第374話

 でも新入生は必ずしもそうじゃなかった。最初から吹奏楽部に入部するつもりの子は別として、大半のみんなは娯楽を求め、手頃なクラブを探してるだけだから。

「遊び感覚で入部したら、温度差があってギスギスしたりさあ。まっ、あたしが斜に構えてるのがいけないんだろーけど」

 律夏ちゃんの言うことはドライであれ、ありうる話だよ。

 口では『本気でやりたい』と言っても、実際に『本気でやれる』ひとは、そういない。わたしだって中学時代、そこまでバレーボールにのめり込めたとは思えなかった。

「律夏ちゃんは中学、なんかやってたの?」

 さっきの話は経験談にも聞こえたから、何気なしに尋ねてみる。

「あー。あたし……中学校には二日しか行ってないから」

「……え?」

「入学式と卒業式」

 突拍子もない告白にわたしは目を点にした。

 入学式と卒業式の二日だけ……それじゃあ、中学校は通ってないのも同じ。

「っと。ちゃんと入試はパスしたからね」

「あ……うん」

 どうして――とは聞けなかった。

 初対面のわたしが下手に踏み込めることじゃないもん。それに、律夏ちゃんとの関係が今日限りになってしまうかもしれないのも、怖かった。

「明日も来るよね? 学校」

「高校はちゃんと通うつもりだって。多分」

 律夏ちゃんの笑みが自嘲を含める。

 今のわたしと律夏ちゃんの関係は、まだ『一緒に遅刻しそうになった』だけ。わたしたちの間には大した義務もなければ、責任だってあるはずもなかった。

 その距離感が少し寂しい。

 それこそ初対面で押しつけがましい話かもしれないけどね。

「吹奏楽部はいいの? 響希チャン」

「ピアノがないから……」

「な~る。アコーディオンはまた違うもんねー」

 文科系のクラブはほかに美術部やゲーム研なんてのもあった。天文学部とか小難しいのはスルーしつつ、吹奏楽部とはまた別の、音楽系のクラブと邂逅を果たす。

「おっ! 軽音部かな」

「ブラスバンド部でぇ~す!」

 ブラスバンド部は体育館の傍に陣取っていた。

 ギターがふたりで、あとはベースとドラム。楽器のないひとはボーカルかな?

 部活の紹介ポップには『キーボード歓迎! ピアノ経験者もOK』と書いてあった。

 律夏ちゃんが首を傾げる。

「なんか変じゃない? ここの勧誘」

「……うん」

 よくよく考えてみれば、おかしいの。

 一般的に『バンド』はボーカル、ギター、ベース、ドラムで構成された。バンドによってはギターがふたりだったり、キーボードが入ったりする。

 だから目の前のブラスバンド部は、すでに必要なメンバーは揃ってるわけで。

 新入部員がドラムを叩きたくても、ドラムの担当はもういるし、同じくギターを弾こうにも、ギターの担当は決まってた。

 キーボードの担当が欲しいにしても、ほかに探し方があるはず。

「新歓だし、とりあえず出しとけって感じ?」

 律夏ちゃんの推測は十中八九、当たってた。さっきの吹奏楽部に比べて、こっちの勧誘は何とも投げやりなんだもん。

「楽器の体験できますよー。どうですか?」

 律夏ちゃんはブラスバンド部を一瞥して、ぼやく。

「キーボードの担当がいないのに、キーボードはあるんだね。安物っぽいけど」

「新歓用に持ってきたのかな?」

 とはいえ音楽系の部活だから、興味がないわけじゃなかった。

キーボードって選択肢もあるんだなあって……。一度も触ったことのない『鍵盤だけの楽器』が、わたしを強烈に惹きつける。

「あ、あのっ! ちょっとだけ弾いてみてもいいですか?」

「どうぞー」

 ピアノの一部を切り取ったような、わたしの目には奇妙な板切れ。電源がないと、この楽器は音を出すことさえできない。

 ピアノは座って弾くものだから、立って弾くのも違和感があった。

 そのせいか、指が震える。

 それでもわたしは深呼吸を挟んで、キーボードと向かいあった。鍵盤にありったけの指を添え、思いついたメロディーを奏でる。

 誰もが知ってる、スピリッツの代表曲だよ。

 ピアノほど綺麗な音色ではないものの、キーボードで音を出すことが新鮮で。いつしかわたしは前のめりになり、無意識のうちに全身でリズムを刻んでた。

 これがキーボードかあ……ちょっと面白いかも?

 ところが、不意にドラムの快音が割り込む。

 わたしは振り向き、目を丸くした。だって、律夏ちゃんがドラムの前でスティックをクロスに構え、スタンバイしてるんだもん。

「響希チャン、次は観音玲美子の『コードネームはアイツ』で。行ける?」

「うんっ! 弾いたことあるから、大丈夫だよ」

「オーケー」

 目配せひとつで伝わった。

 律夏ちゃんのスティックがカウントを取る。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 そしてドラムが暴れ出すと同時に、わたしのキーボードも鳴いた。

 律夏ちゃんのビートがわたしの鼓動を急き立てる。でも、わたしだって負けてないよ。ドラムに負けないくらい、鍵盤にメロディーを叩き込む。

 こっちはサビの出だしで間違えちゃったけど。

 律夏ちゃんは一心不乱にドラムを叩き、あっさりとわたしのキーボードを追い抜く。

「……ふうっ。どっちかが歌わないと、やっぱ締まんないね」

 演奏が途切れるように終わると、一拍の間を置き、大きな拍手が巻き起こった。

 ブラスバンド部の先輩たちは目の色を変え、特に律夏ちゃんのほうへ迫る。

「メチャクチャ上手いじゃない! どうっ? うちに入部しない?」

「あれ? あなた、どこかで……」

しかし律夏ちゃんはばつが悪そうに顔を背けると、わたしの手を掴んだ。

「あー、その……響希チャン、行こっか」

「えっ? り、律夏ちゃん?」

 口を挟む間もなしに、わたしも一緒にその場をあとにする。

正門を抜けたところで律夏ちゃんは手を離し、苦笑い。

「ごめん、ごめん。ブラスバンド部に入りたいんなら、悪いことしたよね」

「ううん、いいの。わたしも……入部する気はなかったから」

 ブラスバンド部が別段、新入生を求めてないらしいことは、肌で感じた。それよりも、わたしは律夏ちゃんのドラマーぶりに圧倒されてる。

 それに――麗奈ちゃんのギター以外で音を合わせたの、初めてだったから。

「もしかして律夏ちゃん、バンドやってるの?」

「ん……ちょっとね」

 律夏ちゃんは歩くペースを落としつつ、投げやりに白状した。

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