第483話

「終わったあ~っ!」

 打ち上げは事務所の近くの喫茶店にて。

 ファーストシングルのレコーディングは呆気なく終わったわ。スタッフからも一発オーケーのお墨付きをもらい、あとは発売を待つだけ。

 リーダーの響希さんが嬉しそうにANGEの顔ぶれを一瞥する。

「やったね、みんな! 今日は練習より上手にできたんじゃないかなあ」

「三割増しでよかったよ、ほんと」

 レコーディングの演奏には律夏さんも満足してるようね。

「練習の時も思ってたけど。フェスタの……いいえ、今までのライブの演奏より、格段によくなってたわよ。やっぱり篠宮さんのおかげかしら」

「そんな……わたしなんて」

 憧れの麗奈さんに褒められ、環さんは恥ずかしげに頬を染める。

 実際のところメインボーカルの参入は大きかった。響希さんや麗奈さんはボイトレが不足気味で、あまり声が出てなかったし。律夏さんの歌声はドラムに妨げられてたもの。

 だから、今までは『演奏主体』のバンドだったの。

 それが環さんの加入によって、『演奏+歌唱』の編成となった。環さんの歌声には牽引力があるから、響希さんたちのパートも生き生きしてたわ。

「でも自分のパートがないと、手持ち無沙汰で……」

「そこはおいおい考えていきましょう。次は例のイベントと……文化祭ね」

 響希さんが残念そうにぼやく。

「あーあ。夏休みもおしまいかあ……」

「残ってる宿題は、読書感想文だっけ? 響希チャン」

「律夏ちゃんもでしょ?」

 長かった夏休みも、あと数日ね。ライブハウスをまわって、ミュージック・フェスタに出場して、花火を観て、CDのレコーディングをして……。

「栞ちゃん、なるべく短くって読みやすい本、紹介してよぉ~」

「それは詠に聞いてください。ライトノベルなら詠のほうが詳しいので」

 一部のメンバーが夏休みの宿題に追われる場面もあったかしら。

 年下の環さんのほうがしっかりしてる。

「秋からはライブ以外のお仕事も入ってくるんですよね?」

「そう無茶なものはない、と信じたいけど……」

 麗奈さんに続き、私も溜息を漏らさずにはいられなかった。よりによって、次の仕事はプリズムキュートのイベントだもの。しかもコスプレで。

「開きなおって、切り抜けるしかありません」

「栞さんの言う通りね。ネガティブに考えるのは、やめにするわ」

 私と麗奈さんが諦める方向で意気投合すると、律夏さんが眉をあげた。

「仲良くなったよね、ふたりも」

「そ、そうですか?」

「そーだよ。栞ちゃんと麗奈ちゃんが話してるの、あんまり見たことないもん」

 響希さんの洞察力も意外に侮れない。

 麗奈さんが秋以降のスケジュールを確認する。

「文化祭は……響希のS女が九月の末で、私のL女は十月の中旬。それから、えぇと……ケイウォルス学園でゲスト演奏、ね」

「来月の半ば頃に一度、打ち合わせに来て欲しいとのことです」

「打ち合わせくらいなら、平日の放課後でもよさそうだね」

 横から環さんが口を挟んだ。

「ケイウォルスとL女学院は昔から交流が盛んらしいですよ。特に文科系のクラブは、交流会なんかもやってるみたいで……」

「それってさあ、要するに合コンじゃない?」

 ここで麗奈さんがとんでもない事実を暴露する。

「どうかしら……L女では彼氏ができたら、停学だし」

「ええっ! そうなのぉ?」

 まさかの学則に響希さんは唖然とした。

「ブラック校則……いや、ホワイト校則ってやつ? そんな女子校があるんだね」

「律夏たちの学校はどうなのよ」

「ないってば。まあ文化祭でも、男子の入場は厳しいって聞いたけどさ」

 麗奈さんは真剣な表情で考え込む。

「じゃあ……共学なのはケイウォルスだけなのね」

「L女の校則違反です。環さん、今すぐ学校へ連絡してください」

 私が悪乗りする傍ら、一途な環さんは本気で心配そうにまくし立てた。

「そっ、そうですよ、速見坂先輩! 絶対にいけません!」

 疑惑の視線に晒され、麗奈さんは立つ瀬がなくなる。

「彼氏なんか要らないったら! 栞さん? 勝手に過大解釈しないでっ!」

「名誉棄損が過ぎましたね。すみません」

 もっと赤面するような初々しい反応を期待したんだけど。

 過大解釈は律夏さんが引き継ぐ。

「でも実際、麗奈の場合はありうる話じゃないの? 許嫁とか、縁談とか」

 麗奈さんのご実家は四門の一角、青龍家だもの。正真正銘のお嬢様だけに、ドラマや漫画みたいに十五、六で婚約なんて展開も……。

 環さんの小顔が悲壮感を浮かべる。

「だだっ、だめれすぅ! ひゃやみざか先輩が、けけっ、結婚らなんへぇ~!」

「呂律がまわってないよ? 環ちゃん」

 おや? 響希さんは冷静ね。

「響希さんはいいんですか? ある日突然、麗奈さんが婚約しても」

「それは……うん。ちょっと……許せないかナー?」

 あ、これは触れちゃいけないやつ。

「響希チャンはあたしと結婚するんだよね? パパさんも前にオーケーしてくれたし」

「今のところは……でも、栞ちゃんも捨てがたいし……」

 律夏さんの本気か冗談か判別しづらいプロポーズを、環さんが一蹴した。

「女同士で何言ってるわけ?」

 ブーメラン……これも触れないほうがいい案件だわ。

 ケータイでスケジュールを検討しつつ、強引にまとめに入る。

「話を戻しますけど、学校が始まったら、当面は学校ごとの文化祭が大きな区切りになりそうですね。VCプロの主導で音楽活動も入ってくるとは思いますが」

「文化祭といえば……栞ちゃん、ブラスバンド部は?」

「はい。当日はライブの予定が――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る