第338話

「撮影入りまーす!」

 プロデューサーの『僕』とともにスタッフも一丸となって、本日最後の撮影に臨んだ。現場の士気が高ければ高いほど、アイドルも本気になる。

「プールサイドで寝そべってみようか。それで、片足をあげて……」

「こうでしょ? Pクン」

 とりわけ里緒奈は順応が早かった。楽しいことは楽しむタイプのため、火が点きさえすれば、持ち前のセンスを最大限に発揮してくれる。

「菜々留ちゃん、ビーチボール持ってー」

「はぁーい! こう……かしら」

 菜々留も撮影を楽しんでいる様子だった。『僕』が逐一指示せずとも、里緒奈とビーチボールを投げ合ったりして、場面を華やかにしてくれる。

 恋姫もひとまず怒りを鎮め、SHINYの輪に加わった。

「撮るからには、ちゃんと撮ってください? P君」

 プロ意識の高さがほかのメンバーのみならず、スタッフ全員を引き締める。

「いいよ、みんな! 超輝いてる!」

 いつしか『僕』も興味本位ではなく真剣にシャッターを切っていた。

 しかしまだ足りないものがあった。残り三十分になったところで、異次元ボックスからボトル式の水鉄砲を取り出す。

 それに水を充填し、ぬいぐるみの手で構えると、里緒奈たちがたじろいだ。

「ね、ねえ……Pクン? もしかして……」

「スクール水着なんだよ? 濡れてこそ、じゃないか」

 プールサイドで追いかけっこが始まる。

「ちょっ、冷た? 自分でやるから、Pクン……聞いてるのぉ?」

「やん? 濡らすのは水着だけじゃ……ひゃあ!」

「どっどこ狙ってるんですか! こらあっ!」

 その数分後には水鉄砲を奪われ、『僕』のほうが追いまわされた。



 多少のトラブル(おもにプロデューサーとアイドルの間で)はあったものの、本日の撮影は終了。世界制服は順調な滑り出しとなった。

 『僕』たちはシャイニー号で寮へ帰り、休息を取る。

 レディーファーストのお風呂も、九時をまわった頃に『僕』の番が来た。

 浴室に入ってから変身を解き、人間の姿でのんびりと寛ぐ。

「ふう~っ」

 ぬいぐるみの姿でいるほうが気楽だが、難点もあった。現に入浴の際は手が短すぎて、身体を洗うに洗えない。

「クリーンの魔法を使うのもなあ……」

 魔力の消耗を避ける意味でも、一日に一回は人間の姿で休む。

 ただし人間の姿にも問題はあった。ぬいぐるみの時に抱いたムラムラが、実は蓄積されており、こちらの身体へ一気に押し寄せてくる。

 おかげで『僕』の自主規制。

 しかも女の子たちも浸かったばかりのお風呂だけに、変な気分になってくる。

「だ、だめだ! それより仕事のことを考えて……」

 お湯で顔を洗いつつ、『僕』は世界制服の進捗について思案を巡らせた。

 最初こそ社長にゴリ押しされてのイロモノ企画だったが、今日の撮影でスタッフの印象はひっくり返ったはず。

 ブログのほうでもファンから続々と応援が寄せられた。

 この企画は大成功する――と、今や関係者の誰もが思っている。

 それはSHINYのメンバーにとっても同じこと。セーラー服や体操着、特にスクール水着での撮影には消極的(一名は反抗的)だった態度が、この一日で柔らかくなった。

 やはり彼女たちもプロなのだろう。普段は普通の女の子でも、カメラやファンの前ではアイドルとして、綺麗な花を咲かせる。

 それを頼りに思う一方で、無理させているのでは、と心配にもなった。『僕』はぬいぐるみの身体ではできない腕組みを深め、頭を悩ませる。

「う~ん……」

 などと賢者の修行に打ち込んでいると、いきなり浴室のドアが開いた。

「Pクン、お風呂ぉ? 明日のアレなんだけ、ど……?」

「エッ?」

 パジャマの里緒奈はあんぐりと口を開け、大きな瞬きを繰り返す。

 そして。

「だっだだだ、誰なの? どっ、どこから入って――」

「待って、待って! 僕だってば!」

 大慌てで『僕』はいつものぬいぐるみに変身した。湯舟の囲いを踏み締め、50センチの背丈で仁王立ちになる。

「ほら、僕でしょ? SHINYのシャイPだよ、シャイP」

「……へ?」

 変質者がプロデューサーと入れ替わるのを見て、里緒奈はきょとんとした。

 もう一回証拠として、湯舟に浸かったうえで変身を解く。

「じ、実はこっちが本物の僕で……」

「Pクンって……お、男の子だったんだ……?」

 ひとまず最大の危機は逃れた。アイドル寮のお風呂に忍び込んだ変質者と騒がれては、命がいくつあっても足りなかったところ。

 しかし人間の男子だとバレてしまったのも、まずい。

 つまりS女の水泳部で女の子たちに指導しているのも、世界制服などという企画を考案したのも、男子のスケベ心が理由となってしまう。

 殺されるかもしれない。

「そ、それで……あの、このことなんだけど……えぇと……」

 そのはずが、里緒奈はにやっとやにさがった。

「ちょっと待ってて、Pクン。まだお風呂出ないでね? 絶対よ?」

「え――」

 『僕』の返事を待たずに扉を閉め、ぱたぱたと去っていく。

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