第10話 シャルロット

 図書館での勤務が始まって以来、毎日半ば泊まり込み状態で図書館の仕事をしていた。アーキュエイトの勤務日も仕事が終わってから足を運び、休み返上でこつこつと作業を重ねている。じゃないと休館中の2ヶ月だけでは終わらないほどの業務量だった。

 ひとまず、休館中の立て看板を作り人が休館中であることを知らせることからはじめ、本を整理しながら内容をチェックして分類するという工程をひたすら繰り返していく。

床置きになっている本については応急処置としてアーキュエイトから箱をもらって解消していっている。いつも店の裏に無造作に積まれていて、聞くと投げるだけと言うのでロゼッタさんに許可を得てもらってきた。この箱の奥行がちゅうど本が入る奥行きだったのでかなり重宝している。

 それでもスペースは限られているので、年鑑のようなデータが更新されていく本で古いものは書庫へしまえるよう車輪のついた板の上にまとめた。この車輪のついた板は、レオンに相談したら用意してくれた。


「返却本持ってきたよ。調子はどうだい?」


 時々レオンや文書管理担当の人が返却本を持ってくるついでに様子を見に来てくれる。ついでに2時間ほど作業を手伝ってくれていたので、その度に気づいたことを伝えて許可をもらうようにしていた。彼らは仕事はきっちりかっちりこなすのに、どうして図書館がこんなにも荒れてしまったのか、不思議でたまらない。

 ちなみに今日はレオンの部下の中で一番の若手、子爵家の次男ハリー・クーパー卿が来ていた。以前図書館で絡まれた中にいた1人でグレーの髪で細身の男性だ。


「図書館の前に返却本を入れておける箱を置きたいんですよね〜」

「表に空箱でも置いておく?」

「いえ、それだと盗難が起きてしまうので一度入れたら簡単には取り出せず、鍵を持つ人だけが取り出せるようにしたいんです」

「そんなこと可能かな?」

「えっと、例えば・・・」


 メモ紙に返却BOXの案を書くと、イメージができて合点がいったようだった。彼は親戚に家具屋がいるらしくその方面に明るい。車輪付きの板を手配してくれたのも、彼がレオンから相談されたからだった。


「いとこにこれを見せてみるよ」

「ありがとうございます」


 ハリーは紙を手に取ると、手をひらひらと振り図書館を出ていった。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「あら?図書館に女性なんて・・・」


 ラベンダー色の髪を盛りに盛り、服を大層着飾った女性が図書館横の階段から降りきだ。たまたま開いていた扉から図書館にいる楓に気づいた。城に仕える女性は女官だけ。彼女たちが図書館に来るようなことはまずない。それに服装が女官のそれとは全く違う。それなのに図書館に女性がいるなんて一体どういうことなのか。

 頭の中で1つの可能性に行き当たりそうになった時、ちょうどハリーが出てきたのを見つけると強引に捕まえて事情を聞いた。


「図書館にいるあの女性、なんなんですの?」

「うわ!シャ、シャルロット・キャンベル嬢でしたか」


 シャルロットはレオンのストーカーとして同僚の間ではよく知られていた。週に何回も文書管理担当の事務所を訪れてはレオンに接触しようとしていて、彼女が来たらレオンを隠せとみんな気をつけていた。

 そんなシャルロットに捕まり思わず顔が引きつる。見ると彼女の顔は鬼のような形相をしていた。これは嫌な予感がする。直感的にそう思った。


「あなた、聞いていますの!?」

「最近働き始めた子ですよ。今は図書館が汚いので掃除をしてもらってるんです」

「掃除?そう、ただの使用人ですのね」


 シャルロットは勝手に自分で納得すると手にしていた扇で口元を隠し、高笑いをして去っていった。


「・・・何あれ。とりあえずゲイリー卿の耳にいれておこう」


 ハリーは足早に事務所へ戻った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 休館期間も折り返して数日、楓は新たに重大な問題点に気付いた。


「この図書館、書庫が、ない!!こんなに本があるのに・・・!」


 だいたい半分くらい蔵書目録ができている今の段階でも3000万冊あるのに、一体なぜ書庫がないのか。いや、だからこそいままでのあの状況だったのだろう。と納得した部分もある。幸いにも何故か図書館の奥にまったく使われていない空間があったので、そこをまず書庫にしてもらえるように交渉中しよう。


「どうした。何をそんなに声を荒上げている」


 ちょうどいい時にレオンが返却本を持って図書館を訪れてくれた。


「ゲイリー卿、ちょうどいいところに。こちら図書館改善策をまとめたものです。ご査収ください。それから、そちらの資料にはありませんが書庫が欲しいです。使用頻度の低いもの、それから貴重本は書庫にしまいたいです」

「書庫?しかしどこに」

「あそこ、何も使ってないようなので書棚を入れて書庫にすることも出来るかと。扉に鍵をつけてもらう必要もあります」


 そんなところないだろうと言わんばかりに怪訝な顔をするので、ビシッと目星をつけていた場所を指差す。


「なるほど。とりあえず見積もりは取るが今年度は無理だ」

「そう、ですよね〜」


 勢いで希望を突きつけたものの、冷静に現実を突き返されて楓は肩を落とした。


「だが、まだ来年の予算案には間に合う。予算案に計上してみよう」


 今はグレーの月、日本で言う11月ごろで来年度の予算案を組んでいるところらしい。文書管理担当もいつに増して忙しそうにしている。先月までは図書館に来ると世間話をして帰るのに、今月に入ってそれがなくなったのもそのせいだった。


「どのくらいの棚が必要だ」

「現在の推定所蔵可能冊数は5万冊ですが、今現在図書館内にある本は推定7万冊強あって、2万冊ほどの差があります。書棚一台につき400冊前後入るので、大体175台が必要です。図書館に100台あるので、残り75台というところなんですが・・・」


 楓はメモ紙に書きながら説明する。


「あのスペースにそんなに入るのか?」

「いえ。あそこのスペースは入れられて1000台弱くらいだと思います。そのため、第2書庫も必要になると思います」

「第2書庫か・・・。それは難しいと思うが、まずはあのスペースに入る分確保できるよう善処しよう」

「ありがとうございます」


さっき書いたメモ紙を渡すと、レオンは事務所へ帰ろうと図書館の出口は向かう。しかし、2、3歩歩いたところで何か思い出したようにピタリと立ち止まった。


「そういえば、シャルロット・キャンベル嬢には気をつけてくれ」

「シャルロット・キャンベル嬢、ですか?」

「キャンベル男爵の娘で用もないのに来て、仕事の邪魔をして帰るような振る舞いが問題になっている。ここに来ることもあるかもしれない」

「分かりました」


 容姿も含めレオンのストーカーだという重要な注意事項を伝えないまま。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「何よあの女。使用人のくせにレオン様と話すなんて!!私だってなかなか会えないのに!!!」


 噂に上がっていたシャルロットはレオンと楓が話しているところを目撃していた。来るたび職員に追い返されてレオンに会えない日が続いていた彼女にとって、それはとても許しがたいことだった。


「身の程ってものを分らせてやらないと」


 シャルロットは手にしていた扇を折れんばかりに握りしめた。

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