第431話

 結果は上々。フェスタの前哨戦として、充分な手応えがあった。

 環ちゃんはロビーで待ってられない様子で、楽屋へ乗り込んでくる。

「ほんっとーに感激しちゃいました、速見坂先輩!」

「わ、わかったから……少し落ち着いて」

 最初のうちはぎこちなかった栞ちゃんのベースも、後半は安定してたよ。栞ちゃんは肩の力を抜き、ほっと胸を撫でおろす。

「できなくはないんですけど……やっぱり衣装を着てると、違いますね」

 律夏ちゃんはいつの間にやらアクセの位置を変えてた。

「響希チャンはリボンとか、演奏中に引っ掛かったりしなかった?」

「ううん。キーボードだし、気にならなかったよ」

 やっぱりドラムは腕を大きく振るから、ゴテゴテしたドレスは不向きなのかも。

 麗奈ちゃんが手首のレースを確かめる。

「私もそれは気になったわ。衣装でも練習したほうがよさそうね」

「同感です。けど、破れたりしたら一大事ですし……」

 あとはミュージック・フェスタの本番を残すのみ。楽曲も概ね完成してる。

 月島さんも楽屋へやってきて、眼鏡をきらっと光らせた。

「お疲れ様でした、みなさん。今日は今までの遠征ライブで、一番の出来だったと思いますよ。響希さんたちもそう思ってるんじゃないですか?」

 わたしたちは顔を見合わせて、得意げに微笑む。

「えへへ……確かにそうかも」

「最初のライブはグダグダだったもんね」

 初めのうちは段取りができてないとか、不手際が目立ったりもした。でも回数をこなすにつれ、初歩的なミスは消え、スムーズに進行できるようになったの。

 井上さんは多分、これを『経験』させたかったんだよ。

 麗奈ちゃんが顔つきを引き締める。

「でも油断大敵よ、響希。帰ったら、総仕上げのつもりで練習しなくっちゃ」

「まっ、もう日もないしね。あたしもとことん付き合ったげる」

 律夏ちゃんのモチベーションも上向いてた。

「私もアガらないように頑張りますので……響希さんも」

「うん。フェスタまでラストスパート、やるぞー!」

 わたしたちは輪になって、てのひらを重ねあわせる。

「ほらほら、環ちゃんも」

「わたしは応援に行く立場なのよ? もう……」

 環ちゃんと、ついでに月島さんも混ぜて、掛け声をひとつに。

「えい、えい、おー!」

 準備は万端。挑むはミュージック・フェスタ!


 合宿の夜が更けていく。

 お風呂のあとも一時間ほど練習し、本日は終了。わたしたちはお布団を敷き、ひとりずつ頭の向きを逆にしたうえで、眠りにつく。

 ……なんで頭が逆、って?

 同じ方向で並んでたら、お喋りで夜更かししちゃうからだよ。初日の夜にわたしと律夏ちゃんでやらかして、栞ちゃんと麗奈ちゃんの介入を受けた結果だった。

 未成年だけじゃ問題あるから、隣の部屋では聡子さんも寝てる。

 練習の疲労と充実感とが相まって、今夜もわたしは心地よい眠りに落ちていた。

「――響希。ねえ、響希ったら」

 ところが誰かに揺すられ、真夜中に目を覚ます。

 わたしを起こしたのは麗奈ちゃん。

「うぅん……どうかしたの? 麗奈ちゃん」

「ちょっと起きて。変なのよ」

 麗奈ちゃんはケータイでわたしの枕元を照らしつつ、声を潜めた。

「聴こえない? ほら」

 何が、と口に出そうとしたタイミングで、『それ』がわたしの耳朶を打つ。

「え……?」

 聴き間違いと思うものの、もう一度。

 どこからともなくピアノの音が聴こえたの。わたしは眠いのも忘れ、頭を覚醒させるとともに恐怖で竦みあがった。

「これってピアノの……ど、どういうこと……?」

 曲はショパンの『子犬のワルツ』。ショパンはピアニストだから、ピアノで弾くには定番のクラシックだね。

 けれども曲は不意に途切れてしまった。

 深夜ならではの秘めやかな静寂が、不気味な雰囲気を醸し出す。

「麗奈ちゃん、今のは……」

「しっ! まただわ」

 再びピアノの旋律が流れ始めた。今度の曲は童謡で、ショパンとは関連がない。

 そのメロディーも遠ざかるように途切れ、気配を消した。

 ……ぞぞ~っ!

 背筋で寒気を覚えながら、わたしはお布団に包まる。

「ね、ねえ? このピアノってまさか……」

「わからないわ。ただ、暢気に寝てられる状況じゃないことは、確かよ」

 麗奈ちゃんの表情も強張ってた。

 今のところ原因は二通り考えられるよね。

 もしスタジオに誰かが勝手に入り込んで、ピアノを弾いてるのなら大問題。未成年が合宿してるところに侵入者がいるんだから、とんでもない事態でしょ?

 けど、わたしはむしろ侵入者の可能性に期待していた。だって……ピアノを弾いてるのが『人間』じゃない可能性も、あるにはあるわけで……。

 ぞぞぞ~っ!

 またも悪寒がして、生唾を飲み込む。

「落ち着いて。とにかくふたりを起こすのが先よ」

「う、うん」

 わたしと麗奈ちゃんは闇の中、律夏ちゃんと栞ちゃんの寝顔へ近づいた。

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