第8話 出頭要請?!
あの日以来、しばらくお城へのお使いはなかった。本来は、女官の入れ替わりや増えた時、あるいは古くなった仕事着を新調する時しか発注はない。そう頻繁にお城へお使いに行くことはないのだ。
そんなある日、アーキュエイトにお城から書状が届いた。内容は楓への出頭要請。名前が指定されていたわけでなかったが、以前城に行った日にちを指定して使いに出したものをと書かれていた。そうなると楓しかいない。
「カエデ、何かやったのかい?」
「えっと、思い当たるといえば、城内の図書館に勝手に入って掃除したことくらいです」
心当たりがこんなことだとは思わなかったのか、ロゼッタは怪訝な顔をして楓を見る。
「掃除?あの汚部屋で有名な図書館をかい」
「有名なんですか」
城内図書館の汚部屋ぶりは、そこに入室する職員から広がり王都の人間なら誰でも知っているほどの噂になっていた。白く輝くセントパンクラス城なのに残念な部屋だと。
「そもそも、この国の男は片付けや掃除が下手くそなんだよ。だから男ばっかの職場はひどいもんさ。城で働くのは女官を除いて男ばかりだから、あそこを管理する文官も男ばかりであんな図書館になっちゃったんだろうね」
「なるほど。アーキュエイトも毎日作業室掃除してるの私かマリアンかロゼッタさんですもんね」
ロゼッタは渋い顔をしてため息をつく。
「そうよ。これで女がいなかったら最悪ね。だとしても、掃除してくれたあんたになんで出頭要請がくるのかわかんないけどね」
「あ、あと図書館の担当の人に、図書館の問題点をぶつけてしまいました。聞かれたからだったんですけど」
「んー、それ・・・?」
指を顎にトントンと叩きながら考え始める。顎に指を当てながら考えるのは彼女の癖だ。
「まあ、お店宛にきたし私も一緒に行くわ」
「すいません、ありがとうございます」
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘
翌日、ロゼッタに付き添ってもらい城へ向かった。門番に用件を伝えると2人のうち1人が城内へ伝えに行き、もう1人の門番から3階の応接室へ行くように指示された。図書館の左脇にある階段で3階にあがり突き当たりにあった応接室の扉をノックする。
「入ってください」
「失礼します」
部屋に入ると以前図書館で会った金髪でダークグリーンの瞳を持つ男性職員がソファに座っていた。
「アーキュエイト店主、ロゼッタと申します。店宛に書状を頂きましたので私も同席させていただいてもよろしいでしょうか」
「文書管理担当のレオン・ゲイリーだ。もちろん、むしろ話が早くて助かる」
ソファに座るよう促され、楓とロゼッタは並んで腰掛ける。
「レオン・ゲイリー卿でしたか」
ロゼッタは縁あって彼を知っていた。彼はゲイリー伯爵家の三男、レオン・ゲイリーだった。この国では貴族の長男以外は後を継ぐ可能性が低いので騎士や公務につくパターンが多い。
「あまり構えないでくれ。今回はお願いがあってきてもらった」
「体どんなご用件でしょうか」
楓から本題に入ると、レオンは言いにくそうに話し始めた。
「実は・・・。以前教えてもらった図書館の問題点を部署内で精査し、改善しようと試みたのだが・・・」
「その問題点を指摘したことが気に障ってお呼びになったわけではないんですね?」
いちおう確認のため尋ねると、違うとレオンは首を振る。
「いや。そもそも聞いたのはこちらだ」
「では一体・・・」
「全く改善できないどころか、以前のような状況に戻ってしまった」
「え・・・」
レオンは頭痛がするのかこめかみを抑えて項垂れている。楓はショックを隠せずソファに倒れ込んでしまった。
「だいぶ掃除も整理もしたと思うんですけど」
「そうだな」
「それが戻ったんですか」
「そうだ」
「なにしてるんですか」
「面目ない」
畳み掛けると頭を下げるレオンが視界に入る。貴族にあるまじき振る舞いに、こちらも貴族に対する振る舞いにあるまじき態度だったことを思い出し、佇まいを直し考える。
今までの話から分かったことは、さっきのロゼッタから聞いたようにこの国の男性の性質的に片付け掃除はできないし、以前ちゃんと管理した方がいいって言ったのはお門違いだったということだけだ。
「それで、だ。ここからが本題なんだが、ここの図書館で働く気はないか。常駐の職員を置くために多少予算がついたんだ」
「だからロゼッタさんがいた方が話が早いとおっしゃったわけですね」
「そうだ。どうだろうか」
そういう用件だとは想像していなかった。ロゼッタさんも困惑していて、2人で見つめ合ってしまった。
興味はあるけど、急に辞めるのは困っている楓を雇ってくれたロゼッタに申し訳ない。
「申し訳ありませんが、今はアーキュエイトで働かせて頂いてますので」
「でも、カエデは働きたいんでしょ」
ロゼッタはパッと立ち上がるとレオン側に座ってしまった。さもそちらの味方という意思表示かのように。
アーキュエイトのことを気にして断ろうとしてた楓はかなり狼狽えていた。
「え、いや、でも、」
「義理を感じてるのかい。じゃあ、週3回アーキュエイト、週2回図書館で働くって言うのはどう?最近あんたのおかげで作業の最適化が進んでるからちょっと暇になる時間増えてきただろう」
確かに、無駄な作業は支障がない範囲で短縮しているから、最近はマリアンの仕事も手伝っていた。それをロゼッタは知っていたのだろう。
「こちらとしては定期的に来てくれるならそれでも構わない」
レオンにもそこまで言われてしまうと、もう断る理由がない。
「そう言うことでしたら、謹んでお受けいたします」
頭を下げると、レオンは小さく助かる、と零した。どれだけ切迫しているんだと言いそうになってしまう。
「では早速来週から頼みたい。給金や仕事内容についてはまた改めて文章にしてから説明する。図書館の常駐職員は今までいなかったのでな。少し整理させてくれ。相談したいこともまとめておく」
「わかりました」
「それでは来週、銅の日の朝に図書館に来てくれ」
「はい。失礼します」
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
応接室を退室するとあたりはすっかり日が暮れていた。街灯を頼りにアーキュエイトへ向かう。
「ロゼッタさん、本当に良かったんですか?」
「だってあなた、いつもお城から帰ってくるといきいきしてるんだもの。うちの仕事状況としては問題ないんだから、掛け持ちしたっていいじゃない」
自分では全く気づいていなかった。しかし、好きでなった司書という仕事だったから、久しぶり図書館で本を見て整理するのが楽しかったのは確かだった。
「そうだったんですね。ご配慮ありがとうございます」
「もちろん私にも旨味はあるの。カエデが図書館で働くようになればまた違った仕事着が必要になるでしょう。仕事で着たい服のイメージを教えてもらえればまたカエデシリーズが増えるじゃないか」
「なるほど。さすがロゼッタさん、いつでも商売を忘れませんね」
「まあね。これから忙しくなるだろうけど、無理だけはしないように。図書館の仕事でなんかあっても話くらいは聞けるから、抱え込むんじゃないよ」
この人は何て優しいんだろう。訳わからん楓を雇って、働きながらやりたいこともできるよう考えてくれるなんて、日本なら有り得ない。
「本当に、アーキュエイトで働けて、ロゼッタさんに出会えて幸せです」
「なんだいいきなり。やめておくれよ」
「へへ」
アーキュエイトに帰って今後のことを相談し、マリアンにも事情を説明する。驚いてはいたが、これからは手伝ってもらえないのね、ざーんねん。とさほど気にしていないようだった。細かい事は実際にやってみて相談することになった。
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