【番外編】 side ハッサン
「はい、終わりましたよ。痛みは随分引いたかもしれませんが、熱が下がるまでは無理しないように。船長とも、出航は延ばすという事で話してありますから」
「ああ。すまないな、ハッサン」
オーガストは頷いて、包帯の巻かれた腕をさすった。燃え盛る屋敷に飛び込むだなんて、全く無茶ばかりするのだから。オーガストの無鉄砲さは、子供の頃から変わらない。
あれはいつだったか。
襲撃された村、焼け落ちた民家。唯一の生き残りらしき女の子を抱き抱えて船に戻って来たオーガスト。そう、あれは確か彼が十、私が十二の時。荒れた海の、一月の日。「女を船に乗せるのは不吉だ」と周囲から散々反対されながらも、一歩も譲らなかったオーガスト。まさかあの時の女の子が、立派な海賊になるなんて。
「オーグ! いる!?」
突然ノックもなく、大きくドアが放たれた。噂をすれば。
「ジャヌアリー、どうした」
「モラは!? ねぇ、船に帰ってない!?」
焦りを含んだ船長の言葉に、オーガストの顔色がさっと変わった。
「……どういう事だ。一緒じゃなかったのか?」
「気付いたら酒場からいなかったの! もしかして船に、と思って戻ってみたんだけど」
船長はそう言って親指の爪を噛んだ。オーガストがベッドから降りる。
「一応、セントには足取りを追ってもらってる。果物屋に寄った所まではわかったんだけど」
オーガストは無言のまま壁に立ててあった剣を手にして、フロックコートを引っ掛けた。冗談じゃない、そんな体で!
私も立ち上がると、オーガストの前に立ち塞がった。
「オーガスト! 探しに行くのはマイクやユーリに任せればいいでしょう。貴方は休んで、」
と、言いかけて息を飲んだ。
オーガストの周り張りつめた空気には、その鋭い眼差しには、幼馴染みである私すら肩を震わせる力があった。こんなオーガスト、見たことがない。
それでも私は食い下がり、もう一度だけ訴えた。
「無理はしないでください、熱が上がったらどうするんです?」
「……俺はとっくに熱を上げてるんだよ、ハッサン」
自嘲気味な笑みを浮かべてオーガストは、愛刀を腰に差した。
「行くぞ、ジャヌアリー」
「あ、待って、オーグ!」
ばたばたと執務室を後にする二人を見送りながら、私は小さく嘆息した。
だって、仕方がない。こうと決めたらオーガストは、誰にも止める事は出来ないのだから。
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