#028 赤き王道④

「へぇ~、じゃあ、エルフって属性の違いで種族や階級が決まるんだ」

「そうですね。ですから、成果に応じて地位が向上する事は無いです。そこは人族で言うところの王族に近いですね」

「なるほどね~」


 少女が2人、他愛のない会話を交わしながら通路を進む。周囲に転がる死体に目をつむれば、その光景はとても和やかであった。


「着きました。ここが三ノ門です」

「亜人が来たぞ! 総員、突撃!!」

「「おぉぉぉ!!」」

「意外に小さいと言うか、シンプルな造りなんだね」

「なっ! 魔法防御が通じてないだと!?」

「詳しくは分かりかねますが、普段から兵士の方が頻繁に出入りするので利便性も考慮した造りになっているのかと」

「ダメだ、お終いだ……」

「こんなの聞いてないぞ! やってられるか、俺は逃げさせてもらう!!」

「まぁ、そうだよね。下は関所になっていて、普段の生活や兵士の訓練は主郭うえでって感じみたいだし。そうなると、やっぱり守るばかりで、生活には向いていないんだね、ココ」

「引き返すな! 戦え! 敵前逃亡は死罪だぞ!!」

「うるせぇ! あんなバケモノが相手だなんて、聞いてねぇぞ!!」

「その様ですね。この先は広場になっていまして、砦以外にも、倉庫や捕虜の収容所など、様々な施設があります」

「なるほどね~」


 赤い風が兵士を切り裂き……その先にある機械群を穿つ。


「壊してしまうのですか?」

「あっても、不便なだけだし。あ、あと、しばらく何処かで隠れていて。この先は、開けているから」


 轟音と共に、城門が倒れ、その上に開閉用の歯車や魔道具が降りそそぐ。


「承りました、慈愛の王よ」

「さっきから気になってたんだけど、なに? そのじ……」

「一斉掃射! 矢と魔法を交互に撃ち込め!!」

「「応ォォ!!」」

「あわわっ、ごめん、じゃあまた後で」

「ご武運を」


 今までの薄い守りが嘘のように、絶え間なく攻撃が降り注ぎ、その攻撃には力強さが感じられる。


「ん~、でも、それだけかな?」


 少女がおもむろに、崩れた部分から突き出した木材を引き抜き……投げる。


「まっ!? こっちに!!!!」

「ヒィエェ! あ、足が!? 俺の足が!!」

「う、嘘だろ……し、死んでる」

「ウ、うぅえェェ」

「狼狽えるな! 弾幕を絶やすな!!」

「あれ? なんか……弱い??」


 木材は魔法障壁に阻まれるものの、勢いを失いつつも2名の兵士の上にのしかかった。そのうちの1人は即死。そして残るは足を挟まれるものの、それだけに留まった。


 しかし、問題はその狼狽えぶりだ。確かに兵士の攻撃は力強く、装備も見るからに高級そうであった。だが、肝心の兵士の"志"が釣り合っていない。それこそ、農民上がりの徴兵のほうがマトモだったと思えるほど。


