第319話
九州での第二コンサートも大盛況よ。
明日には四国に渡って、次のコンサートの準備に入る予定だった。
「うどん食べようよ、うどん!」
食いしん坊の結依が瞳をきらきらさせる。
「この暑いのに? 冷やし麺とか、ざるそばのほうがいいってば」
「じきに八月だものね。日焼けにも気をつけないと」
本日のステージは野外だったから、みんな、汗だくになってた。更衣室にて、わたしたちは衣装を脱ぎ、てのひらで少しでも風を送る。
冷房はあまり効かせてないようね。
「咲哉。こういう衣装って、普通に洗えるものなの?」
「大丈夫よ。いくつか注意点があるくらいかしら」
結依や奏もスポーツドリンクに口をつけ、一息ついた。NOAHのセンターはすでに今後のレッスンを意識してる。
「歌のほうは練習できるとして……問題はダンスだよね」
練習しようにも、場所がないのよ。
フルメンバーでダンスを踊るには、それなりの広さが必要でしょう? でも、そんなレッスン場は数が限られるもの。
仮にあったとしても、予約が入ってたりするわ。
聡子さんがツアーのルート上でいくつか押さえてはくれてるものの……。今日もまともなダンスレッスンは会場入りしてから、準備中のステージでやるしかなかった。
あれじゃ、スタッフさんにも迷惑だし……何か手が欲しいところね。
「リカはよく引継ぎが間に合ったわね。仕事もあるのに」
「そりゃー、本番に強いタイプだしぃ?」
「あなた、ちょくちょく間違えてたじゃないの」
リカの練習も足らず、わたしとリカのタッチがすれ違う場面もあった。
その点、センターの結依はしっかりしてる。わたし、リカ、奏、咲哉の挙動に目を配りつつ、ステージを盛りあげてくれるんだから、大したものよ。
結依が起爆剤となって、ファンも一斉に過熱する。
おかげで、リカの練習不足が悪目立ちすることがなければ、新メンバーの咲哉が浮くこともなかった。奏も結依には絶大な信頼を置いてるわ。
「リーダーの本命はやっぱり『DREAM』なんでしょ?」
「えへへっ。早くステージで歌いたいよ」
半脱ぎの恰好でお喋りしてると、聡子さんが様子を見にやってきた。
「お疲れ様でした、みなさん。……って、まだ着替えてなかったんですか?」
「ごめんなさーい!」
わたしたちは慌ててハンガーを手に取る。
やれやれと苦笑する聡子さんからは、嬉しいお報せも。
「予定通り、明日は一日、お休みとなりますので。出歩く際に多少の制限はついてしまいますが、ゆっくり羽根を伸ばしてくださいね」
「は~い!」
ずっと強行軍だっただけに、わたしもほっとした。
NOAHのメンバーのみならず、スタッフにも休息は必要だもの。わたしたちは未成年だからまだしも、大半のスタッフは毎晩、遅くまで仕事で走りまわってるのよ。
全国ツアーは一ヶ月にも及ぶ長丁場。使命感や根性だけで走り抜けられるものじゃないと、井上社長も言ってたかしら。
「アタシ、観たい新作があるんだけどー」
「散々撮ってきたんじゃないの? あんた。まったく……」
「そういうあなただって、明日はギターを弄り倒すんでしょう?」
「うふふ。わたしは夏物が見たいわ」
明日の相談をしてると、結依がケータイを見せびらかした。
「みんなでここに行ってみない? 高原だって!」
若草色と青空の壮大なコントラストが、わたしたちを魅了する。
「いーんじゃない? 街に出てファンに見つかっても、あれだしさあ」
「でも真夏よ? 暑いんじゃないかしら……」
「ホテルへ逃げ帰るまでが1セットね」
色んな意見が出る中、わたしと聡子さんは結依に釘を刺した。
「だだっ広いからって、ダンスの練習はなしよ? 結依」
「炎天下でそんな練習、許可できませんので」
「……ハイ」
この子もアイドル活動が最優先になってきたわね。
「では私のほうで予約を入れておきます。この時期なら多分、空いてるでしょう」
「ありがとうございまーす」
「ねえねえっ、夏樹にも声掛けない?」
たまには大自然に触れて、アイドル熱をクールダウンさせないと。
「バーベキューするってんなら行くけど。あ、ねえの?」
夏樹さんには断られちゃったものの、聡子さんと矢内さんの車を足にして、高原へ。
雄大な景色を前にして、わたしは思いっきり深呼吸。
「ん~っ!」
後ろのほうでは、奏が早くも死相を浮かべてた。
「あっづぅ……! 夏に来るもんじゃないわよ、こんなとこ」
「えー? 街中より全然、涼しいくらいだよー」
結依はけろっとしてる。
「待ちなさいっ!」
そんなわたしたちを呼び止めたのは、日傘の下のファッションモデルだった。
「日焼け止めを塗ってからにしてちょうだい! アイドルでしょうっ?」
「申し訳ございません……」
結依と同じく、リカもこの暑さには平然としてるわ。
「あっちに河があるんだって。行ってみない? 結依っ、奏も」
「うん! 水着も持ってくればよかったかなあ」
「ねえ、ちょっと? なんであたしが数に入ってんの?」
わたしもさほど暑さは気にならなかった。麦わら帽子のつばをなおしながら、写真で見る以上に瑞々しい、鮮やかな草原を眺める。
色が濃いようで、どこか淡くもある、パステルカラーみたいなグリーンが眩しい。真っ白な日光が溶け込んでるのかしら。
そして青。見上げると、透き通るような大空に圧倒された。
「蒼穹……ストラトス……」
これこそが、ママが蒼い海とともに歌ったもの。
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