第56話 親子喧嘩 4
「一体何をしてるんだ」
静かに怒りを露わにするレオンに、負けじとイアンも怒りをぶつける。
「だってあいつらが!あいつらのせいでお父様はいなくなってしまったんだ!」
家宅捜索のあった前の日まではヘルマン家は家族皆幸せに暮らしていた。イアンにとって、あの日やってきた大人達がヘルマン家の平穏を崩した元凶。怒りを抱かずにはいられなかった。
「彼らの仕事を、さっき簡単に説明したな」
急に落ち着いて話し始めるレオンに驚き、イアンの構えていた拳が次第にゆっくりと下がる。
「彼らの仕事はもう一つある。それは、脱税者の取り締まりだ。彼らがヘルマン家を訪ね逮捕者が出たということは、脱税が行われていたということを指す」
「稼いだお金を持っていて何が悪いんだ」
「そうだな、一理ある。しかし、全ての国民には国によって守られる権利を持つと同時に国の運営を支える義務がある。守られたいのに何も対価を払わないなんて虫のいい話はないだろう。自分だったらそんな人間を守ろうと思うか」
イアンはレオンの問いかけに黙って首を振る。
「簡単に言うと国と国民はそういう関係性で成り立っている。そして国民の義務の一つに納税があるわけだ。納税は稼いだ金額によって割合が変わるがいずれにしても決められた額を収めず隠せばそれは脱税となり、処罰を受ける。加えて、貴族という立場になると脱税という行為は非常に重い罪となる。何故ならば貴族とは国の運営の一翼を担い、一定程度の権力を得ているからだ。庶民が脱税するのとは訳が違う。家全体が責任を取り、復興することはない」
「だからお父様は帰ってこないってこと・・・?」
初めて知る様子のイアン。
「今まで父親に関してなんと言われてきたんだ」
「悪いことをしたから捕まったんだって。もう一緒に住むことはないって・・・」
幼いイアンには大好きだった父のことを詳しく話すのは酷だろうと、周りはオブラートに包んだ説明しかしていない。イアンを思っての選択だったが、そのことがかえってイアンには不信感と混乱を招いてしまった。
「そんなはずないってずっと自分に言い聞かせてた。お父様が悪いことするはずないって。でも本当にお父様は・・・」
「・・・そうだな。しかし、君のお父様は今刑を受けて償いをしている。そのことを忘れないように。間違ってしまったら全て終わりではない」
涙を浮かべるイアンの肩に手を置くと、励ますように叩いた。
一つわだかまりが解けると、浮かぶ疑問。それは、自分の立場だ。父親が帰ってきても元のような生活にはならない。
「僕は結局どうしたらいいんだろう」
長男ではあるが継ぐべき家はなく、宙ぶらりん。そんな状況で一体どうしたらいいのか。
「貴族家の次男三男のような選択肢を取るしかないだろうな。ちなみに今はセントパンクロス大学校を出て官職になる人が多い」
「それって労働に従事するってことです、よね」
「君はそこにこだわっているが、領地経営だって元を正せば労働だろう。そんなに違いがあるように思えないが」
「え?」
父から少しずつ仕事のことを教えてもらってはいたが、実務的なところはほとんど知らなかった。父から聞く話から、周りの人間をうまく働かせるのが領地経営の仕事だと思っていたのだ。
「形が違うだけ?」
「まあ、そうだな」
「なんだ、そうなんだ・・・」
あんなに嫌だったのに、同じことだったなんてとイアンは拍子抜けした。いらない意地を張っていたことに今更ながら気がついた。
何か腑に落ちた様子のイアンにレオンはある質問を投げかける。
「ところで、今日君の母が働いているのを見て、どう思った」
そう問われて、イアンは今日半日のサラの様子を思い出す。図書館で働くサラは本を棚に戻したり、書類を作ったり、来館者の対応をしていたりとずっと忙しそうだった。そして、
「楽しそう、だった・・・。忙しそうだったけど嫌そうじゃなくて・・・、すごく生き生きしてた」
実家に戻ってからのサラは気丈に振る舞ってはいたが、空元気だった。しかし、働くようになってサラは少しずつ自信を持ち始めていく。自分の知らない間に変わってしまう母が少し怖くも感じていたが、理由がわかると何ということはない。
霧が晴れた様子のイアンに、この分なら自ずと問題は解決していくだろうと確信めいたものが浮かぶ。
「そうか」
とだけ返して残りの部署を案内を一通りすると、2人は図書館へと戻った。
戻ってきたイアンを見て、楓もサラも驚いた。角の取れた穏やかな雰囲気へと変わっていたからだ。
「お帰りなさい、イアン」
「た、ただいま。お母様」
ここ最近、イアンとサラはまともにやり取りをした記憶がなく、あってもしょっちゅう喧嘩しているような状況だった。お母様なんて、ヘルマンの家を出て以来呼ばれていない。
照れくささを隠すようにそっぽを向くイアンに、サラは溢れそうになる涙をグッと堪えた。
「いい経験になったようね」
「まあね。あの、さ、何か手伝おうか?」
「まあ!じゃあこの本をあそこに並べてきてくれるかしら」
カウンターに置かれていたコーナー展示用の本を渡すと、展示場所を指す。イアンは本を受け取って本を置きに行った。後ろから楓がついて行く。
息子について行かずにカウンターに残ったサラに、レオンは断っておかなければならないことがあった。
「息子にあまり詳しく伝えていなかったのだな、父親のことについて」
「はい。理解できるようになったらと思っていました」
「すまない。私から伝えてしまった」
「いえ、イアンの様子を見るに上手く伝えて頂いたのだと思います。なんとお話になったのですか?」
レオンがあらましを伝えると、サラはため息をついた。
「イアンを信じてきちんと話してあげていれば、このように拗れることはなかったかもしれません」
イアンがショックを受けないようにと思うあまり、慎重になりすぎていた。結果、イアンの不安を煽っていたと知り、サラはそんな選択をした自分を責める。
「イアンは働く母を見てなんと言っていたと思う?」
レオンに問われるもイアンがどう見ていたかなんて想像つかなかった。
答えが見つからない様子のサラにレオンはイアンが言っていたそのままを伝える。
「忙しそうだが楽しそうで、生き生きしてたと」
「あの子がそのように言っていたのですか」
「イアンはイアンで現状を理解して前に進もうとしている。そうできるだけの力を持っているだろう。大人にできることはそれを応援することだけなのだろうな」
イアンは大人への階段を登り始めている。もう何もできない子供ではない。
「イアンを子どもとしてではなく、1人の人として見ていかないといけませんね」
サラはそう言うと、楓と相談しながら本を並べるイアンを嬉しいような寂しいような気持ちで見ていた。
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