第385話
栞ちゃんの曲はず~っと下のほうで、やっと出てくる。
「こんだけあったら、すぐ埋もれちゃうだろーしね。宣伝は苦手?」
「はい……噛みついてくるひともいるから、怖くて」
「そういう連中はとにかく『叩く』のが目的になってて、もう音楽は趣味じゃなくなってんだから、気にしないほうがいいよ」
律夏ちゃんは平然と流すものの、それも深刻な問題なんだよね。
またパパの言葉を思い出す。
『音楽に限った話じゃないよ。駆け出しの新人が下手なのは当たり前のことなのに、それを下手だ稚拙だと責めては、誰も入ってこなくなる。すると、どうなるかな?』
この答えは、業界が先細りするってこと。
実際に漫才の世界で、インターネットの黎明期にあったそうなの。
あの新人はだめ、この新人はだめ――と、ファンはハードルを上げきったうえで、駆け出しの新人を次々と切り捨てた。
それが行き過ぎて、翌年には漫才界への志望者が激減。
のみならず、善良なファンも離れていったんだよ。お気に入りの新人がいても、声を大にして応援できず、結果として新人は実力を証明できなくなる悪循環……。
『ファンのひとりひとりにだって責任はあるんだ。作り手と受け手が対等に尊重しあってこそ、どんな業界でも盛りあがるのさ』
残念ながら、パパのように健全に楽しめるひとばかりじゃなかった。ボキャロに至っては理不尽な差別もあって、すっかり門戸が狭くなってるの。
そのせいで、栞ちゃんは自分の趣味に負い目を感じちゃってる。
「わたしが作っても、今時のポップスにはならないんです。ですから、ライブで演奏する曲は、ほかのバンドにお借りするほうが……」
「ううん、やろうよ! 栞ちゃんの曲で」
栞ちゃんの懺悔じみた独白を遮り、わたしは声高らかに宣言した。
「アクセスが10人ちょっとで終わっていい曲じゃないよ。栞ちゃんだって、みんなに聴いて欲しくて、アップしてるんでしょ? だったら、ね!」
律夏ちゃんも勝気な調子で乗ってくる。
「あたしも賛成! ライブでこれ演奏したら、そこいらのバンドより面白くできるよ。響希チャンのキーボードをメインに再編集してさあ、それから……」
「ほかの曲も聴いてみようよ。二曲は欲しいし」
なんてふうにわたしと律夏ちゃんで白熱してると、栞ちゃんは困ったふうに呟いた。
「し、知りませんよ? 私の曲でライブだなんて……」
「それを言うなら『わたしのキーボードで』だよ。いっぱい練習しなくちゃ」
「やる気満々だねー、響希チャン。もちろんあたしもサポートするよ」
こうしてライブの曲は決定。
「じゃあ、今週のうちに編曲を済ませて、来週から放課後はライブハウスで練習?」
「それなんだけど……律夏ちゃん、栞ちゃん、よかったら――」
あとは三人で練習あるのみだね。
ゴールデンウィークの初日はまず、パパの車で律夏ちゃんの家まで。
あったんだよ、練習場所。それも目と鼻の先にね。
わたしのお家なら自由に使えるし、防音もばっちりでしょ。ピアノを脇へ寄せれば、律夏ちゃんのドラムだって難なく入るはず。
パパも快諾してくれた。
「それにしても、急にバンドを始めるなんて……何かあったのかい?」
「う、ううん? ライブハウスで観て、わたしもやってみようかなあって……」
助手席のわたしは顔を横に向けながら、ありきたりな理由をでっちあげる。
決して嘘じゃないんだけどね、それも。確かにわたしは律夏ちゃんの演奏を生で聴き、肌で感じて、一瞬のうちに『一目惚れ』しちゃったから。
だけど、わたしが来月ライブハウスで演奏するのは、麗奈ちゃんのため。麗奈ちゃんのことはパパも知ってるから、今回の事情は話すに話せなかった。
がっかりするよ、パパも……麗奈ちゃんがわたしを拒絶した、なんて知ったら。
目的地が近くなってきたあたりで、律夏ちゃんから電話が掛かってくる。
『公園あるでしょ? そこにいるから、拾ってー』
「わかったよ。パパ、もうちょっと先の公園で、律夏ちゃんが待ってるって」
間もなく律夏ちゃんが合流。
「初めまして~、響希チャンのパパさん」
「お待たせ。ええと……葛葉律夏ちゃん、だったね。それから」
ベースを背負ってるのは栞ちゃんだよ。栞ちゃんにとっては律夏ちゃんの家のほうが近いから、こっちで合流することになったの。
「今日はよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。ふたりとも、後ろへ乗ってくれるかな」
ここから先は律夏ちゃんに案内してもらうことに。
律夏ちゃんのお家では、玄関先にドラム一式が積んであった。その傍にいるのは、律夏ちゃんのお母さん……かな?
いの一番にパパが車を降り、おばさんにご挨拶。
「おはようございます。僕は響希の父でして、娘がいつもお世話になっております。律夏ちゃんのお姉さんでいらっしゃいますか?」
割と若作りなおばさんはパパの一言に舞いあがっちゃった。
「姉だなんて、お上手! 私は律夏の母親ですよぉー」
な、なんてベタな……。
JKのわたしたちは四十過ぎの色男に白い目を向ける。
「音楽の先生をしてらっしゃるんですってね。響希ちゃんのことは、よくうちの子から……じゃあ、あなたが響希ちゃん?」
「いえ、私は大羽栞です」
「あらやだ、ごめんなさい。そっちの子か」
パパの口説き文句はともかくとして。律夏ちゃんのお母さんは気さくで、とても優しそうだった。『お母さん』に馴染みのないわたしには、そう思えるの。
「律夏のこと、学校でもよろしくね。響希ちゃん」
「はいっ。任せてください」
「お母さん、挨拶はあとにして。さっさとドラム、車に乗せないとさあ」
いつまでも住宅街の真中で停車してられなかった。てきぱきとパパの車に律夏ちゃんのドラムを積んで、すぐに発進する。
「夕飯までには帰ってきなさいよ、律夏~!」
「はいはーい」
後ろの席から早速、厳しい意見が飛んできた。
「さっきのはダメでしょ、パパさん。娘の友達のお母さんに……」
「教師にあるまじき行為でしたね。初対面ですけど、見損ないました」
運転中のパパの横顔が苦くなる。
「た、他意はないよ? 本当に若々しいかただったからさ」
「どーだか。奥さんに言いつけますよぉ」
律夏ちゃんの言葉はほんの一瞬、わたしとパパを絶句させた。
「ハハハ。勘弁して欲しいなあ」
「ほんとに反省してるの? パパ」
律夏ちゃんと栞ちゃんにはまだ、お母さんのことは話してない。
わたしが幼い頃に死んじゃったってこと。
でも話そうにも、わたしは自分のお母さんのことを『ピアニストだった』くらいにしか知らなかった。
別に有名なピアニストだったわけじゃないよ?
ただ、お母さんが病気になってもピアノを弾き続けたことは、ちょっとだけ報道されたんだって。ドラマティックな『美談』として――。
そんなお母さんを誇らしく思う一方で、虚無感も込みあげてくる。
ピアノ一筋のお母さんは娘のわたしのこと、どう思ってたのかな……って。出産や育児の間はわたしのせいでピアノも弾けず、重荷に感じたりしたかもしれないでしょ?
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