第473話

 オーディションの結果は言うまでもないわ。

 先日のサンプルボイスだって、悲惨な出来だったもの。今日の審査員もそれは一通り聴いてるわけで、大羽栞にはまったくもって期待してなかった。

 余計な手間を取らせただけよ。

 ただ、別の意味では注目されてたようね。

『詠ちゃんのお姉さんだって? へえ、双子だったんだ?』

『妹さんが歌手で、お姉さんは作曲家かあ。面白いね』

 おかげでヘボい演技も、審査員の苦笑いひとつで済ませてもらえた。

 環さんの審査もつつがなく終了し、引きあげる。

「ありがとうございました」

「気をつけてねー」

 エレベーターで降りながら、環さんはがっくりと頭を垂れた。

「はあ……だめです。絶対にだめですぅ……」

「結果が出るのは来週ですよ」

「結果を見なくても、わかりますよぉ~」

 私も励ます言葉が見つからなくって、気まずい空気を駐車場まで引きずる。

 駐車場の隅っこでは雲雀Pの車が待っていた。

「お疲れ。初めてのオーディションはどうだった? 篠宮」

「聞かないでください……うぅ」

「一回や二回で受かるとは、こっちも思ってねえよ。次も頑張れ」

 ま、まだ結果は出てないのに……。

 相変わらず淡白な雲雀さんの車に乗って、マーベラスプロをあとにする。やっと頭の上から押さえつけられるような重圧感から解放され、私も一息ついた。

「……ふう。本当にどうして、ド素人の私まで声優のオーディションに……」

 運転しながら雲雀さんがぼやく。

「初めてのオーディションに篠宮ひとりじゃ、アガっちまって、審査どころじゃなくなると思ってな。天城や葛葉じゃ篠宮が落ち着けねえし、速見坂じゃ逆効果だろうし」

 それで私に白羽の矢が立った、と……なるほどね。

 環さんは申し訳なさそうに指を編む。

「ごめんなさい、栞先輩……わたしのために巻き込んじゃって」

「構いませんよ。いい経験にはなりましたから」

 ああ……こんなふうに『大人の対応』をしてしまうから、アテにされるのか。

「大羽もバックコーラスなら声出てるから、意外に……とは思ったんだが」

「当てずっぽうにも限度がありますってば」

 すでにマーベラスプロのビルは見えず、車は車道の真っ只中にある。

「アキバで降ろせばいいんだろ?」

「はい。ところで」

 雲雀Pの運転に揺られつつ、私はまず妹について報告した。

「妹の詠がマーベラスプロ所属の歌手になってるらしいんですけど……」

「だろ? 姉貴のお前が知らなかったなんてなぁ」

 そう、妹が歌手デビューしてたのよ。妹系のラノベをいくつも思い浮かべたものの、これに該当するタイトルがなくて困ってる。

 環さんも驚いてた。

「すごいんですね、詠さんも。確かにカラオケ上手でしたし」

 今日は多分、その種明かしをするつもりで、響希さんたちを誘ったんでしょうね。今頃は律夏さんや麗奈さんもGREATESSの正体を目の当たりにして、仰天してるはず。

 さらに環さんが前のめりになる。

「そうそう! 会っちゃったんですよ、わたしたち。観音玲美子に!」

「お~。……って、オーディションに出てたのか?」

 その意味がわからず、わたしは小首を傾げた。

「観音さんは声優じゃありませんよ」

 声優業界に疎いわたしのため、雲雀Pや環さんが教えてくれる。

「いや……中学生の頃は声優だったんだ。ゲームのヒロインだかを演じててなぁ」

「私も聴いたことはないんですけど、すごく上手かったそうです。でも……」

「ゲーム会社の不祥事で煽りを食らって……な。もう引退してる」

 そんな話は知らなかった。観音玲美子さんが昔は声優で――だけど努力を無下にされたうえ、心ならずも引退してしまってたなんて……。

 どことなく『昔の私』と重なる。

「あの……そのゲーム会社は、今も?」

「そういや長いこと聞かねえなあ。未完成のゲームを強引に売り逃げしようとして、クレームが殺到したとか、そんなニュースが最後で」

「潰れちゃえばいいんですよ」

「安心しろ。会社なんてもんは案外、簡単に潰れるんだ」

 雲雀Pは真剣な表情でハンドルを切った。

「ふざけた真似をすりゃあ、な」

 余所の会社から移ってきただけあって、雲雀さんの言葉は真に迫るものがあるわね。

「お前らも将来、何の仕事をするにせよ、客に嘘だけはつくなよー?」

「……はい」

 私の胸にちくりと痛みが走る。

 やがて車は電気街へ差しかかり、私と環さんはそこで降りた。

「暑さでぶっ倒れんなよ? じゃあな」

「ありがとうございました」

 その忠告も真に迫る、過酷な蒸し暑さよ。響希さんたちと連絡を取りつつ、私は環さんと一緒に手頃なグッズショップで一息。

「あ……あのっ!」

 環さんが私をまじまじと見詰め、お祈りでもするように両手を合わせる。

「ちょっとだけ付き合ってもらえませんか? 栞先輩っ」

 交際を申し込まれたんじゃない……わよね、多分。

「お買い物、速見坂先輩には知られたくなくって、その……ごにょごにょ」

「いいですよ。合流の前に済ませてしまいましょう」

 つくづく健気な後輩だった。麗奈さんのことが羨ましい。

「BL漫画だとしても黙っててあげます」

「違いますっ! もう……栞先輩まで、響希みたいなことぉ……」

「響希さんはピュアですから、ボーイズラブなんて俗物とは無縁ですよ。絶対に」

 あと響希さんのことも羨ましかった。

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