第452話
「お前ら、ケータイを出せ」
「え? はあ……」
何のことやらとケータイを差し出すと、カメラの部分にシールを貼られた。
「セキュリティシールっつってな。勝手に剥がすなよ?」
「さすが徹底してますね。当然といえば当然、なんでしょうけど」
VCプロも事務所の中は一応、撮影禁止ではあるものの、ケータイにシールを貼ったりはしない。これを剥がしたら、黒ずくめのSPが出てきたりして……。
カウンターには受付のお姉さんが二人一組で張っていた。
「アポイントはお取りでしょうか?」
「VCプロの巽です。今日はこちらのスタジオで」
「承っております。少々お待ちください」
しばらくして、脇のエレベーターが自動で開く。
「5Fへどうぞ」
「どうも。行くぞー、お前ら」
この時点でわたし、栞ちゃん、環ちゃんの三人は完全に気後れしちゃってた。一方で元アイドルの律夏ちゃんと、お嬢様の麗奈ちゃんは平然としてる。
「今からガチガチにならなくっても……収録まで、まだ一時間くらいあるよ?」
「建物が大きいだけじゃないの。しっかりしなさい、響希」
あと、月島さんもまったく動じてなかった。
「こっちに来るのは久しぶりですよ」
月島さんに気付くや、受付のお姉さんたちが背筋を伸ばす。
「聡子様でしたかっ? こ、これはご挨拶もせず、失礼しました!」
「社長にご用でしたら、お取次ぎ致しましょうか?」
さ――聡子様ぁ?
月島さんはうろたえながらも、諸手の歓迎をやんわりと断った。
「や、やめてください。私はVCプロの新人ですので」
まさかの展開にわたしたちは唖然……。
全員でエレベーターに乗り込むと、雲雀さんが愉快そうに顎をしゃくる。
「月島はここの社長の姪っ子なのさ。父親は会社を継がずに、消防士になったんだと」
「そうだったんですか」
話題の人物となった新米マネージャーは、げんなりと嘆息した。
「両親が不在がちだったものですから、私も弟も、よく叔父さんに面倒を見てもらいまして……高校生の頃は、ここでバイトをしてたんです」
さすが豪勢なビルのエレベーター、街並みを一望できる。
「どうしてマーベラスプロで就職しなかったんですか? 社長の姪っ子さんなのに」
「特別扱いが嫌だったんですよ。響希さんだって、仮にお父さんのコネで音大に入学できるとしたら、入りますか?」
「あ……そっか」
今になって、わたしはパパの意図を少し理解した。
音楽活動においてパパが提示した条件が、『長瀬宗太郎の名前は出さない』こと。わたしはパパとは無関係の、天城響希としてのみ、活動を認められてるの。
でないと、わたしは『長瀬宗太郎の娘』とみなされ、その看板だけが独り歩きする。それはANGEの音楽性や自主性をないがしろにする、間違った方法だもんね。
月島さんも同じ。大手事務所の社長という強い味方を持ちながら、あえて自分の力で挑戦するべく、VCプロを選んだんだ。
「もちろん井上社長は知ってんでしょ? 月島さんの件」
「はい。まあ叔父さんとのコネも、みなさんのために臨機応変に使えれば、と」
「そうだ、そうだ。お互いWIN-WINの関係なら、いいんだよ」
間もなくエレベーターは5階へ到着する。
マーベラスプロは事務所の中に専用のスタジオを構えてるんだね。さすがメジャーの最大手、インディーズのVCプロとは規模が違った。
「第3スタジオはっと……」
「こっちですよ」
ここでバイト経験のある月島さんに案内してもらい、第3スタジオへ直行。
その途中でドアが開き、ぞろぞろと華やかな女の子のグループが出てきた。わたしが思わず『あっ』と声をあげそうになるのを、栞ちゃんの手が塞ぐ。
「落ち着いてください。響希さん」
「ご、ごめん……でも、ほんとにびっくりして……」
それもそのはず。わたしたちが出くわしたのは、今をときめく大人気アイドルグループのSPIRALだったの!
噂の巨乳が揺れに揺れ、わたしたちを圧倒する。
もちろんビジュアル面も抜群だよ。端正な顔立ち、艶やかな髪……そこにいるだけで、空気そのものが不可侵性を帯びるほど。
わたしたちは壁際までいっぱいに寄り、SPIRALに道を空ける。
「ごめんなさい。悪いわね」
悠々と先頭を行くのは、センターの有栖川刹那さん。
SPIRALもスタジオで収録だったのかな? そんな興味を胸に秘めながら、わたしは律夏ちゃん、栞ちゃんとともに、SPIRALが通り過ぎるのを待つ。
「……あら?」
ところが、先頭の有栖川さんが不意に足を止めた。そして――律夏ちゃんでも月島さんでもなく、なぜか麗奈ちゃんをしげしげと眺める。
「あなた、もしかして……」
「え? あ、あの」
さしもの麗奈ちゃんも戸惑い、返答に迷った。
有栖川さんの睫毛の長い瞳が、麗奈ちゃんの表情を映し込む。
「……勘違いだったようね。何でもないわ、気にしないで」
「は、はい……」
そして背を向けるも、振り返るとともに一言。
「あなたはきっと成功すると思うわ。ピアニストさん」
わたしたちは呆然と立ち竦む。
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