第416話

 ぽつり、ぽつりと少しずつ環ちゃんの本音が零れ出てくる。

「ベ、別に『声優になりたい』ってほどじゃないのよ? ただ、その声を活かして声優になったら、とか、よく言われるから……ごにょごにょ」

「環ちゃんは声優になりたいんだね」

「だっだからぁ! 話を飛躍させないで!」

 頑として否定されちゃったものの、環ちゃんの言葉は『夢』に満ちてた。

「声優になりたいなんて……笑われるのがオチだし……」

 詠ちゃんが栞ちゃんみたいなフォローを入れる。

「ちょうど中三だもんねー。進路相談で『歌手』だの『声優』だの言ったら、センセーも黙ってないだろーし」

 わたしは『高校進学』って答えたんだったかなあ。

「中三の時、漫才師になるって言ってた男の子が、すごく怒られてたよ」

「う~ん……あたしは芸能界、経験済みだから、同じ目線には立てないなあ……」

 みんな、色んな夢を持ってる。

 だけど、それが叶うとは限らなかった。夢の中には声優のように、努力だけではどうにもならないものだって、あるでしょ?

 環ちゃんはソファーの上で膝を抱え込む。

「声優っていっても、事務所に所属するとか、わかんないし……専門学校なんかも考えてないの。わたし、高校もL女学院って決めてるもん」

「まあ、ご両親が許さないでしょうね……」

 独り立ちのためにギタリストを志してる麗奈ちゃんが、そっと環ちゃんを撫でた。

 律夏ちゃんは平然と言ってのける。

「専門学校はやめといたほうがいいよ。何の足しにもならないから」

「……そうなの?」

 わたしはきょとんとして、みんなと顔を見合わせた。

 詠ちゃんが踏ん反り返る。

「そりゃ、お姉……わたしみたいにインディーズで活動するほうが、経験にも実績にもなるからさあ。特にサブカル系の学校は、ヤバイって聞くよ?」

「それを言うなら、パパも音楽の専門学校で教えてるんだけど……」

「パパさんの場合は、音楽系の大学でしょ。音楽教師の免許を取りたいとか、えぇと……足が地についてるっていうの? 卒業後の進路も割と明確に見えてるじゃない」

 つまり『現実が見えてるか』って話だね。

 けど声優志望は『現実が見えてない』と一蹴される。だから、環ちゃんも胸を張れず、それ以上は語ろうとしなかった。居たたまれないのか、すっくと席を立つ。

「わたし、その、ドリンクのおかわり淹れてくるからっ」

 それを追って、麗奈ちゃんも立ちあがった。

「一緒に行きましょうか、篠宮さん。ついでに響希たちの分も」

「えっ? そんな、速見坂先輩の手を煩わせるわけには……わたしが」

「いいから。みんな、何がいい?」

「コーラぁ~!」

 ふたりは一旦席を外し、部屋の中はわたしと律夏ちゃん、詠ちゃんだけに。歌ったりはせず、三人で篠宮環ちゃんのことを相談する。

「いいね」

 と囁いたのは、律夏ちゃん。

「大した歌唱力だよ。特徴的な声してるし……栞チャンの曲を歌わせるなら、ほかにない逸材だろーね。響希チャンはどう思った?」

「うん……大体は律夏ちゃんと同じ」

 というより、律夏ちゃんのように上手な言葉にできないだけ、だったりして……。

 でもわたしとしては環ちゃんの歌唱力より、その選曲が気になった。なんたって、作曲したのがパパなんだもん。

「パパって、声優さんの歌も作ってたんだ……」

 詠ちゃんが小首を傾げる。

「響希っちのお父さん? ……え? 作曲家なの?」

「うん、長瀬宗太郎。わたしも最近まで知らなかったんだけど」

 そっか、詠ちゃんにはパパのこと話してなかったっけ。

 音楽家のパパを贔屓するつもりはないものの、さっきの一曲はほかの曲にはない、鮮烈な存在感を放ってた。表向きは邦楽のようで、重厚なオーケストラの気配を感じたの。

 ポップスを下に見てるんじゃなくって、つまり……ええと。

 言葉に迷ってると、詠ちゃんが先に口を開く。

「やっぱ一流の音楽家になると、引き出しがおっきいんだねー。世界中で音楽と名のつくものは全部、知ってるから、そこいらの連中とは格が違うってゆーの?」

「わかるよ、それ。実際にやらせてみたら、誰も文句言えませんでしたってやつ?」

「そーそー。で、みんなが一斉に土下座すんだよね」

 仮に『長瀬宗太郎』の名前がなくても、わたしたちはナナノナナの楽曲に魅了されたはずだった。

 でも、環ちゃんが歌わなかったら? わたしも律夏ちゃんも、この名曲と出会うことはなかった……かもしれない。

 栞ちゃんの悩みとも一致するよね。

 ボキャロ曲だから。アニソンだから。その余計な前置きが、みんなにステレオタイプじみた先入観を持たせてしまい、正当に評価されなくなるの。

 だからこそ、こんなにすごい曲があるんだぞって、みんなに伝えたかった。

 栞ちゃんの作った曲を、わたしたちで演奏して……環ちゃんが歌えば、きっと。

「誘ってみようよ、ANGEに」

 わたしの言葉に律夏ちゃんも頷く。

「了~解。もっと聴きたいし、色々歌ってもらおっか」

「まっ、わたしほどじゃないけどねー」

 詠ちゃんは冗談を交えつつ、ぽつりと零した。

「お姉ちゃんもほんとは、すっごい上手なんだけどさあ。歌うの」

「え?」

「だって昔は――」

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