第12話 結論
校長に呼ばれて話した日から1ヶ月、試験が終わってから半月が過ぎていた。この日楓はこの図書館に来てから2回目の月間利用統計報告書を館長と一緒に見ていた。
「前回ほどではありませんが、増えてますね」
貸出冊数が前年度同月比で3.2ポイント増、先月比2.7ポイント増といずれも増加傾向である事を示していた。
「ガーランドさんの努力の結果だ。波紋が広がるかのように司書たちも触発されて新たな行動に出ておる」
「皆さんが優しくて救われました。後は、このまま定着してくれたら最高なんですが・・・」
「定着してくれるかどうかは、我々の腕の見せどころ。ガーランドさんが教えてくれたことを踏まえて、どれだけこの図書館に魅力があるところか伝えられるかどうかだからね」
テーマ展示を定番化して、パスファインダーがあることが当たり前になっていく。しかし毎年同じテーマを使いまわしたり、新しいパスファインダーを増やしていかなければマンネリ化して再び利用者は離れていってしまうだろう。当たり前になりつつ、常に新しさを。それを実行していくのは自分たちだと館長は理解していた。
初めて顔を合わせた時に見せた人の良さそうな笑顔を浮かべる館長に、楓は大丈夫だからと言われているような気がした。
「そうだ、校長が君を呼んでいたよ」
失念していたというかのようにパチンと手を叩く。
このタイミングでの呼び出しは、ただの世間話というわけではないだろうことは容易に想像できた。
「もう校長はこの報告書をご覧になっているんですか」
「もちろん」
「そうですよね・・・。行ってきます・・・」
図書館と校長室は真反対の位置にある。緊張する気持ちを押さえながら廊下を進み校長室の前に立つと、深呼吸を一つして扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
入室すると校長はデスクで決裁文書の処理をしていた。入室した楓に静かな笑みを浮かべ迎えた。
「ああ、ガーランドさんか」
「お呼びだと聞きました」
「ああ。先週決裁で上がって来た利用統計報告書を見てね。まあ、かけてくれ」
校長はソファに座るよう促すと、引き出しから数枚の書類を取り出し自身もソファに座る。
「君も報告書には目を通したかい」
「はい。先ほど拝見しました」
「そうか。では、率直な感想を言ってもいいか」
もしかしたらもう結論が出ているかもしれない思うと、手には汗が滲む。楓は緊張した面持ちでうなづいた。
「前回の報告書を見てから、図書館の様子を見に行ったことがある。元々年に一度くらいは最低でも様子を見にいってはいたのだが、今まで一年経って大きく雰囲気が変わるということはなかった。しかし今回は、まるで違っていた。まず、学生の様子が違う。それは試験の結果にも出ている。先日の試験結果は例年よりも平均点が高い傾向だということがわかった。これがそれを示す報告書だ。見てごらん」
校長は一枚の書類を楓に差し出した。それは前年度と今年度との試験の成績を比較した報告書だった。
「一つの科目だけ上がるだけならまだしも、全ての学部において上がっている事を考えると、学生のレベルの問題ではないだろう。教授が変わったなどの要因もないことを事を考えると、残る要因は君しかいない」
校長は図書館や学生の成績の変化を受け、報告される統計を改めて見直している。調べた書類の全てが変化の原因が楓だということを指していることに気づくと、もはや‘ああやっぱり‘としか思わなくなっていた。
「最近、学生が変わった事を受け司書も変わったのではないか?」
「はい。図書館が活用されればされるほど多くのことを吸収していきます。取り組みにレスポンスがあることで、もっと応えようとしているように見えます」
司書の変化を当然楓も感じていた。学生が司書を頼るようになるたびに司書は吸収していき、それがテーマ展示やレファレンスに反映してどんどんスキルアップしていっている。
「ふむ。学校としては学生にも職員にも図書館の成長が有益となっている以上、それを無視することはできない」
「と、いうことは!」
「司書専攻の開設を正式に教育部に申請することが今日の役員会議で決定した」
「ありがとうございます!」
ガッツポーズを取りたい気持ちをグッと抑え、頭を下げる。しかし、安心もしていられない。本題はこれからなのだ。
「細かい部分は教育部とも協議しなければならないな。今月すぐにというわけにはいかないが」
「そうですね。来月出向終了後に報告しなければならないので、その後にでも」
「そうだな。そのくらい空けば日程も組める。申請はその後になるだろう」
新たな学部の開設申請自体はすぐにでも可能だが、円滑な進行のため根回しも含め事前に担当部署と協議した上ですり合わせを済ませてからするというのが暗黙の了解だった。
「それで報告書を提出する際に、担当者に伝えます」
「では、連絡を待とう。残りの出向の期間を存分に使って、司書と学生に新たな刺激を残していってくれ」
「承知しました」
楓は安心した気持ちを引き締めて、残された時間に何をしようか考えを巡らせた。
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