第45話 私が我慢すれば

 科目等履修生としてセントパンクロス大学校へ入学したシャルロット。彼女はかつての悪行によって何もしなくても注目の的だった。しかし、彼女が注目を集める理由はそれだけではなかった。それは彼女がこの学校で初めて入学した女性だということ。

 そのことを快く思わない生徒がこの学校には少なからずいた。そしてその中の一部は、あからさまにシャルロットへ敵対心を持っていた。


「女のくせに、学校に何しにきてるんだ!?」

「どうせコネでも使って入ったんだろ?さっさと辞めてしまえ!」


 彼らは教育学部1年ジョシュ・シールとシオドリック・モリンズ。男爵家の息子でいつも2人で連んではシャルロットに突っかかり、教育する立場になるというプライドから偏った正義感を振りかざしていた。

 そんな時、シャルロットは何もできず彼らが通り過ぎるのを待つことしかできずにいた。


「すみません・・・」


 ここで反抗すれば瞬く間に学校内に噂が広がる。シャルロットの過去を知っているものはすぐに「ああ、あいつか」と悪意ある噂をさらに広めるだろう。それを避けるために、ただただずっと耐えていた。


「ッチ!謝るだけじゃなくて、行動で示してくれよな」

「ほんとほんと!」


 しおらしい様子のシャルロットに、2人は満足気に去っていった。次の瞬間にはもう違う話題を話しながら。


「ふう・・・」


 守ってくれる人は誰もいない。周りで様子を見ているものも、見ているだけでシャルロットの味方をしようとする素振りもしない。目が合えばすっと逸らして何事もなかったのようにいなくなる。


(まあ、私みたいな人に味方してくれる人なんていないわよね)


 シャルロットはそれが当然なのだと受け止めていた。自分のしでかしたことの罰だと。

 そうして暴言を受け流しているうちに彼らは行動をエスカレートさせていった。


 ある日廊下を歩いていると、向こうからいつもの2人がやってくるのが見えた。シャルロットはまた怒鳴られるのだろうと覚悟しながら歩いていた。

 しかし珍しく彼らは何も声をかけてこない。やっと飽きたかと思ったその時。


 サッ


「え?!」


 ドサッ


「だっせえ~!」

「こいつなんて地面にへばりついてるのがお似合いだ」

「たしかに!」


 シャルロット側を歩いていた1人がシャルロットの足元に足を出したのだ。それに気づかず、シャルロットは足に引っかかり転んでしまった。

 見上げると、2人はシャルロットを指差しゲラゲラと笑っている。


(私はあんな風に人を貶めて笑っていたのですね・・・)


 2人の様子がかつての自分にダブって見えた。人を貶め続けた結果シャルロットは服役することになった。彼らもいずれ同じような道を辿るのかと思うと、憐れみしかない。


(彼らもいつか気づく日が来るかしら)


 誰かが彼らを改心させてくれることを願って、シャルロットは黙って服についた汚れを払ってその場を後にした。


 そんな3人の一部始終を、険しい顔で見ている生徒が数人いた。


「あれ、うちの学部の一年か?」

「あちゃ〜。やっちまってるな」

「教授に連絡しておくか」

「そうだな」


 彼らは、頷き合うと足早にその場を立ち去った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 以来、例の教育学部の2人は相変わらず合えばシャルロットに嫌味を言い、足を引っ掛けて転ばせては笑っていた。それが常態化していった。

 雨上がったばかりのお昼前、今日の必要な講義を終えて廊下を歩くシャルロットの前に、ニヤついた顔をしたジョシュとシオドリックが現れる。いつものようにシャルロットを転ばせようとして足を出すジョシュに気づいたシャルロットは、足をかけられることに慣れてしまったせいか反射的に避けてしまった。


 スカッ


(あ!しまった!)


 そう思った時にはもう遅かった。避けられたことに気づくとジョシュとシオドリックは怒り心頭に発し、掴みかからんばかりに詰め寄ってきた。


「てめえ!何避けてんだ!」

「なめてんのか!」


 腕を掴もうとするシオドリックの腕を避けると、シオドリックの手はシャルロットが肩にかけていたバッグにかかった。そのままバッグを掴み取ると、窓の外へ投げ捨てる。バッグから中身は飛び出し地面に叩きつけられた。雨で濡れ湿った地面に。


「ああ!教科書とノートが!」


 窓に駆け寄り覗き込むとそこには水に濡れビシャビシャになった教科書があった。節約しながら授業を受けるシャルロットにとってどちらも貴重なものだ。それに授業中に気づいたことを書き込んだり、早く理解できるよう頑張って作ったノートでもあった。それが使い物にならなくなってしまったかもしれない。

 シャルロットはショックのあまり拾いに行く気力も起こらず項垂れた。後ろから聞こえる下卑た笑いもシャルロットにはもうどうでもよかった。


「大丈夫かい?シャルロットさん」


 肩に感じた暖かい感触に振り返るとそこにいたのは教育学部教授フレドリック・アトキンソン。

 気づけばさっきまであった笑い声は消え、ジョシュとシオドリックは顔を引き攣らせていた。それもそのはず。フレドリック教授はジョシュとシオドリックの担当教授なのだ。

 フレドリック教授はシャルロットが覗き込んでいた窓から地面に投げられたカバンと教科書とノートを見つけた。


「あの荷物は君のものかな」


 そう尋ねられ、シャルロットは頷いた。するとフレドリック教授は目を細めてジョシュとシオドリックを見やる。


「どう言うことか、説明したまえ」

「えっ!?あの、その・・・」

「僕たちは何も・・・」


 煮え切らない返事をする2人にフレドリック教授の眉間には深い皺が刻まれる。それを見て2人は焦って弁明を始める。


「そいつが勝手にカバンを外に投げて・・・」

「そ、そうなんです!俺たちはたまたま居合わせただけなんです」

「私にはシオドリック・モリンズが窓の外へ投げたように見えたがね」

「「ぐっ・・・」」


 押し黙る2人にフレドリック教授は救う余地なしと判断した。投げた場面を見たと言わなければ逃げ切れると思っていた浅はかさに嫌気がさしたのだ。


「上級生から君たちがシャルロットという他学部の生徒に嫌がらせをしているという報告を何件も受けている」

「「え!」」


 教育学部には他の学科にない独自のポイント制度があった。3、4年生の中から数人、教育者にふさわしくない行動を取る生徒を見つけたら教授に報告する権限を持つ監督生がいる。教授は報告を受けると一件を1ポイントとしてカウントし、ポイントが貯まるとランクが下がるという制度だった。


「よって、君たちにはDランクへ降格だ」


 卒業時のランクによって学校から紹介してもらえる就職先の良し悪しが決まる。高いランクであればあるほど、手堅い就職先を紹介してもらえる仕組みになっているのだ。


「そ!そんなあ!」

「教授・・・!」


 泣きべそをかく2人をよそに、教授はさっきまでの険しい表情を和らげシャルロットに笑いかけた。


「うちの学部のものがすまなかったね」

「いえ・・・」

「今後彼らが君に危害を加えるようなことはないだろうから、安心して勉強に励みなさい」

「ありがとうございます」


 教授は「じゃあね」と声をかけると、沈み込むジョシュとシオドリックを引きずっていった。

 

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