【番外編】 side オーガスト
「え? モラに会ってないんですか?」
いつもポーカーフェイスなユーリにしては珍しく、少し大きな声が上がった。と、隣に座るジュンが俺に代わってそれに答えた。
「あー、モラなら確かに来てたよ。けどその時オーグ、寝てたから」
「ああ、成る程」
「なんだ? モラが俺に何の用だったって言うんだ?」
フォークを握った手を休めて尋ねると、ユーリは少し考えてから、けれど静かに白状しだした。
「オーガストの誕生日に何が欲しいか、聞きに行ったんです」
誕生日? 俺の? ああ、そういや明日だっけ。
と、テルモがニヤリと笑ってつんつんと肘で突付いてきた。
「いっそ『お前が欲しい』とか言っちゃえば?」
「言えるか、馬鹿!」
即、切り返して俺はぐいっとワインをあおった。ったく、言えたら苦労しないってんだ。大体、
――いたい いたい! やだ いたいよ オーグ! オーグ!
……あんな風に抱いちまったからなぁ。もう泣かせたくはないし、恐がらせたくもない。せめてもう少し時間が経つまで、あいつを抱くのはお預けだな……。
ったく、自業自得とは言えキツイな。すぐ手の届く場所で、俺を慕って、潤んだ真っ直ぐな目で見つめてくる小さな存在。それに触れられないなんて。……いや、辛抱、辛抱。アレは俺のモノだ。焦る必要はない。じっくり、じっくりだな。
と、思っていたのに。
「オーグ オーグ」
ぱたぱたと駆けて来るアイツのひらめく服の隙間に、大きく開いた脇からチラリと覗く素肌に、俺は所構わず斬りつけたいような、なんともムシャクシャした気持ちになった。
くそっ、なんだその微妙な露出のシャツは! 一体誰がそんな服を……って、そっか、アレは俺が買ってやったんだった。
モラはそんな俺の下心に気付く訳もなく、つぶらな瞳をキラキラさせて俺を見上げた。えーい、そんな目で見るな! ここが甲板じゃなかったら押し倒したいくらいだ。ったく。
「あのね オーグ おかしらが せんちょうしつに きてって いってたよ」
舌っ足らずのトロトロした口調。でもこれが、ベッドの上だと艶っぽく掠れるんだよな……って俺、何考えてる!
「ああ、分かった。ありがとな」
何食わぬ顔を作って笑い返すと、モラはぱあっと頬を染めた。ああくそ、抱きたい……。いや、我慢、我慢。コイツは俺のモノだ。大丈夫、大丈夫。
呪文のように自分に言い聞かせながら、俺はなるべく早足で、モラの傍から離れて歩いた。
◆◆◆
「最近のオーグ、面白い」
船長室に着くなり、ジャヌアリーに笑われた。……義妹にまで笑われるようじゃお終いだな。俺は不機嫌を隠さずにどかりと椅子に座り込んだ。
「で、何だ? お前は俺をからかう為にここに呼んだのか?」
「あっははは、怒んない怒んない。で、見て欲しいのはこれなんだけどね、セントから買ったカストル戦艦の資料」
そう言って広げられた資料に目を落とす。成る程、最新式の大砲か。
「敵にしたら手ごわいけど、味方にしたら心強いよね」
「ああ、」
どうにか強奪できないか。どこかで奇襲をかけられないものか。そうだな、奴らの航海予定をセントに探ってもらって……
「で、モラとはどこまでいったの?」
「一回しか抱いてねぇよ。……って、オイ、何の話だ!」
慌てて顔を上げたが既に遅く、耳年魔の小娘は腹を抱えて声も出せずに笑い転げていた。くそっ、この女!
「そんなに楽しいか」
「うん、あ、ううん、そうなんだけどそうじゃなくてね。モラの事も相談したいと思って」
モラの?
「あの子、そろそろ雑用じゃなくてきちんとした配置につけようと思って。どこがいいと思う?」
「そうだな……」
見張りに立たせるにしても、あの調子でいつでもどこでもうたた寝されてちゃ意味がないし。水夫やらせるには腕力が足りないし。料理……は、アレは駄目だ、真水を飲まずに海水飲んでるような奴に任せられるもんか! あとは、航海士……いや、奴に速度や方位の計算ができるとは思えない。戦闘なんてもっての他だし、他には……。
「無いでしょ。これと言って」
「……だな」
参ったな。あいつ、ホント何させたらいいんだ。
「船から下ろす?」
「っ!」
「嘘よ」
「…………」
「あはははははは、今のオーグの顔! あはははははははっ」
笑い止まないジャヌアリーを無視するように、俺は頬杖を突いて窓の外に目をやった。もうじき日が落ちる。明日は皆が、俺の誕生祝いをしてくれるという。
アイツは……モラは、何をくれる気なんだろうな。これ以上、俺に何をくれると言うんだ。
もう充分もらっている。熱い思いも、戦う勇気も。
アイツの為ならなんだって出来る。してみせる。
そうだ、これくらいの辛抱、してみせるさ。……多分。多分な!
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