【閑話】 アクセサリー屋 メレ 1

 アクセサリー屋メレは指輪からネックレスやブローチなどアクセサリー全般を扱う人気店だ。ライバル店ヘリックスと凌ぎを削り日々新たなデザインを研究していた。ただ最近は決まったデザインが多く、マンネリを突破出来ずにいた。それはヘリックスでも一緒だった。

 休憩を挟み午後からはカウンターの裏でデザイン制作に勤しんでいた職人兼デザイナーのダニエルは、この日もどうにか今までのデザインを刷新するようなアイディアが生まれないものかと頭を悩ませていた。

 そんな彼の耳に1人の客の声が入る。


「あの〜、指輪はここにあるだけですか?」


 恐らくカウンターの隣にある指輪のコーナーを見ているだろうその客がカウンターにいる接客担当のサラに声をかけていた。

 話の内容を聞くに欲しい指輪がなかったのだろう。新しいデザインを生み出せない今、そのことだけでも焦りをさらに感じてしまう。アイディアを思いつかない虚無感にペンを投げ出しそうになった時だった。


「じゃあ、希望するイメージをデザインにしてもらうことって出来ますか??」


 この店ではオーダーメイドも受け付けている。自分の出番かとカウンターに出ると、ちょうどサラが自分を呼びに戻ろうとしているところだった。オーダーメイドを望んでる客を教えてもらい接客を交代する。


「オーダーメイドをご希望ですね。こちらでお伺いします」


 指輪があるコーナーとは反対側にあるテーブルに案内しながら相手を観察すると、年の頃は20代後半の大人しそうな小柄な女性だった。全身アーキュエイトの服でまとめているあたり、金払いは良さそうだ。

 オーダーメイドの注文は店頭に置かれる商品より値が張る。頼んだものの概算を出した途端に止めると言い出す輩もいる。それではデザインを考えた時間分損してしまうのだから、相手が払える能力があるかどうかは重要だ。その点、アーキュエイトのような店の服で揃えていられるのだから、この客は大丈夫だろうと目算を立てていた。


「それでは、今回はどうしましょうか」

「重ね付けできるような細いリングを2つ作りたくて・・・」

「重ね付け、ですか」


 そんなもの、今まで作ったことがない。今の指輪の主流は5ミリほどの太いリングに手彫りで装飾を施して作っている。それより細いリング自体作ったことがなかった。その上重ね付けなんて考えもしなかった分、イメージがつかなかった。とはいえ話を聞いていかないと始まらない。さらに細かく要望を聞いていく。


「細いリングをということでしたが、具体的にご希望の細さはありますか?」

「1ミリくらいがいいんですけど・・・」

「1ミリ、ですか・・・」


 ダニエルは狼狽した。1ミリの細さのリングなんて、上手く成形出来る自信がない。


「次にリングの形ですが、平打ちと甲丸とどちらにしましょう」


 平打ちは文字通り表面を平たく成形したもの、甲丸こうまるは表面が丸みを帯びたもので、それぞれのサンプルを見せながら説明する。


「甲丸がいいです」

「承知しました。それではリングの素材はどうしましょうか。金、銀、それから、最近出回り始めたチタンがありますが」

「えっと、銀でお願いします」

「銀ですね。他になにかご希望はありますか?」

「もし出来たらなんですけど、片方のリングに一ヶ所透明なガラスを埋め込んでもらいたいんです」


 控え目に出てきた要望はまたしても今までにない要望だった。ただでさえ今まで扱ったことのない細さのリングに石留めもするということになる。

 いっそここで断ってしまおうかとも思ったが、この依頼をライバル店に持っていかれて新しいデザインを作られては、後悔することは目に見えていた。ただ説明はしておかないといけない。


「正直に申しますと、お客様が希望されるリングが出来上がるのに時間がかかるかと思います」


 客の様子を見ながら説明するが、驚くこともなく憤慨することもなく話を聞いている。この分なら落ち着いて聞いてくれそうだとさらに説明を重ねる。


「そう言いますのも、今の指輪の主流が5ミリの太さのリングで、ご希望の細さのリングを作ること自体が初めてなのです。さらに、ガラスを埋め込むということになりますと、石留めという作業を施すことになります。恥ずかしい話、確証を持って出来ますと言える保証がないのです。ですが、ご要望になんとかお答えしたいと考えています。ですのでその点ご了承頂けますか?」


 言ってしまった。正直に伝えずに依頼だけ受けておくべきだっただろうかと後悔がよぎるが、もう言ってしまったものはどうしようもない。それに、ここで断られたらそこまで。後でトラブルになって店の信用を落とすよりはマシだ。


「分かりました。店頭の商品を拝見してそうなのでは、とは思っていました。この指輪は出来上がりを急いでもいませんし、仮にもし出来なかったとして、依頼をキャンセルすることになっても問題ありません。ただし、いずれの場合も連絡を頂ければと思います」


 客はポーチから小さなメモ帳を取りだし、そこに連絡先を書くとダニエルへ渡した。


「平日の日中はこちらに、それ以外は下の番号にご連絡ください」

「承知いたしました。出来る限り早く作れるよう尽力いたします。ちなみに、先ほどガラスをということでしたが、ダイヤなどの宝石をつけることもできますがよろしかったですか?」

「はい、ガラスでいいです。指輪の大きさに合うくらいの大きさであれば、デザインはお任せします」

「なるほど。検討させていただきます。注文にあたっての質問は以上になります。最後に指のサイズを測らせて頂き、依頼書にサインをお願いいたします」


 依頼書とペンを渡して書いてもらっている間に、聞き漏らしがないかの最終チェックを済ませる。書き終わった依頼書を確認すると、客の指にリングゲージを通してサイズを確認する。


「ありがとうございます。それでは、デザインが出来上がりましたら一度目を通していただいて、それから製作する流れになりますのでよろしくお願いいたします」

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 席を立ち出口に向かう彼女を見送ると、早速工房に入り作業を始めた。

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