第5話 次の手
昨日までに準備したテーマ展示を開館前に設置する。場所はカウンターから少し離れた位置でかつ入館してから棚に入るまでの動線に置かせてもらえることになった。カウンターから離れているとはいえ、貸出されて少なくなった本の入れ替えが必要なので、カウンターからは目の届く位置だ。
そこに長テーブルを設置して、本を並べていく。テーブルの中央に置く分は表紙を上にして置いた。そういった置き方を面見せ、フェイスアウトなど呼んでいる。ある程度置いたらあとは立てて背表紙が見えるよう並べ、ブックエンドをさして倒れないようにしておく。本を並べ終わったら図書館にある画鋲が使えるパネルを借りて長テーブルの後ろに置き、そのパネルに横幕を貼り付けた。テーマは無難に「試験対策特集」にした。
「ひとまずこれで様子をみよう」
テーマ展示に置く本には見分けがつくようにシールを貼っておいた。返却された時にテーマ展示に戻しやすいようにという目的もあったが、もう1つ目的があった。それは、どの本がどれだけコーナー展示の期間に貸し出されたかを調べるためだ。事前に図書館職員には貸出時にチェックしてもらうようお願いした。それをもともと学校図書館で取っている統計と照らし合わせる予定だ。
テーマ展示がひとまず落ち着いたので、次はテーマ縛りの本の冊子、パスファインダーの作成に取り掛かる。パスファインダーとは、例えば夏の大三角形について調べたいとして、関連した本の一覧や関連機関がまとめられた紙のことをパスファインダーと言う。これを利用者が手にとってくれれば、司書に尋ねなくてもそのテーマに関連した本が探せるようになる。
「まずは何から作ろうかな」
楓は再びシラバスを手に最初に取り掛かるパスファインダーのテーマを何にしようか考えていた。テーマ展示では学生全体的にということを意識して用意したが、パスファインダーは1、2年生を集中的に狙いたいのでそのことを念頭に入れシラバスを読み込む。
ちなみに、この学校で学べる学部は工学・医学・薬学・農学・法学・経済学・教育学の8学部。いわゆる実学と言われている学問だ。1、2年生では概念を中心に勉強することになりそうなので、1年生向けには教科書の補助になるような各学科の入門編と言えるような本を、2年生に少し専門的に書かれている本がいいだろうと目星をつけた。
「工学から、やりますか・・・」
まずは司書に学期の最初の頃1年生に借りられやすい本を聞くといくつかの本が出てきた。
「そうだ。教授にも聞いてみたらいいですよ。教授たちは教授たちで結構本知ってるから聞いてみると面白いかもしれないですよ」
「なるほど」
早速工学部の先生のアポイントを取った。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
講義と講義の間、工学部機械専攻の教授の部屋を訪ねた。部屋に入った楓を出迎えたのは、テーブルの上に山のように積み重ねられた機械と、機械油の匂いだった。
積み重なった機械の奥にあるデスクには機械油で汚れたタンクトップ姿の工学科教授レイフ・ウィルコップスがいた。片方の肘掛けに体重を預けるように肘を立て座っていた。
「お時間割いていただいてありがとうございます」
「1年生向けの本の一覧を作りたいって??」
「はい」
ふーんと相槌を打つと、ポリポリと頬をかく。これはあんまり詳しく教えてくれなさそう。そんな予感が楓の頭をよぎった。
「そんなんまとめてどうすんだ。自分で探しゃいい話だろう」
「確かに、そうですね。しかし、本と利用者を繋ぐのが司書の仕事なものですから・・・」
「本と利用者を繋ぐのが仕事?」
「ええ。それに、司書として働く上で常に頭におく五原則がありまして」
楓のいう五原則とは、インド図書館学の父と呼ばれた図書館学者ランガナタンが唱えた図書館学五原則のこと。
1、本は利用するためにある
2、全ての本に利用者を
3、全ての利用者に本を
4、利用者の時間を節約せよ
5、図書館は成長する有機体である。
この五原則は図書館司書の講義で習って以来、何かと思い出されるものだった。
「その中のひとつ、利用者の時間を節約せよ。それが今回本の一覧を作ろうとする理由です」
だから、特別な理由などなかった。本と利用者を繋げられ、利用者の時間を節約することができるとなれば、むしろ一石二鳥だ。
「利用者の時間を節約・・・」
今まで聞いたことのない言い回しに、ウィルコップス教授は面食らっていた。しかし、一度言葉を飲み込めば今度は笑いが込み上げてくる。
「そんなことをいう奴がいるのか!・・・面白い、手を貸してやろうじゃねえか」
「ありがとうございます」
「まず、一年の前期は・・・」
ウィルコップス教授は、一年次の講義で教える内容のうち本から押さえてほしいポイントと自分が知っている本を幾つか楓に教えた。楓はそれを余すことなくメモしていく。
「とまあ、こんなところか」
「なるほど、それではこちらを参考にさらに探してみます」
ペンでメモ帳を軽快にトントンと叩いた。
「よろしければパスファインダーがある程度形になったら一度見てもらえますか。見当違いのものが入っていたらいけないので、チェックしてもらいたいと思っているのですが・・・」
「んあ?まあ暇だったらな」
「試験後頃合いを見て伺います」
ウィルコップス教授は頭をボリボリと掻くと、仕方ねえなとこぼした。
「乗りかかった船だからな」
「ありがとうございます。それではこれで失礼します」
「おう」
試験前の忙しい時に時間を割いてもらった手前、長居するわけにはいかないと用件が済むと話を切り上げ教授室を後にした。
「うちの学生もあれだけ探究心持って勉強してくれないもんかねぇ」
嵐のように去った楓を見送ると、自分の受け持つ学生たちのとぼけた顔を思い出した。
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