「亜人が降りて来るぞ! 重歩兵、前へ!!」

「「お、おぉ!!」」

「あはは、高そうな防具だね」


 気さくなセリフとともに、少女のもとより赤い閃光が走る。


 しかし、その閃光は……盾に当たると同時に弾けて消えた。


「ぐっ! は、ははぁ! どうだ薄汚いゴブリン! これが我が家に代々伝わる家宝、絶魔……」

「つぎ、行くね!!」

「なっ!!」


 少女が音もなく重歩兵に肉薄し、そのまま重歩兵は大きく宙を舞い……砦の外壁を赤く染める。


「なるほどね。純粋な慣性には無力な感じか」

「ヒェェ! ば、バケモノだ! こんな怪物、勝てるわけがない!!」

「えっと、そこまで言われると、何だか私も悪いことしてるみたいで、傷つくんだけど……」


 豪華な装備に身を包んだ兵士が、狼狽え、あらゆる体液を撒き散らしながら逃げ惑う。


「やはり、実戦経験の乏しい連中はアテにならんな」

「それでいて、プライドだけは妙に高いからな。まぁ、これでコリてくれるのを祈るばかりだ」

「…………」


 少女の背後から落ち着きのある戦士の声が降り注ぐ。


「悪いけど、初めましてって事にしておいてくれるか? 魔人のお嬢ちゃん」

「別に、それはいいけど……途中で、怯えた女の人と出会わなかった?」

「ん? あぁ、決死部隊の女性兵の事かな? あれでも貴重な戦力でね。丁重に回収ほごさせてもらったよ」

「そう。まぁ、それも本人の選択よね。ある意味」

「「??」」


 それだけ言い残し、少女は無言で砦の主郭に歩みを進める。


「おいおい、無視かよ。つれねぇ~なぁ」

「逃走する貴族にも手を出す気はないようですし、やはり、理性で行動するタイプのようですね」

「止めるつもりがあるなら、私の前に来ることね。命の保証は……出来ないけれど」

「ヒュ~。言ってくれるね」

「まぁ、本音は別にして、立場上、我々は貴女を見過ごす事は許されないんですけどね」


 少女がさり気なく戦士を煽り、部隊を城壁から遠ざける。





「おい! 戦況はどうなっている!? 例の亜人は、仕留めたんだろうな!!」

「そ、それが、その……亜人対策部隊、壊滅です」

「はぁ!?? ふざけるな! ヤツラは宮廷魔導士クラスの精鋭、それも高価な対魔装備で固めた最強の部隊だったはずだ!!」

「その、恐れながら……実戦経験が、あまりにも無さ過ぎたことが、原因かと」


 広場に集められた魔法部隊は、確かにエリートだった。しかし、階級制度が幅を利かせるこの国では『エリート=実力者』とは限らない。それでも、彼らが"身の丈"をわきまえていたのなら、この様な事態にはならなかった。高すぎるプライドと、井の中で暮らしてきたが故の"無知"が、彼らを増長させ、この失態劇を演じる結果に繋がった。


「フッ! まぁよい、所詮ヤツラは歴史の浅い家に生まれた劣等種。魔術の力は歴史に比例する。これは"戦闘"ではない! 真のエリートたる私が! 劣等種や、矮小なゴブリンにほどこす……"講演"である!!」

「「…………」」


 自らと言いつつも、控えていた魔術師がそっと姿を表す。





「ふぅ~ん。やっぱり、強いんだね」

「ははっ、褒めてもらえるのは嬉しいが……」

「それならせめて、もう少し苦戦している姿を、見せてもらいたいものですね」


 砦内の通路で、少女と兵士が戦闘を繰り広げる。だが少女の表情には、まだまだ余裕が伺える。


「私の攻撃を対処できているじゃない。これは、(獣人の)みんなより、全然強いね」

「装備と連携が、あってこそ……ですがね!!」


 殴られた兵士が壁を突き破り、蹴られた兵士が天井に突き刺さる。しかし、それでも兵士はギリギリのところで急所を外し、最後の最後まで陣形を維持し、少女の前に立ちはだかる。


「ところで……」

「「??」」

「さっき私が壊した柱、何本目だったかな?」

「「!!」」


 部隊に衝撃が伝播する。何を隠そう、このグロー砦は……リアス方面からの防御に特化しており、王都方面からの進攻には、わざと脆い造りになっている。つまるところ、少女には無理に占領する価値が無いのだ。


「流石の慧眼ですね。そこまで見抜いていたとは……」

「だが、だからって完全に破壊しちまってイイのか? 砦である以上、最低限の防衛能力はあるんだが」

「加えてアナタ方には、新たな拠点を建築する技術が、乏しいようにお見受けしますが」

「まぁ、そうだね。そういうのは無いね」


 部隊が、苦し紛れで説得を試みる。実際のところ、この先に広がる広大な領地を補給もなしに侵略するのは非現実的であり、亜人側から見ても、グロー砦は『壊すには惜しい拠点』であった。


「お気遣いどうも。でも、必要なものは大体"揃った"から。これ以上、攻めあがる必要が、無いんだよね」

「「なぁ!!?」」


 戦士の足が、驚きのあまり止まる。少女の言うことが確かなら、すでに目標は達成間近。仮にその目標が『人族の撲滅』だった場合、それに必要な戦力や戦略が揃っている事になる。


「まて! お前の目的はなんだ!!?」

「え? 結構前に宣言したはずだけど??」

「いや、改めて、できるだけ具体的に聞かせてくれ!!」


 砦の柱が、1つまた1つと破壊されていく。幸い、石造りの砦は壁にも充分な強度があり、即座に倒壊する予兆はないが……それでもこのペースなら、時間の問題であるのは明白だ。


「ん~、具体的にか~。そういうのは、グロー砦ここを落としてから、正式に発表しようと思ってたんだよね~」

「そ、そこをなんとか!」

「いいじゃないか、減るもんでもないし。チョットだけ、チョットだけでいいから」

「ん~、じゃあ、交換条件を飲んでくれたら、考えてもいいかな~」

「あ、あぁ、可能な限り飲もう!」

「じゃあねぇ、……。……?」


 それから、妙に派手な魔術師との小競り合いはあったが、大した見どころもなくアッサリ終わり……。




 ほどなくして、グロー砦は倒壊した。

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