#002 穏やかな農村

「欲するなら、まず与えよ……だっけ?」


 麦わら帽子をかぶった少女が1人、小麦畑をテクテクと進んでいく。その光景はまるで、農村を描いた一枚の絵画の様だった。


「あははは~、お母さん、早く早く~」

「ちょっと、走ると危ないわよ~」


 小枝を楽しそうに振るう子供を、バスケットを小脇に抱えた女性が後を追う。


 ここは苔むした森を背にする、何の変哲もない農村。この光景も、この村では代々受け継いできた掛け替えのない穏やかな日常だ。


「ほらほら~。キャッ! うぅ……」


 少女の目の前で、子供がつまずき、膝をすりむいてしまう。その瞳は沢山の涙を抱えていた。


「大丈夫?」

「うぅ……」

「泣くのを我慢できるなんて、偉いわね。ちょっと見せてくれる? 今、痛みが消える、オマジナイをしてあげるから」

「え?」

「痛いの痛いの~、飛んでけ~」

「え? あれ? 痛くない??」


 子供の膝は血がにじんでおり、見るからに痛そうな状態なのだが、その痛みは彼方へと消えてしまう。それはまさしく魔法のような現象ではあったが、傷口が消えてない現状が、かえってその"不思議"を受け入れやすいものへと変えていた。


「もう、お母さん、ちゃんと注意したわよね!」

「うぅ、ごめんなさぁい」

「でも、泣かなかったのは偉いわ。褒めてあげる」

「えへへ~」


 母親に抱きかかえられ、子供の瞳に蓄えられた涙が一気にあふれ出る。


「アンタも、ありがとね」

「いえ、私は……」

「しかし、見ない顔だね。アンタ、どこの娘だい?」

「それは、その……」


 場に緊張が走る。第一印象こそ良かったものの、世間的に彼女の正体は受け入れやすいものでは無いからだ。


「もしかしてアンタ、苔むした森むこうの森から来たのかい!?」

「あ、はい……」

「それは大変だっただろう。なに! 困った時はお互い様だ。ウチの子を助けてもらった恩もあるしね。ついてきな!!」

「え? あ、はい」


 何かを察し、母親は少女を村へと案内する。





「ここが村長の屋敷だよ。なに、心配いらないよ。村長は話の分かるヤツだ。それに、もし、つまんないことを言ってきたら……アタシに言いな! アイツの恥ずかしい思い出話なら、腐るほど知っているからさ!!」

「ふふふ、そうなんですか」


 連れられて来たのは村長の屋敷。村には時おり、魔物や野盗に襲われた冒険者や旅人が避難にやって来る。少女もまた、その1人と思われたようだ。


「……。……! じゃあ、話はつけておいたから。頑張んだよ!!」

「えっと、ありがとうございます」


 母親が退室して、屋敷の応接室に村長と少女が2人きりになる。しかしその雰囲気は、苦笑がこぼれる和やかなものだった。


「いやはや、見苦しいところを見せてしまったね。アイツ、昔からあんな調子で、村長になってからも頭が上がらないんだよ」

「その、仲がよろしいのですね」

「仲か……私も村長として婚約者がいなければ……いや、今のは忘れてくれ」

「その、何て言ったらいいか……」

「忘れてくれればそれでいいさ。それより、キミの話をしようじゃないか」

「はい。その、何から話したらいいものか……」


 母親や村長の雰囲気に心を癒し、少女がポツポツと身の上を語る。


「そうか、大切な友達を賊に襲われて……。大変だったね」

「いえ、その、はい。それで、お願いがあるんです」

「??」

「その、森に……苔むした森に、討伐隊を派遣するのを止めてもらいたいんです」

「キミが何故そのような申し出をするかは分からないが、残念ながらソレは出来ない頼みだ。私はこの村の村長であり、この国の国民だ。だから村や国を守る義務を放棄する訳にはいかない」


 村は平凡な農村ではあるが、それが辺境である以上、周囲からの魔物や他国の武力を監視し、牽制する義務がある。そして、村は森の調査に対し、国から補助を受けている。よって、今さら少女の申し出1つで、後に引ける状況ではないのだ。


