#018 塗りかえられる国境④

「いらっしゃ~い、いらっしゃ~ぃ」

「あの、シロナさん、これはいったい……」


 リアスの砦へ向かう山道の入り口。そこには屋台が設置され、麦わら帽子の少女が串焼きを売っていた。


「あぁリザさん、お久しぶりです。スタンプカードの販売が落ち着いたので、屋台をはじめたところなんです。よかったら味見してください!」

「え? あ、え? 申し訳ない。少し、状況を整理する時間をください」


 状況説明のために王都に帰還していたリザがリアスに戻ると、そこには敵陣営の総大将(だったはずの)シロナが、道端で串焼きを販売していた。


「あぁ、ごめんなさい。細かいところは全て知っていると思って。よかったら、ソッチのテーブルでゆっくり話しましょう」

「その、お願いします」


 飄々とした態度で事の流れを説明するシロナに対し、リザはただただ串焼きを片手に頭を抱えるばかりだった。


「それで、お願いしていた"半獣人"の件はどうなりました?」

「あ、はい。そちらは、とりあえず2名を保護しましたので、詰め所に待機させています」

「流石はリザさん。助かります!」


 リザは王都に戻る際、シロナの"頼みごと"を聞いていた。それは、人族と獣人のハーフである半獣人の保護と、移住希望者の護送だ。


 人族の国は、確かに差別主義で、他種族を敵や奴隷として見る目がつよい。しかし、前国王がそうであったように、なかには友好的な者や、戯れに抱いて子供を授かるケースが稀にある。シロナは、そんな半獣人の保護活動をリザの協力で行っていたのだ。


「いえ、コチラとしても、活動には共感するところが多く、できるだけ協力したいと思っております。あ、美味しい……」


 冷めた串焼きを頬張り、ポツリと声が漏れる。


 たしかにリザは中立的な考えを持っており、幸せに暮らせるなら半獣人をシロナのもとに送る活動に異論はない。しかし、それでもリザには"立場"があり、この行動を純粋な善行として行えない後ろめたさを抱えていた。


「これでも、自炊していましたから!」

「??」

「いや、それは置いておいて……2人の引き取りに関してですけど、予定通り"停戦協定"の見返りってことで良かったですか?」

「はい。国にも、その旨で話を通してあります」


 シロナは半獣人の保護を依頼する対価として、停戦協定を提示した。これは人族にとって願ってもない提案であり、容易に議会を通過した。


 人族の大半はシロナ陣営の戦力を過小評価しており『持久戦に持ち込めば生産力で巻き返せる』と楽観的な意見が多い。しかし、同じ人族でも国の運営に携わる"議会"は違った。統率者個体や亜神(元土地神)の存在、そしていくら手薄だったとは言え超短期間でリアス砦を落としてみせた戦力と采配。更には少数精鋭であるが故に兵站の心配もない(現場調達できる食糧で足りる)ときている。


 議会は、『遊撃戦での勝算は絶望的。リアス、さらにその先に広がる数多の領地が占領されるのは時間の問題』と判断し、新たな防衛線の作成と兵力の編成に乗り出した。その時間稼ぎに停戦協定は都合がよく、国は協定およびシロナの申し出を受け入れる選択を選んだ。


「助かります。これで、無益な争いは避けられますね」

「えぇ、本当に……」


 議会には、2つ思い違いがあった。1つは、シロナと王家の因果関係を知らない事。もちろん、リザはこの事を知っているが、これを迂闊に話せば騎士と言えども消されかねない。故に事実を知るものは議会にはおらず『シロナは戦力こそ驚異だが、人格や理念には付け入る隙がある』と見られている。


 そしてもう1つは、戦力ばかりを見て、それ以外の能力を見ていない点だ。シロナは確かに強い。しかし、じつのところ戦闘や軍略は素人であり、誰よりもその事を本人が理解している。つまるところ、シロナは『武力行使以外の方法での勢力拡大"の方が"望ましい』と考えているのだ。





