第371話

 その写真の数々に目を通し、里緒奈たちが憤慨する。

「Pクンっ! 何よ、これ?」

「バニーガールの格好まで……桃香さんが何でも言うこと聞いてくれるからって」

「見下げ果てたプロデューサーですね。そんなにセクハラがお好きですか」

 ものの数秒で、ぬいぐるみの『僕』は壁際まで追い詰められた。

「ま、待ってよ? これは本当にグラビア撮影の練習で……」

 SHINYのメンバーはさらに距離を詰めてくる。

「面白いこと言うのねぇ、Pくん」

「騙されるわけないでしょ! いい加減、白状したら? 桃香さんとはどんな関係?」

「最近ヨリを戻したわけでもなく、ずっと続いてたんですよね?」

 どうやら『僕』と桃香が恋仲にある、と勘違いしているようだった。

 幸いにして、今回は美玖が庇ってくれる。

「ハッキリさせておかない兄さんが悪いのよ。いっそ呼んで、確かめれば?」

「え? あ……そうか」

 里緒奈たちは首を傾げる中、『僕』は一旦廊下へ出た。

 人間の姿に戻って、適当に服を着る。

「どうしたの? Pクン、急に戻ったりして……」

「まあまあ。美玖、悪いけど、電話で桃香ちゃんを呼んでくれる?」

「その声じゃ誰かわからないものね」

 美玖が電話を掛けて、数分後、隣のマンションから桃香が駆けつけてきた。

「お邪魔しまぁす! お呼びですか、Pさん」

 満面の笑みを浮かべ――しかしリビングの面子を一瞥すると、残念そうに肩を落とす。

「Pさんはいないんですね。……あ、ごめんなさい。挨拶もしないで」

「いいわよ。桃香さんは兄さんにぞっこんだものね」

 しれっと答えるのは美玖だけで、里緒奈たちは呆気に取られていた。

 桃香が人間の『僕』を見つける。

「ところで……そちらの男の子は? 美玖さんに少し雰囲気が似てるみたいですけど」

「イトコなんです。SHINYのファンで、その……」

「そういうことでしたか。わかりました、誰にも言いませんので」

 これが真実だった。

 桃香は『僕』の正体が人間の男子だということを知らない。昨晩はかいがいしく『僕』の世話を焼いてくれたのも、プロデューサーを純粋に慕ってのこと。

 もしかしたら、大のぬいぐるみ好きなのかもしれない。

 だから間違いが起こるはずもなかった。

 恋姫が脱力する。

「そうだったんですか……」

 里緒奈や菜々留も肩透かしを食ったように呆れた。

「グラビアモデルとぬいぐるみ……なるほどね」

「ナナルたち、何を怒ってたのかしら」

 『僕』にしても、今さら彼女に正体を明かそうとは思っていない。桃香の手前、迂闊なことは喋るまいと口を噤んだ。

「ところで美玖ちゃん、急用って?」

「兄さんが呼んでくれって言ったのに、すぐ出て行っちゃって……ごめんなさい。戻ってきたら、また連絡させるから」

 これにて一件落着。ただ、里緒奈が桃香に素朴な質問を投げかける。

「あのぉー。桃香さんってPクンのこと、ぶっちゃけ、どう思ってるわけ?」

「え? えぇと……」

 桃香は頬を染め、うっとりと語り出した。

「女の子に優しくって、プロデュースの才能があって……何よりハンサムなところが、とお~っても大好きなんです」

「……エ?」

 美玖を含め、里緒奈たちはあんぐりと口を開く。

 桃香のノロケは止まらない。

「あの男らしい目つきも、逞しいモフモフも、Pさんの全部が好きなんです。モモがプロデューサーだったら絶対、アイドルにしちゃってます! なぁんて……うふふっ」

 もちろん『僕』は大満足だった。彼女の言うことはすべて正しい。

(わかってるのは桃香ちゃんだけだよ。うんうん!)

 人間の『僕』は別として、ぬいぐるみの『僕』は勇者似の美男子なのだから。

 温度差の激しい雰囲気の中、恋姫が淡々と質問を加える。

「じゃあ例えばの話ですけど。仮にP君が人間の男の子……だったら、どうですか?」

「え? 人間の……男の子だったら……」

 桃香はしばらく考え込むと、かあっと赤面した。両手で頬を押さえ、一流のグラビアモデルにしては締まらない笑みを浮かべる。

「自主規制しちゃいまぁーす!」

 プロデューサーの処刑が決まった。


                   ★


 グラビアモデルの桃香のCM撮影にて、カメラマンを務めた男がいた。

 ひとり暮らしの彼は夕食を調達しつつ、今日の仕事を思い返す。

「やっぱ桃香ちゃんは最高だったよなあ……ムッチムチでさ」

 大人気の彼女を撮影できると知った時は、感激した。しかもバニーガール、今日ほど自分を幸運に思ったことはない。

 また自分の仕事ぶりは、プロデューサーへの受けもよかったはず。

「この調子で桃香ちゃんと仲良くなれば……むふふ、プライベートで撮影会とか……」

 妄想するだけで鼻の下が伸びた。

 だが――彼はただならない気配に顔を強張らせる。

 あの恐ろしい都市伝説が脳裏をよぎった。アイドルに下心を抱いた輩を、問答無用で裁くという魔人の噂が。

「いやまさか……まさかな? ハハッ」

 それを一笑に付し、彼は早足でアパートへ駆け込んだ。

「風呂に入ったら、そうだな……桃香ちゃんの写真集でも眺めて……ん?」

 ところが部屋に入って、異様な殺気に気付く。

「待ちかねたぞ」

 まだ照明のスイッチを入れてもいないのに、部屋の中は赤々と照らされていた。さらには窓際にあるはずのベッドが、中央に移動している。

 その上で悠々と寝そべるのは、筋肉質の大男。 

「グラビアアイドルのバニー姿を撮影できるだけでも妬ましいのに、よもや下心を持って近づこうとはな……それは男の愛ではなく、獣の劣情と知れ」

 カメラマンは恐怖を覚えながらも、その闖入者を相手に吼えた。

「だ、誰だ? お前は! 勝手に入りやがって……」

「ほう……この俺を知らんとは。まあいい……何にせよ、俺は貴様に地獄を味わわせてやるだけだ」

 ゆらりと巨漢が立ちあがった。

 身長は180センチを超え、体重は110キロ。ヘビー級のレスラーと同格、もしくはそれ以上の巨躯が、ビキニパンツ一枚でカメラマンを圧倒する。

 おまけにビキニパンツから食み出すように生えている剛毛は――Hカップのバニーガールを鑑賞したあとでは、あまりに目に毒だった。

 カメラマンの男は顔面蒼白で首を振る。

「まっ待て! お……オレが何をしたってんだ? くっ、来るなあ!」

「グフフフッ! そう遠慮するな。俺の肉体美も好きに撮っていいんだぞ?」

 魔人は嗜虐の笑みを浮かべると、獲物の頭を鷲掴みにした。

「今夜のとっておきのオカズとやらは、この俺のギャランドゥで上書きしてくれよう。フフフ、食らうがいいッ!」

「やめ――」

 そして腹筋の半分を覆うギャランドゥを、その顔面に猛然と擦りつける。

「ギャランドゥ・エクスプロージョン!」

「く、臭いし痛ぃ……ぐおぉ? ぎゃあああああーっ!」

 巨漢の名はアラハムキ。

 気高きバーバリアン族の王子にして、真の勇者がここにいた。








ご愛読ありがとうございました。

さてさて次回より新展開、ガールズバンド編が始まります!

乞うご期待~。

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