「そのゴブリンは、村や国を攻撃する意思はありません。ただ、穏やかに暮らしていたいだけなのです。ですから私は……」

「なっ!!?」

「そのゴブリンに敵意が無い事を、証明しに来ました」


 少女が麦わら帽子をとり、村長に小さな白い角を見せる。


「まさか、キミが!?」

「はい。私がその白いゴブリンです。でも! 私に人を襲う意志はありません。その、何度か避けられない戦闘になり……。……!」


 少女も、無条件で人を信じている訳ではない。最悪の場合、戦闘になる事も覚悟していた。しかし、親子や村長と言葉を交わす中で……この人たちなら真実を伝えるに値すると、この人たちなら自分の事を理解してくれると、少女に思わせるには充分であった。


「なるほど。キミの主張は理解した」

「それでは……」

「しかし、それならばなおの事、キミの提案は受け入れられない!!」

「なっ!?」


 村長が突然、窓から外に飛び出していく。室内に取り残された少女は、ただただ唖然とするほかなかった。





「出てきたぞ!!」

「見た目に騙されるな! アイツは武装した冒険者も返り討ちにしている!!」


 少女が村長宅から出ると、その場は既に村人に包囲されていた。しかし、相手はあくまで村人。手には剣だけでなく、クワや斧、はては包丁までもが握られていた。


「その、お願いします。話を聞いてください。私は……」

「皆の者! コイツはホブゴブリンだ! 見た目や口車に騙されるな!!」

「お願いです、信じてください! 私にアナタ方を攻撃する意思はありません!!」


 緊迫した状況下で、1人の女性が前に出る。


「アンタ……アンタが噂の白いゴブリンだったんだね」

「お母さん! その、黙っていた事は謝ります。でも、出来れば私の事を理解した上で、正体を伝えたかったんです」

「そうだね。アンタは、悪い子じゃない。それは分かるよ」


 これはよく勘違いされる事柄だが、基本的にゴブリンは"人里"を襲わない。確かにゴブリンは獰猛で、雑食だ。森で出くわせば、まず間違いなく人に襲い掛かってくる。しかし、それでもゴブリンは森の精霊であり、自らの意志で森を出る事は無く、人殺しを楽しむ感性も持ち合わせてはいない。


「それなら、お母さんからも皆さんに説明してください! 話し合えば、きっと分かり合えるはずです!!」

「でも、アンタが強い力を持っているのは事実だろ?」

「それは……」

「まず、手を頭の後ろに組んで、地に伏せるんだ」

「は、はい……」


 大人しく指示に従う少女。確かに少女は武装こそしていないが、その力は人のソレを凌駕しており、その手足は凶器と変わりない。


「そう、そのままジッとしているんだよ」

「はい」

「そう、いい子だね~」


 ――ブスッ――


「へ?」

「まったく、だから何だってんだよ? それで、知性を持った魔物を生かす理由に、なるってのかい?」

「今だ! かかれ!!」

「「おぉぉ!!」」


 少女の体に、剣が、クワが、斧が、次々と突き立てられ、村人の体は赤く染まっていく。


「なん、で……」

「コイツ、まだ生きてるぞ!?」

「気持ちわりぃな、早く頭を潰せ!!」

「なんでかって? そんなの決まっているだろ? この大陸はもともと人族のものだったんだ。それがオマエたち亜人が、私たちから土地を奪い、争いを呼び、世の中を不幸にしたんだ! だから、知性を持った魔物が生まれたら、絶対に殺さないといけないんだよ!!」


 母親には『他種族に住む土地を奪われた経験』は存在しない。しかし、人族が他の人系種族と争っているのは事実であり、そして『厳しい生活をおくっている理由』はソレが原因だと教育を受けた。よって母親は、同民族に対して強い団結心を抱いており、同時に他民族に強い差別意識を持っていた。


「そんな……どう、しても」

「何をしている! さっさと殺せ!!」

「私たちは……」

「な! 首に刃が通らねぇ!!」

「誰か! 早くこのバケモノを殺しておくれ!!」

「分かり、合えない、の……ですか?」

「――コツン!――お母さんから離れろ、このバケモノ!」


 子供の投げた石が、少女の額に命中する。その痛みは、他のどんな攻撃よりも頼りなかったが、少女の心にもっとも大きなダメージを与えた。


「わかりました。御免なさい。ゴメンナサイ、ごめんな、さい……」

「「??」」


 少女の体から赤い波紋が広がる。水面を揺らすかのような穏やかな波が村を包み……村人は、目から、耳から、体のいたるところから血を流し、例外なくその身を地面にゆだねた。


「まず与えよなんて、無責任な言葉ね……」




 こうして村が1つ、滅んだ。

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