第41話 交流会 4

 階段を降りたところにいた牢屋番に声をかけて、入り口の鍵を開けてもらう。左右に鉄格子が並ぶ廊下を進むと、入り口から3部屋分奥に行ったところにシャルロットは捕らえられている。

 顔を伏せ膝を抱えて座る彼女は以前のような自信溢れる様子は一切なく、以前は綺麗に整えられていた長いラベンダー色の髪がぐしゃぐしゃになっているのが目についた。人が来る足音に顔をあげ牢屋の格子に噛み付くように縋り付いたが、来たのが楓とレオンだと気づくとキッと睨みつけた。


「あんた、なんでここにいるのよ!なんでレオン様と一緒にいるの!?なんで・・・、なんでわたくしがこんな目に合わないといけないの!?」


 彼女の楓に向いた悪意は相変わらず健在だった。レオンと一緒に来たことで輪をかけて強くなっている。そんな彼女と一体何を話せばいいというのか、少し迷って口を開く。


「私のグラスに薬を盛ったのは本当ですか?」

「ええ、そうよ。なによなにが悪いっていうのよ!あんたなんか別にどうなったって誰もなにも気にしないはずなのに!・・・なんでなのよ・・・!」


 最初の勢いはすぐに消え、次第に格子を掴んでいた手は下がり、頭を抱える。

 シャルロットは貴族の娘として生まれ、庶民は貴族の犠牲になっても良いものだと教育されてきたのだ。それだというのになぜ捕らえられたのか、それが全く理解出来ないのだ。


「誰に対しても、薬を盛ること自体いけないことなんです。それに、私はここまで憎まれるようなことをした覚えはありません」

「覚えがない??レオン様につきまってるじゃない!今だってそうやって・・・!私だってなかなか話せないのになんであんたみたいな使用人が話せるのよ!」


 どうして仕事をしていただけでレオンにつきまとってたことになるのか。次から次へと飛び出る勘違いに頭痛がしそうだった。


「私は使用人ではないですし、つきまとってないです。仕事で報告しないといけないことを報告してただけで」

「仕事??ただ図書館の掃除してるだけでしょ??そんなの使用人の仕事じゃない」


 たしかに、貴族の家で掃除をするのは使用人の仕事だ。彼女の家でもそうなのだろうが、仕事の全てをそのように細分化できるほど、図書館の予算は多くない。たしかに図書館の掃除にパートを雇いたいところではあったが、予算がないと却下されたのだからしょうがない。


「うちは予算があまりついてなくて、パートを雇えないんで自分でやってるんです。私は城内図書館の管理を任されています。それに一応男爵の位を頂いているので使用人ではありません」


 シャルロットはハリーの話から楓を使用人だと思って疑わなかった。それだと言うのに相手が爵位を持っていたなんて。今更ことの重要さを理解し始め顔が青ざめてきた。


「男、爵??それならお父様と同じじゃない。嘘言わないで!」

「それについてはベイリー卿も証言してくれると思いますけど」

「ああ。伝達したのは私だからな」

「なんということなの・・・。ということは、わたくしは・・・」


 今まで他の令嬢にしてきた嫌がらせは楓にしたような悪質なものではなく、物を隠したり言いがかりをつけ貶めるくらいのものだった。

 今回、相手が使用人ということで、今まで思い切り出来なかった分エスカレートしていたが、楓が令嬢どころか男爵位をもらった貴族だったとなれば話は別だ。


「お、お父様は・・・。お父様はわたくしにのことをなにか言っていませんでしたか?」


 一緒に捕まった父親とは共に連行される間も一言も交わすことなく牢屋の前で別れた。


「キャンベル卿は、現在取り調べを受けているが君のことについては何も」

「そう、ですか」


 嘘だった。シャルロットが取調室を出てから取り調べが始まるまでずっと溢していたのは、「シャルロットが捕まりさえしなければ」だった。捕まったのは自身の不正のせいだというのに、キャンベル卿もまた、現実を認められないまま自分の娘に恨みをぶつけることしかできなかった。でもそれは、彼女が今知る必要はないことだ。


「今回捕まったことで、今まで嫌がらせを受けていた令嬢からも申告があるだろう。自分がしたことをきちんと反省することだな」


 これまでは証拠がなく訴えられなかったが、捕まった今なら証言だけでも聞いてもらえるだろう。すでにレオンから一部の被害者には今回の件を伝えてある。1人手を挙げれば皆出てくるはずだ。余罪が出れば、シャルロット嬢の罪はさらに重くなる。


「そんな・・・」

「あの・・・?」


 自分の未来は閉ざされ、父が自分をどう思っているかもわからない。もうシャルロットには何もかもがどうでも良くなっていた。あんなに執着していたレオンさえも。

 楓が声をかけても一人でブツブツ呟き蹲ってしまい、もう楓の声は届かなくなってしまった。


「・・・行きますか」

「・・・ああ」


 これ以上ここに留まってももう話をできそうにない。楓とレオンは牢屋を出た。

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