「カカカ! まさか、こうしてまた村に来る事になろうとはな」

「はぁ、まさか邪神討伐の事件が、すべて身内(軍閥貴族)の自演だったとは……」


 してやったりと言った表情にニアに対し、リザは同系貴族の醜態に顔を青くする。


「道は、覚えられそう?」

「うぅ、ちょっと、自身が無いです」

「その、出来れば"外の"景色や匂いも知りたいです」


 貴族用の馬車に揺られるのは、2人に加えて、シロナと半獣人の少女"リエル"と"ノア"を加えた5人。そしてやって来たのは他でもない。ニアが守護していた村であり、私欲の為に非道をおこなっていた貴族を秘密裏に討ち取った村である。


「おぉ、お待ちしておりました! わざわざお越しいただき……。……!」


 村に着き、驚くような勢いで村長が駆け寄り、騎士であり貴族であるリザにゴマをする。リザもこの反応は慣れたもので、社交辞令を並べつつも、適当に話を流していく。


「もしや、ニア様ですか!?」

「おぉ、ニア様だ。ニア様が戻ってこられたぞ……」

「カカ! 皆も元気そうで何よりだ」


 騎士と村長のやり取りを無視するように、ニアのもとに涙を浮かべた老人たちが集まる。その姿を見た村長が慌てて止めようとするが……本来、一般貴族と土地神では土地神の方が格上であり、問題があるのは、むしろ村長側だ。リザがここぞとばかりに村長をたしなめ、ゴマすり地獄から脱出してみせる。


「えぇ~、コホン。改めまして紹介します。コチラが現在、"友好協定"を結んでいる"亜人友好組織"の方々です」

「え? えぇ??」


 困惑する村長。それもそのはず、村長も風の噂で一連の事件を断片的に知っている。つまるところ、ニアたちを"宿敵"と認識しているのだ。それは、人族の国の国民として、政治にたずさわる者として、正しい認識であり……そこで友好だの他種族交流だの言われても、素直に受け入れられるはずはない。


「もちろん、国としては友好的な交際を個人レベルまで強制するつもりは無い。しかし、国家・法律レベルでは彼の者たちと互いに敵対行動はとらないと条約を結んでいる」


 つまるところ『物は言いよう』なのである。国は、領土侵攻してきた相手に白旗を振る形になる一連の騒動を認めたくないが故に、今回の停戦協定を、あえてハッキリしない物言いに置き換えた。


 加えて、停戦協定とはつまり"争わない"と言う事であり、それなら合意がなされる範囲で(経済などで)協力する事は何ら問題ない。逆に言えば、違法性のない取引においてソレを妨害する行為は、協定違反に該当する可能性が出てくるのだ。


「その、なんと言っていいか……。つまり、我々にどうしろと?」


 思わず本音を漏らす村長。本来、政治にたずさわる者が、このような直接的な意見を口にするのは憚られるのだが……村長と言っても彼は地方に暮らす平民であり、国や貴族相手に高度な駆け引きが出来るほどの気概や知識は持ち合わせていない。


「国は友好の証として、彼の者たちに我々人族の村で作物などの買い付けを許可する"免状"を発行した。今後は、"個人の合意"を前提とし、希望者がいれば通常通り作物の売買を行うように」

「あぁ、そう言う事ですか! 確かに承りました!!」


 もちろん、国はシロナたちと仲良くするつもりは欠片もない。半獣人の引き渡しと同様に、政治的判断で国はシロナたちに行商許可免状を発行した。この免状は、強制力のない最低ランクの商業許可証であり、相手がどんな身分であっても本人の合意なくして売買は許可されない。つまり『表向きは許可するけど、実際の取引は応じない』と言う訳だ。


「えっと、コレが買い取り品目と買い取り価格のリストです。どうぞ、お納めください」

「え? あぁ、これは用意がよろしいよう……でぇええ!!?」


 リストとシロナを交互に見ながら驚きを露にする村長。それもそのはず、そこには普段村に出入りする商人が提示する金額の5~10倍の買い取り金額が記されていたのだ。




 こうして、シロナの音のない侵略ははじまった。

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