第421話

 七月は週末ごとにライブハウスを巡って、コンサート。

 ANGEのメンバーはひとりずつVCプロの車で拾ってもらい、合流を果たす。車がわたしの家へ寄った時には、もう栞ちゃんが乗ってた。

「おはよう、栞ちゃん!」

「おはようございます。律夏さんは昨夜も、響希さん宅にお泊まりで?」

「そーだよ。お母さんが朝一で起こされたくないって、ゆーからさ」

 寮生の麗奈ちゃんは難しいにしても、栞ちゃんはもっと遊びに来てくれてもいいのになあ。もちろん詠ちゃんも大歓迎。

 でも天城邸でJKだらけの女子会が開催されたら、パパが困るか。

 ちなみに本日のパパはお仕事で音大へ。受験生が下見に来るって言ってた。

 車の運転手を務めるのは、眼鏡を掛けた女性の社員さん。

「おはようございます。とりあえず、早く乗ってもらえますか?」

「そっちの車庫に入ってもらっても、いいですよ?」

 わたしはパパの車がない空っぽの車庫を指差すも、運転手さんはかぶりを振る。

「ちょっと……無理です」

「へ?」

 よく見れば、車の前後には『初心者マーク』が貼ってあった。多分、VCプロへ入社してまだ間のない、新人の社員さんなんだろうね。

 後ろにはもう一台、車が続いてる。

「みんなー、楽器はこっちに乗せてくれるかい?」

「はーい!」

 栞ちゃんも一旦車を降り、楽器の搬入を手伝ってくれることに。

「栞ちゃん、詠ちゃんは応援に来てくれるの?」

「いいえ。今日はロボットアニメのイベントに行く、と」

「……女の子だよね?」

 栞ちゃんの妹は今日も平常運転みたいだね。

 ドラムを車に積み込みながら、律夏ちゃんがほくそ笑む。

「ほんとーは彼氏だったりして~」

「詠に? ……ハッ」

 栞ちゃんは冷ややかな嘲笑を浮かべ、鼻で笑った。

「共学に通ってるからって、詠にそんな甲斐性はありませんよ。仮にいたとしても、ゴリマッチョあたりが関の山でしょう」

「マッチョは当たりなんじゃない? 強そうだし、守ってくれそうじゃん」

「戦場で恋をするなら、一考の価値はありますが」

 詠ちゃんが聞いたら、怒るかも……。

 後ろの車に楽器を積み終えたら、三人で前の車へ乗り込む。

「よろしいですか? それじゃあ」

 ややあって車が動き出した。こうなったら、初心者マークを信じるほかない。

「おはようございます。えぇと、VCプロのかた……ですよね?」

「ご、ごめんなさい。運転中ですのでっ」

 緊張気味のドライバーさんに代わって、栞ちゃんが淡々と紹介してくれる。

「こちら、VCプロの月島聡子さんです。研修の一環で、しばらくANGEのマネージャーを担当することになったとか」

 プロのアーティストになった気分で、わたしは締まりのない笑みを浮かべた。

「えへへっ! マネージャーだって、律夏ちゃん」

「気が早いってば、響希チャン。あたしたち、まだ駆け出し以前の身だよ?」

「うっ」

 しかし現実は世知辛い。

 今日の送り迎えも『楽器を運ぶ必要がある』からで……VCプロとの契約も、今のところ『試用期間』という建前になってた。

 栞ちゃんがぼそっと呟く。

「売れなかったら、井上社長にハイヒールで足蹴にされるんですよ。恐ろしい……」

「井上さんはそんなことしませんっ」

 今後の活動も結局はお金次第だから、やっぱり世知辛い世の中だった。

 交差点で信号を待ちながら、月島さんが口を開く。

「でも駆け出し以前とはいえ、ちゃんとギャランティの出るお仕事ですので」

 うわあ……プレッシャーかも。

 本日のライブはVCプロからの正式な活動要請で、お給料も貰えるの。ライブハウスにお金を払ってステージを借りるのとは、根本的に違うんだ。

「それって、観に来てくれるお客さんから、お金を取るってこと?」

 頭の中の計算に自信が持てずにいると、またまた栞ちゃんが教えてくれる。

「ライブハウスで演奏する分には、基本的にギャラは発生しません。お客さんの入場料はライブハウスの興収になるんです。なので今日の報酬は、VCプロからの一時金、と考えるのが妥当でしょうか」

「まっ、VCプロへも多少は流れるだろーから、響希チャンの発想は間違ってないよ」

「ふぅん……」

 わかったような、わからないような……栞ちゃんに数学の問題を教えてもらった時と、多分、同じ顔になっちゃってた。

 月島さんがバックミラーに視線を投げる。

「急いで理解することはありませんよ。まずは今できることを、確実に」

「はい!」

 このマネージャーさんとは仲良くやっていけそう。

 途中でL女学院へ寄ると、ギターを背に麗奈ちゃんが駆け込んできた。

「楽器はあっちの車だよ。麗奈ちゃん」

「そうなの?」

 そして見送りには環ちゃんの姿も。

「頑張ってくださいね、速見坂先輩! わたしもあとで、すぐに行きますから」

「ええ。ごめんなさい、篠宮さんだけ置いていく形になって……」

 わたしは窓を開け、環ちゃんに声を掛けた。

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