第261話

 女の子ひとりでダンスゲームやってると目立つのか、いつものようにギャラリーが集まってくる。でも、やっぱり誰もアタシが玄武リカってことには気付かなかった。

『あの子、高校生かな?』

『お前、メアド聞いてこいよ』

 その中から出てくる挑戦者を、正々堂々と迎え撃つのが、アタシのスタイルなの。ひとりでやるより、このほうがスコアも伸びるんだよね。

 挑戦者の中には時々、女の子も混じってる。

「……あれ? あんた、確かさっきの」

 次に出てきたのは、ついさっき事務所で社長に紹介された新人だった。

「えーとほら、ミサキだっけ?」

「そっちは苗字です。結依でいいです」

 御前結依、ね。明松屋杏ほどじゃないにしても難読の名前だわ。

「結依、あたしと対戦しない? ゲームしにきたんでしょ」

「私が? じゃあ、ちょっとだけ」

 結依は鞄をカゴへ放り込むと、隣の筐体へ上がった。イントロのうちから身体でリズムを取りつつ、こっちと同時にスタートを切る。

「みねみーの新曲ですね。あたし、上手いかもしれませんよ」

「そうこなくっちゃ! とっ、とと!」

 結依の言うが早いか、矢印のサインがハイペースで流れだした。アタシも負けじとパネルを踏んで、出だしの遅れはものの数秒で挽回する。

 ところが――サビに入ると、結依がまわれ右っ?

 ゲームに背中を向けて、ギャラリーの声援に応えながら、ゲーム続行ぉ~?

「こーいうのもアリですよねっ!」

「うっそ! それでできちゃうわけ?」

 アタシも真似てやってみるものの、五秒と持たなかった。

 そのロスが響いて、結依に敗れる。でも悔しさなんか欠片もなかったわ。

「どうですか? 玄武さん。勝っちゃいましたよ」

「結依ってば、サイコー! もう一曲!」

 これがアタシと結依の出会い。

 そして杏とのおかしな三角関係の始まりでもある。


                  ☆


 学校では最近、RED・EYEの新曲が話題ね。

 うちは女子高だもん。周防志岐の熱愛が発覚した時も、荒れた、荒れた。これで霧崎タクトも実は婚約済みだってことがバレたら、どーなることやら。

「PVも超カッコいいよねー!」

「私はぶらり旅の透くんも好きだけどなあ」

 NOAHも全国ツアーに先駆けて今、PVを作ってるところなの。

「みさきち、リカちゃん、今日もこれからレッスン?」

「うん。夏まではこんな感じ」

「まったねー」

 アタシと結依は自転車で寮へ戻り、制服のまま、聡子さんの車でレッスン場へ。

 色違いのジャージにもすっかり馴染んじゃったわ。ピンクは結依、ブルーは杏、レッドは咲哉、パープルは奏、そしてオレンジがアタシね。

 楽曲とコーチの手拍子に合わせて、順番に振り付けをこなしていく。

「また遅れ気味になってるわよ、奏さん!」

「は、はいっ!」

 体力勝負だから、結依と咲哉は今日も平気な顔してた。奏も去年はバレエやってただけあって、いい動きしてる。

「ぜえっ、ぜえ……」

 それに引き換え、アタシと杏は最下位争いが恒例になっていた。

 あのお堅い杏さえ、潔く負けを認める。

「体育会系の企画はもう辞めましょうね、リカ……」

「同~感っ」

 先日も鉄棒で懸垂ができずにいるところを、全国に配信されたばかりだもの。勝てない勝負はしない、というアタシのモットーが杏にも理解してもらえて、嬉しーわー。

 けど、今日は珍しくコーチがアタシを褒めてくれた。

「リカさんも追いついてきた感はあるわよ。真面目に練習するようになったし……多分、仲間と一緒にいて伸びるタイプなんでしょうね」

「はあ……」

 今ひとつ実感がなくって、あたしは首を傾げる。

 みんなが頑張ってたら自分も頑張る、でもみんなが怠けてたら自分も怠ける、か。芸能学校でのことを思い出すと、割と当たってる気もした。

 杏が余計な一言で釘を刺す。

「才能はあるのよ、リカは。問題は怠け癖がそれを帳消しにしてること」

「言ってくれわね、もう。アタシは杏ほど運動不足じゃ……てっ?」

 反論するつもりが、コーチに頭を小突かれちゃったわ。

「杏さんの言う通りよ。あなたの欠点は『自分では努力できない』ことなの」

 とほほ、コーチまで……。

 努力と根性なんて、スポーツ漫画の話でしょ?

 休憩の間も、咲哉は真剣な顔つきで振り付けのファイルを読み込んでた。

「何か気になるとこでもあるの? 咲哉ちゃん」

「ええ。ここだけど、2カメより3カメで撮るほうがいいと思うのよ。それに合わせて、奏ちゃんは一歩右に寄って……」

 2カメは『2番カメラ』ってことよ。

 こういうテクニック、以前はアタシの専売特許だったけど、ファッションモデルの咲哉も精通してるのよね。今回はPVの撮影がメインだから、相性もいいみたい。

 奏や杏も集まり、振り付けのファイルを覗き込む。

「今いちピンとこないわね……本当にそれでよくなるの?」

「咲哉の言うことだもの。わたしや奏には見えないものが見えてるのよ」

 頼もしい戦力よ、九櫛咲哉は。

 結依は目を瞑り、PVの出来をイメージしてた。

「……うん。なら杏さんが前に出るタイミングも、合わせたほうがいいかも」

「それよ、結依ちゃん!」

 結依の案を聞いて、アタシも納得。

「あーそっか。それで、もっと3カメを引いて、全体を横から撮ろうってわけね」

「わたしも結依ちゃんに言われるまで、気付かなかったわ」

 杏と奏は『エ?』って表情で呆気に取られてる。

「映像のプロね……敵いそうにないわ」

「こっちは音楽のプロとして頑張りましょ」

 咲哉もアタシと同じ映像のプロ、かあ。アタシだけじゃないのね。

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