第477話
そんな重苦しい空気の中、今度は麗奈ちゃんが口を開いた。
「でも……ANGEで一番評価されてるのは、栞さんでしょう? ベースの腕も、作曲のセンスも。井上さんも舌を巻いてたじゃない」
「うん。そう……だよね」
栞ちゃんはベースの担当のみならず、作曲も手掛けてるから、報酬だって多い。CDを発売すれば、印税ってやつも入るらしいし。
「仮にANGEが解散したとしても、作曲家としてやっていけるかもね」
「そういう可能性もあるんだ?」
「だから仮定の話、だよ。パソコンにも詳しいから、音響なんて線もあるか」
ANGEの中でもっとも将来性を感じさせるのは、栞ちゃん。
言い換えれば、わたしたちは栞ちゃんの実績にくっついてるだけ――かもしれない。
栞ちゃんの楽曲を頼りにしてるくせに、わたしたちばっかり演奏を楽しんで……それが栞ちゃんをないがしろにしてる、としたら?
タメにゃん様に背中を預けつつ、わたしは独りごちる。
「わたしも何か、栞ちゃんの力になりたいな。何ができるってわけじゃないけど……」
律夏ちゃんも同じトーンで溜息を漏らした。
「どこまで踏み込んでいいんだろうね、栞チャンの場合は」
「話してもらえるかしら……」
雲雀さんが言ってたことが脳裏をよぎる。
『実際かなり依存してんだよ、お前らは。少しは楽させてやれっての』
わたしたちには栞ちゃんが必要。
けど、それはこっちの都合でしかなくって。栞ちゃんには栞ちゃんの事情があって、悩んでるんだと思うの。
環ちゃんはてのひらを上に向け、嘆息した。
「わかったでしょ? 栞先輩は響希や律夏と違って、デリケートなんだから」
「わ、わたしだってデリケートだよ? ……多分」
「デリケートな女の子は好物に『牛タン』なんて書かないよ」
うぅ……牛タンは美味しいのに。
ふと麗奈ちゃんがお母さんの写真と、カレンダーに目を留める。
「そういえば、じきにお盆ね。響希、またお墓参りに?」
「え? 響希チャン、『また』って?」
「七月七日……お母さんの命日に、麗奈ちゃんもお墓参りに来てくれたの」
来たる八月十五日はお盆だった。
もちろんお盆はお盆で、お母さんのお墓参りへ行くつもり。
律夏ちゃんがケータイを立ちあげ、夏の残りのスケジュールを確認する。
「あたしもお爺ちゃんとこに行くよ。一泊二日で」
「もしかして道場のっ?」
「うん。けど、この時期は――」
そのタイミングで栞ちゃんが戻ってきた。
「遊びに行くのは構いませんが、夏休みの宿題は進んでるんですか? 響希さん」
「うぐっ」
その一言が真夏の自由を奪い去る。
麗奈ちゃんも監視の目を光らせていた。
「今日も午後は二時間、みんなで宿題よ。いいわね? 響希」
「終わるまで、タメにゃんとモフモフは禁止よ」
勉強の間は息抜きが多いの、環ちゃんにもバレてる?
それでもわたしは夏の自由のため、証言台に立つ。
「待ってよ、みんな。いつも同じ環境で勉強したって、捗らないでしょ? だから、たまには別の場所で……律夏ちゃんの道場で、イベントの練習も兼ねて、ね?」
「イベントって、プリズムキュートのぉ?」
来月のコスプレ企画については、映像資料が届けられていた。パフォーマンスを練習するためにも、広い場所は欠かせない。
律夏ちゃんは難色を示す。
「オススメはしないよ? お爺ちゃん家は近いけど、この時期は……」
「やめときなさいよ、響希。ひと様の実家に押しかけるなんて」
「まあ、私たちは今も、響希さんのご実家にお邪魔しまくってるわけですが」
反対多数? ……いや、栞ちゃんは反対してるわけじゃないし、あとひと押しのはず。
「麗奈ちゃんも行くでしょ? ちゃんと宿題もするから」
「その言葉に偽りはないのね? なら、いいわ」
麗奈ちゃんが折れたことで、お盆はちょっとした旅行が決まった。
「いいっちゃ、いいんだけどさあ……お爺ちゃんとお婆ちゃんだけだから、広いし。でも念のため、水着は持ってきなよ?」
「え……なんで水着?」
「子どもの前で着てても、恥ずかしくないよーなやつ。スクール水着とか」
どういうこと? 道場で何をするの?
その答えは後日、『身をもって』知ることに。
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