第3話 なぞの こえ

ジュンの よそくは あたっていた。


タイは みなみに ひがしに およいでいって ノースフィールドごうは いよいよ 『のろわれた かいいき』に ふみこんでいった。


「酷いね、これは」


おかしらが そういうのも むり なかった。


あたりは おもくて なまあたたかい きりに つつまれていて ほんの すこし さきさえ みることが できなかった。うみどり いちわ さかな いっぴき みあたらない。うみも そらも しろに くるまれて なんだか むねが ざわざわ する。



ここが 『なげきの うみ』。



「あれは……」


ユーリが ゆびさした さき めをこらすと みなもから なにかが つきでている かげが うっすら みえてきた。ちかづくに つれ それが ふねの ざんがいだと いうことが わかった。


なんせきもの なんぱせんの あいだを ゆっくり すすみながら ぼくらは ことばが でなかった。


「まるで船の墓場だな」


ようやく しぼりだした テルモの そんな ひとことに ぼくは じぶんの かたを ぎゅうって だきしめた。


ミルクを とかしたみたいな くうきのなか ぼくらは ただ タイだけを しんじて かじを とった。おひさまの ひかりも はばまれて どれくらい じかんが たったのかも わからない。


と マストの てっぺんに のぼっていた ミルが とつぜん おおきな こえを あげた。


「前方に一隻の船を発見! こっちに向かってるよ!」


いそいで ユーリも マストに のぼる。みんな いっせいに ぜんぽうに めを こらした。


まっしろな きりの なか ちいさく ゆらぐ くろい かげ。

ぴしゃんと みずおとに かいめんを みれば タイが すばやく にげる ところだった。


「……おかしいぞ、あの船。どうしてあんなに蛇行しているんだ?」


ナナイの いうとおりだった。


くろいかげは おおきく みぎに ゆれたり そうかとおもうと ひどく ひだりを むいたり ゆらゆら まるで いきものみたいに うごめいていた。


さらに そのふねの「おかしさ」は ちかづくにつれ いろこく うかびあがった。


「何……あれ……」


ぼうぜんとして おかしらが つぶやく。

そのふねに はられているのは とても「ほ」と よべる しろものじゃ なかった。



くちて ぼろぼろに あなの あいた ほ。

おれた てすり。

しだれた マスト。

ちめいてきな おおあなが あいているのにも かかわらず ゆらり うかんだ せんたい。


なにより かんぱん にも だへい にも のりくみいんの すがたが ひとりも みあたらない!



「幽霊船だ!」


ミストが さけぶと ミルが ひめいをあげて マストに しがみついた。けれど その こえに まじる とおくて かなしい もうひとつの こえを ぼくは きいてしまった。




  ――たすけて……




「だれ?」

「どうした、モラ」


こえの するほうを みる。みみを すます。




  ――たすけて……




やっぱり。あの ふねから きこえてくる!


「だれ? だれか いるの!?」


ぼくが へさきから みを のりだして ボロボロの ふねに むかって おおごえを あげると オーガストが ぼくに かけよった。そうして ぼくの こしを つかんで へさきから ひきはがした。


「何やってる! 落ちる気か!」

「きこえないの オーガスト! だれかが『たすけて』って いってる!」

「なんだと……」


かんぱんの うえの だれもが まゆを ひそめて かおを みあわせた。どうして? みんな きこえないの!?


と マストから するすると ユーリが おりてきて おおまたで みんなを おいこしすと ぼくの まえに たった。すんだ はいいろの めが ぼくを とらえる。


「考えて、モラ。どうして君にだけその声が聞こえる?」


えと えと。

ぼくにだけ きこえる こえ。


ぼくにだけ。


そうか!


「おさかなの こえだ!」


ぼくは はしって かんぱんの はじっこまで いくと ロープに よじのぼった。


「モラ!? どうする気だ!」

「ぼく いってくる!」


だって だれかが たすけてって いってる。ぼくにしか きこえない こえで!


「何言ってんだよモラ! 相手は幽霊だよ!?」


ミストが ぼくに よびかけたけど おかしらが みぎてを あげて それを とどめた。


「お頭?」

「接舷するよ。総員、配備!」


ふかい ふかい きりに おかしらの たかいこえが すいこまれた。



◆◆◆



はずみを つけて マストを ける。いきおいよく ロープが ゆれて ぼくらは つぎつぎ ゆうれいせんに のりこんだ。ぼくが くさった ゆかいたを ふみぬいて おっこちそうに なった いがいは みんな とくに もんだいなく じょうせん できた。


ゆうれいせんに やってきたのは こえが きこえる ぼくと リーダーの おかしらと めの いい ユーリと せんとうよういんとして オーガストと マイク。


ユーリは しんちょうに かんぱんを さぐると おれた だへいを コツンと たたいた。


「舵柄もフォアマストも折れているし、帆布も腐っている。一体どうやってこの船が動いているのか、見当もつきません」


けれど そう はなしている あいだも ふねは ゆらゆら だこうしながら まえへ まえへと すすんでいる。みんな だまりこんで ギィギィ ロープの きしむ おとだけを きいていた。マイクが ごくんと いきを のむ。


「……モラ、まだ声は聞こえる?」


おかしらに いわれて ぼくは みみを すました。




  ――たすけて……

  ここから逃がして……




「きこえる」


ぼくが こたえると マイクは オノを おっことしそうに なった。


「かなしそうな おばあさんの こえだ」

「何処から?」


たずねられて ぼくは こんどは めをとじて さっきより もっと もっと みみを すました。


きこえる。

したからだ。


「こっち!」


ぼくが かけだすと オーガストは けんを おかしらは ピストルを ぬいて ぼくの あとに つづいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る