第2話 プレゼントさがし

ちいさな かみきれを にぎりしめて ぼくは ハッサンの へやに とびこんだ。


「ハッサン ハッサン」


ハッサンは つみあげた ほんの やまから かおをあげると ふんわり やわらかく ほほえみかえした。


「モラ、どうしたのですか? そんなに慌てて」

「あのね ぼく ふねの なまえを かいたんだよ! ハッサンが おしえてくれた もじだよ!」


そういって かみきれを てわたすと ハッサンは めを ほそめて それを みた。


「『ノースフィールド』……ええ、よく書けていますね。次はhを左右正しく書けるようになりましょうね」


ほめられて ぼくは ほっぺたが ぽかぽか した。それから ぼくが かいた もじを もういちど みた。


「ねえ ハッサン『ノースフィールド』って どういう いみ?」

「『北の大地』という意味ですよ」


やったあ。ひとつ おりこうに なった。


「それじゃあ『モラ』って どういう いみ?」

「マンボウの学名でしたね。少し待ってください」


そういって ハッサンは たなから ふるい ほんを とりだして ぱらぱらと ページを めくった。ぼくは わくわくして つくえに かじりついて ハッサンの てもとを みつめていた。


「ええと……あった、これです。ラテン語で『引き臼』」


ウス。


「きっと、形が石臼に似ている事に由来しているのでしょうね」


ぼくは ウスって みたこと ないけど ぼくに にた かたちを してるなら きっと ひらべったいんだと おもう。


「それじゃあ『オーガスト』って どういう いみ?」

「『八月』ですよ。……そうか、もうそんな時期ですね」


そういって ハッサンは ぱたんと ほんを とじた。


「丁度明後日が、オーガストの誕生日です」

「たんじょうび?」

「つまり、オーガストの生まれた記念日です」


そうなんだ!


「船内でも、何かお祝いをすると思いますよ。ご馳走が出たり、贈り物をしたり」


おくりもの。

どうしよう ぼく オーガストに あげられるもの もってない。


やっぱり ぼくを たべてもらうしか ないのかな。このあいだは なめられたり かじられたり したけど たべられては いないもの。


うーんと うーんと。


つくえに あごを のっけて うなりながら なやむぼくを ハッサンは やさしいめで みつめるだけだった。



◆◆◆



「へぇー、人間って面白い風習があるのね」


タイの しみじみとした ことばに ぼくは こくんと うなずいた。


「で、マンボウはどうするの? お祝いするの?」

「うん ぼく それで いま なやんでるんだ」

「モラ、何をしてるんです?」


いきなり うしろから こえを かけられて ぼくは びっくりして ふねの へりから ころり うしろに しりもちをついた。その ひょうしに リリが ぼくの あたまから バサバサと とびたつ。いたい おしりを さすりながら みあげたら そこには ユーリが たっていた。


「ユーリ」

「さっきから海に向かって一人で何を言ってるんですか?」

「タイと はなしてたんだ。ほら あそこ」


ぼくが かいめんを ゆびさすと ユーリも てすりから みを のりだして そっちを みた。タイの うころが きらり ひかる。


「……あの魚と、会話をしていたと言うんですか?」

「うん」


そっか。にんげんには おさかなの こえが きこえないんだ。


ユーリは しずかな めで まっすぐに ぼくを みた。そうして ゆっくり くちを ひらいた。


「モラ、前々から気になっていたんです。君は一体、何者なんですか?」


えーと えーと。


「ぼく ほんとうは マンボウなんだ。まほうの くすりで にんげんに なったの」


ちっちゃい ちっちゃい こえで けれど ぼくは しょうじきに いった。ほんとうは これ いいたく なかったんだ。だって これいうと おかしらも マイクも ミストも みんな わらうんだもの。


けれど ユーリは あかるい はいいろの めを すこし ほそめただけで わらったり しなかった。


「わらわないの?」

「否定するより、肯定したほうが辻褄が合うので」


そういって ユーリは また うみを みた。しせんに きがついたタイが あわてて うみのなかに もぐっていく。


しおかぜが さあっと ぼくらの ほっぺたを とおりすぎる。リリが マストの うえから おりてきて ぼくの あたまに のっかった。


「クロイ サンゴノ シマ! クロイ サンゴノ シマ!」


リリの たかい こえに ユーリが こっちを ふりかえった。とびいろの みじかい まえがみが おでこの うえで ゆれる。


「モラ。君がただの人間じゃないことは皆薄々気がついています。ただ、今確かなことは、君の助けが必要だということ。この船にも、オーグにも」

「オーガストにも?」

「先頭切って突っ走って、向かい傷を一番受ける人ですから。俺達は彼と一緒に戦うことは出来ても、彼を癒すことはできない」


ユーリは そこまでいうと ふっと ひょうじょうを くずして ぼくを みた。


「君が来てからオーグは変わった。きっと君が、魚から人間になった以上にね」


よくわかんないけど ぼく オーガストのために できることが あるなら なんでもする。なんでも したい。

そうだ。


「ユーリ ユーリ。オーガストの おたんじょうびに ぼく なにを あげたら いいかな」

「そうですね。気持ちがこもっていれば何でも喜ぶと思います。けど、いっそ本人に聞いてみてもいいかもしれません」


そっか。ちょくせつ オーガストに きけば いいんだ! きが つかなかった!


「ありがとう ユーリ!」

「どういたしまして」


ぼくは ぴょこんと あたまを さげてから オーガストを さがしに かんぱんを はしりだした。




ふねの なかを うろうろ きょろきょろ して ぼくは やっと オーガストを みつけた。せんちょうしつで いすに すわって ほおづえ ついてる。


つくえの うえには なんまいもの ちず。てにした ペンの さきっぽは インクが すっかり かわいてる。オーガストは めを とじたまま ぴくりとも しない。


「オーガスト?」


へんじがない。どうしたの オーガスト?


「あ、しーっ、モラ」


とおりかかった ジュンが ひとさしゆびを くちびるに あてた。


「オーグ、夕べ見張り当番だったからさ。ちょっと寝かしといてあげて?」


ぼくは ジュンが したのと おんなじように くちびるのまえに ゆびをあてると こえはださないで こくこく うなずいた。

そっか。オーガスト ねむたいんだ。それじゃあ おたんじょうびのこと きけないや。


あきらめて ぼくは そおっと オーガストの かおを のぞきこんだ。


とんがった あご。さらさらした ながくて ちゃいろい まえがみ。めも ほそくて つりあがってるけど まゆげも ほそくて つりあがってる。めをとじると まつげが とっても ながいのが わかった。



ひろい ひろい うみで ぼくを みつけて くれたひと。

ぼくは うみのなか オーグは うみのうえ。

だけど であえたよ。ぼくら それでも であえたよ。だから だからね。


これからは ぼくが オーグを みつけるよ。いっぱい いっしょに いてね オーガスト。

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