第3話 ふたりの しょうぞうが

ちょうりばの まえを とおったら とっても いいにおいがして ぼくは ひょこっと なかを のぞきこんだ。キッチンでは テルモと ミストが いそがしそうに はたらいて いた。


「あ、モラ、ちょっとそこのビン取ってくれ!」


テルモに いわれて ぼくは あわてて そばにあった ビンを てわたした。テルモは「サンキュ」といって ビンから くろっぽい こなを ひとつまみすると なべに ふりいれた。


「いいにおいだね」

「だろ?」


ぼくの ことばに テルモは とくいげに むねをはった。


「もうすぐオーグの誕生日だからな。今から仕込みしてるんだよ」

「すごい!」


めを まるくした ぼくに ミストは わらって フライパンを ゆすった。じゅう と ゆげが あがって こうばしい においが たちのぼる。


「俺達に出来る事って料理しかないからさ。モラもスペシャルメニュー楽しみにしてて!」


こくこく うなずいて ぼくは ちょうりばを あとにした。おなかが ぐうぐう なっている。



すごいなぁ。テルモも ミストも すごい。

おいしい りょうりで みんなを げんきにしたり おいわいしたり できるんだもの。



ぼくは?

ぼくには なにが できるのかな。




「ねぇモラ、見て見て!」


ろうかを あるいてたら ぼくの うしろから ミルが ぱたぱた かけてきて おおきな かみを ひろげて みせた。きれいな いろで えが かいてある。あおい そらと くろい はたと。それから くろい うわぎをきた おとこのひと。


あ これ。


「オーグだ」

「うん! わかる? ちゃんと似てるかなぁ」

「うん にてる。ミル えが じょうず なんだね」


びっくりして そういったら ミルは ほっぺたを あかくして えへへと わらった。


「この間の僕の十一歳の誕生日の時にね、オーグに絵の具をもらったんだ。だからこれはそのお返しだよ」


すごいなぁ。

みんな すごい。


なのに ぼくは なんにも できない。


しょんぼり うつむいた ぼくの ズボンを ミルが つんつんと ひっぱった。


「あのね、モラ。今、ひま? モラに、絵のモデルになって欲しいんだ」


え ぼ ぼく!?


「だって それ オーガストに あげる え でしょ?」

「だからだよ。このオーグのとなりにね、オーグの好きなモラを描きたいんだ」


え。

ミル ミル いま なんて いったの!?


「オーガストが ぼくを すき?」

「そうだよ。この間そう言ってたじゃん」


うそ。

うそ。

そんなの うそだ!


ぼくが めを みひらいて くちを ぎゅっと むすんで ぷるぷる くびを よこに ふってたら ミルが ぽかんと ぼくを みあげた。こえが ふるえる。


「ちがうよ すきなのは ぼくだ。ぼくが オーガストを すきなんだ」

「オーグもモラのこと大好きだよ」


うそだ しんじられない! 

けど うそじゃない。ミルは うそなんか つかない!


「わわわ、モラ! 泣かないでよ!」


あわてて ミルが スカーフを くびから といて ぼくの かおを ふいてくれた。けれど ぼくからは ぼろぼろ なみだが こぼれて とまらなかった。


うれしいとか かなしいとか そういうんじゃなくて ただ ただ びっくりして なみだが とまらなかった。



◆◆◆



「僕が言うのも変だけど、」


ミルが えのぐを かみの うえに ぺたぺた おきながら ぽつりと いった。


「ちょっとオーグ、かわいそう。オーグはモラのことが一番好きなのに」


ぼくが しょんぼりして うつむいたら とたんに ミルに「モデルはちゃんと背筋伸ばして!」と ちゅうい された。ぼくは あわてて しゃんとすると こんどは まっすぐ まえを みた。


ぼく かしこく なりたい。

もっと もっと かしこく なりたい。


オーグの くれる だいすきを うけとめられるくらい かしこく。

なれるかな。なれるよね。なれるまで がんばろう。

ぼくは もう にんげん なんだもの。


「よし、できた!」


そういって ミルが おおきな かみを ひらり こちらに むけてくれた。くろい うわぎの オーグの となりに あかい バンダナの ぼく。


ぼくだ。ぼく オーガストの となりだ。あたまに リリまで のっかってる。


うれしくって はずかしくって ゆびの さきまで ぽかぽか した。そんな ぼくを みて ミルも えへっと てれくさそうに わらった。


「モラ、ありがとね! オーグも喜んでくれるといいなぁ」

「うれしいよ! こんなに かっこいい え ぜったい ぜったい うれしいよ!」


それにくらべて ぼくは。


「ぼくは オーガストに なにをして あげられるのかな」


ぽつり つぶやいたら ミルが ぱあっと わらいかけた。


「モラ、歌上手だもん! 歌、歌ったらいいよ!」


うた。


「ぼく うたうの すきだ。オーガストの きょく だいすきだ」


みを のりだした ぼくに ミルが きらきらした めで みつめかえした。


「ユーリがさ、バイオリンで弾いた曲あったでしょ? あれにモラが歌詞つけるってどうかなぁ。誕生日をお祝いする内容で」


ぼくは どきどきして なんども なんども うなずいた。


「ありがとう ミル。ぼく やってみる!」


ミルは ちからづよい ひとみで ぼくをみつめて にこっと わらうと ぼくのてを ちいさな りょうてで ぎゅっと にぎりしめた。




ちょぞうこで ニワトリたちに エサを あげてる あいだも ぼくは ずっと かんがえていた。


うたに しを つける。それは とっても すてきで どきどき することだけど こんなに いっぱいの だいすき どうやったら つたえられるんだろう。とっても すてきで むずかしい。



そのあと ほを たたむのを てつだったときも ゆうしょくに マメのスープを のんだときも ハンモックに はいってからも ずっと ずっと かんがえていた。


そうして うとうと とろとろ ゆめに おちる ちょっとまえに やっと すこしだけ ことばに なった。


オーグ オーグ。ぼくの だいすき つたわるかな。

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