふれてみる。


ちがう。


しょくしゅ じゃない。


これ おおきな おおきな タコの あしだ!


「おばあさん タコなの!?」




  ――誰? 誰か、そこにいるの?




あしが とびだす ゆかしたに むかって ぼくは おおごえを はりあげた。


「たすけに きたよ! ねえ どうしたら たすけられるの!?」




  ――助けに……?

  ああ、無理よ……この私ですら、この板は外せなかったんだから……




「だめだよ あきらめちゃ だめ! ねえ おはなしして。どうして そんな ところに いるの?」


ぼくが ぎゅうって あしを にぎると おばあさんの こえは すこし ゆらぎながら けれども ぽつりと はなしだした。




  ――この難破船はね、魚や海老の格好の棲家だったの。私はいつもそれを狙って、この中に足を伸ばしていたわ。

  ところがある日、腐った板が崩れ落ちてきて、私は挟まれてしまったの。どんなにもがいても、どうしても外すことが出来なくて、私はそれ以来こうして、船ごと漂っているという訳よ……




「それじゃあ おばあさんの からだは この ふねの した なの?」


たずねると へんじの かわりに おばあさんの あしが ゆらり なびいた。



◆◆◆



「装填! 押し出せ!」


オーガストの ごうれいに あわせて みんなで ロープを ひっぱった。ゴトゴト おもたい おとをたてて たいほうが ほうもんへと おしだされる。


じゅんびが ととのうと オーガストは ふりかえって ぼくを みた。


「行くぜ。いいんだな?」


ぼくが つよく うなずくと オーガストは どうかせんに ひを つけた。ジリジリ ひが はしったかとおもったら ほうだいから みみが こわれちゃうくらい おおきな おとが あがった。ほうだんが はっしゃ されたんだ!


たまは ゆうれいせんの せんたいに めいちゅうした。

ねらいどおりだ!


さっき ゆうれいせんに いる あいだに マイクが あちこちを オノで うっておいた おかげで ふねには すぐに おおあなが あいた。


ゆうれいせんは ゆっくりと くずれおちると しろい なみまに のみこまれていった。


マストが たおれる。


ほが うねる。


ぼくらは みんな ひとことも なく うみへ きえゆく それを ただ みまもって いた。


「あれは!」


ユーリの こえに いっせいに みなもを みれば そこには なみしぶきを からめて くねる やわらかい あし。

おばあさんだ!


「タコの おばあさん!」


ぼくが おおきな こえで よびかけると おばあさんは ゆるゆると その みを おどらせた。おばあさんの ぜんしんは すごく おおきくて ゆうれいせんの ばいは かるく あった。




  ――ありがとうね、坊や。

  けれど忘ないで。人間がここを「嘆きの海」と呼ぶのは、決して幽霊船なんかのせいじゃないことを。

  どうか気をつけておいで。




「うん! おばあさんも げんきでね!」


ぼくが てすりから みを のりだして てを ふると となりに いた ミルも いっしょになって てを ふった。それから オーグも やってきて やれやれと いったふうに まえがみを かきあげた。


「全く、とんだ骨折り損だな」


もんくを いいながらも ちゃあんと たすけてくれた オーガストが なんだか おかしくて ぼくと ミルは かおを みあわせて くすくす わらいあった。



うみは こわいや あぶないが いっぱいで だけど やさしいも いっぱいで。

ぼくは そおっと オーガストの よこがおを みると ぽかぽかした ほっぺたを りょうてで くるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る