第360話
その道中で『僕』はプリントメートの筐体を見掛けた。今日のデートの記念に――と思い、恋姫を誘う。
「プリメやっていこうよ、恋姫ちゃん」
「いいですけど……レンキ、操作できませんよ? いつも里緒奈任せで」
「大丈夫、僕が教えてあげるからさ。ほら空いてるうちに」
さすがに三回目となると、男子の『僕』でも大体の使い方は把握できていた。タッチ用のペンは恋姫に持たせ、ひとつずつレクチャーする。
「フレームは好きなやつで」
「えっと……こ、こうですか?」
自信のなさげな恋姫も、相手が『僕』ひとりなら焦る必要もなかった。
「せっかくだし、腕組んでるとこ取ろうか」
「だ、誰にも見せないでください? 約束ですよ?」
「わかってるってば」
ふたりで腕を組み、アップで顔を並べる。
出来上がったサンプルへの落書きは、小さなハートマークがひとつだけ。恋姫は湯気が立ちそうなくらい顔を赤らめ、おずおずと『僕』にシールの半分を差し出した。
「ど、どうぞ……はっ、張ったりしないでくださいよ? これ」
「シールは張るものなんだけど……」
「シールでも、です」
完全に『僕』のペースになってしまい、悔しそうにする意固地な表情が心にくい。
(可愛いなあ、恋姫ちゃんも。守ってあげたくなるってゆーか……)
その後もふたりでショッピングを満喫。
「っと……そういや僕、パジャマ持ってなかったんだっけ」
何気なしにぼやくと、恋姫が横目がちに詰ってきた。
「夜はどうしてるんですか? 女の子と一緒に住んでるのに、自分は着の身着のままで寝てるなんて、感心しませんよ?」
やけに具体的な彼女の言葉に、『僕』は目を点にする。
「いやいや、パジャマは要らないんだよ。ぬいぐるみなんだし」
「里緒奈たちの前ではそうですね。でもお部屋で会う時は、要るじゃないですか」
『僕』と恋姫の間で何かが食い違っていた。
彼女は今、就寝の際はなるべくパジャマを着るべきです――と言っているわけではないらしい。『僕』を男子としたうえで、パジャマデートを前提にしている。
「……え? 部屋に来るの?」
「ひ、飛躍させないでください! レンキはちょっと、可能性の話をしただけで……」
いよいよ安全圏(逃げ場)がなくなり、『僕』は心の中で悲鳴をあげた
(こ、こいつは部屋でも油断できないぞ?)
パジャマが欲しい、と口に出してしまったのが大失敗。
「さあ行きますよ。えぇと、パジャマは……」
(ひい~っ!)
破滅の時は近いのかもしれない。
やがて三時を過ぎ、デザートが恋しくなってきた。
「恋姫ちゃん、スイーツはどう?」
「いいですね」
大通りに屋台はあったものの、外はうるさいうえに座る場所もない。『僕』たちは手頃な喫茶店へ入り、窓際の席で落ち着く。
「本当にいいんですか? 今日はあれもこれも奢ってもらって……」
「恋姫ちゃんは気にしないで。もとはといえば、無断で世界制服の企画を進めてた、僕が悪いんだからさ」
『僕』がチョコパフェを注文すると、恋姫が噴きそうになった。
「ち、ちょっと……P君? その格好でパフェですか?」
「恋姫ちゃんもパフェにしなよ。食べたいでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……レンキはイチゴパフェをひとつ、お願いします」
ウェイトレスは笑みを堪えつつ、『お待ちください』と下がっていく。
しばらくして、ふたつのパフェが運ばれてきた。恋姫に代わって『僕』がパフェの写真を撮ると、また恋姫が愉快そうに微笑む。
「やってることが女子高生みたいですよ? P君。うふふっ」
「な、なんとなくだよ。そっちのも美味しそうだね」
「そんなに言うなら一口、交換しませんか?」
「そっちこそ女子高生そのものじゃないか。もちろん、いただくけど」
自分の分を食べる前に、『僕』たちは相手のパフェをスプーンで少し掠め取った。
「もぐもぐ……うーん、僕もイチゴにすればよかったかな」
「レンキがチョコパフェでも、同じこと言ってますよ」
「かもね。ありがと」
そして自分のパフェも味わいながら、アイドル活動の話題で盛りあがる。
「コンサートの衣装? 心配しないで、ちゃんと調整してもらってるよ」
「スカートを追加してくださいっていうお話です」
恋姫は手を休めると、まじまじと『僕』を見詰めた。
「あの……レンキたち、前にも会ったことありましたよね? 美玖の家で……」
「どうかなあ……」
『僕』のほうもスプーンを置き、腕組みのポーズで考え込む。
SHINYの結成以前、こちらの世界の実家では人間の姿でいるほうが多かった。遊びに来た恋姫が、その『僕』を見掛けた可能性はなくもない。
「あれが美玖のお兄さんなんだって思ってたら、美玖にぬいぐるみを紹介されて……誰だったんだろうって、気になってたんです」
「それ、僕だよ。廊下で挨拶くらいはしたかも」
恋姫は頬を染め、もじもじと指を編んだ。
「あの時のお兄さんがP君で、今はこうして一緒にいるのが……なんだか不思議で。P君はそんなふうに思いませんか? その……今朝の映画みたいな、こと……」
映画のラブシーン以外を思い出し、『僕』も顔を赤くする。
「運命……とか?」
「は、はい」
まるで恋人同士のような会話に胸が熱くなってきた。
恋姫が前のめりになって『僕』に念を押す。
「あのっ、P君! れ、レンキ、美玖とは仲良しですから!」
「し、知ってるよ? それがどうかした?」
「大事なことなんですっ! その、将来のために……ごにょごにょ」
何を言われているのか、わからなかった。それでも『僕』は恋姫の、今日はやけに赤くなったり慌てたりする有様に、こそばゆいものを感じる。
(恋姫ちゃんでもこんなカオするんだなあ……)
そのせいで警戒を忘れていた。
「あ、あの……P君? えぇと、今夜……なんですけど」
「うん?」
「デートの続き……プ、プールで待っててくれませんか? 昨日と同じように」
「あー、う……んんっ?」
数秒遅れでその意味するところを悟り、『僕』は愕然とした。この誘いに応じてはいけないと、生存本能が直感する。
「ちょっと待って? それはまずいっていうか……し、仕事が……」
仕事を理由に断るほかなかった。
すると、恋姫は心細そうに両手を胸元に寄せながら、つぶらな瞳を潤ませる。
「だめ……ですか?」
(~~~ッ!)
健気なまなざしに涙まで混じっては、もはや抵抗は不可能だった。仮にここで拒絶しようものなら、『僕』は女の子の気持ちをないがしろにする、最低のクズとなる。
「わ……わかったよ。会うだけなら」
「はい! 見つからないように来てくださいね、P君」
とはいえ、まさか恋姫までソーププレイとは言い出さないだろう。昨日のように背中を流してもらえば、十分ほどで済むはず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。