第260話

 小五、小六の頃は引っ張りだこで、めちゃくちゃ忙しかったわ。

 天才子役の玄武リカ、ってね。RENAってファッション雑誌の表紙を飾ったことも、あったかな? その号はお婆ちゃんが大事に持ってる。

 でも中一の後半あたりから、徐々にお仕事が減ってきた。 

 子役は十二歳でアガリを迎えるってやつよ。

 自分で言うのも何だけど、アタシの実力が足らなかったわけじゃないの。女優賞に輝いて、表彰されることもあったもん。

 ゆくゆくはドラマや映画で大活躍の女優になるぞって、みんなが太鼓判を押した。

 けど、この玄武リカの前には今、大きな壁が立ち塞がってる。

 ――子役は大成しない。

 そのジンクスはアタシにとって、もはや呪いだった。

 どんなに演技が上手くたって、場数を踏んでたって、スポンサーに『玄武リカは商品価値が切れた』と判断されたら、おしまいなの。

 アタシのあとを追うように、一時は『才能ある子ども』が持てはやされたけど、それも音沙汰がなくなったわ。

 いつだったか、天才バレエ少女がマスコミに追い詰められて、舞台の上で泣いちゃったことがあって。子どもは玩具じゃない、って風潮が強くなったせいもあるかな。

 中学校へは通う気になれず、今日も家で映画を観たりする。

 弟の創(はじめ)が稽古のあと、アタシに一瞥くれるのは毎度のこと。

「そんなに退屈してんなら、学校行けば? 姉さん」

「英会話スクールは通ってるでしょー? あれも学校、学校」

 弟が羨ましいわ。家元の跡取りだから、年齢でアガリを迎えるなんてこと、絶対にないんだもの。お子様なりに本人も、そのつもりで稽古に励んでた。

 あたしだって同じように期待されてたはずなのにね。

 学校に行けば、それなりに歓迎はされるのよ?

 でも、みんなに気を遣わせるのがね……。玄武リカは落ち目もいいところ、仕事がないから学校に行くわけでしょ?

 売れっ子なら、応援すれば済む話だけど。

 昔は売れてた(今は売れてない)芸能人なんて、アタシでも気を遣うわ。

 クラスメートからたまにお誘いのメールが来ても、『ありがと。でもやめとくね』がお決まりの返事になってた。

 中三になる頃には、遊ぶか映画か、どっちかだけの生活よ。素顔で出歩いても、誰も玄武リカだって気付かないから、気楽にもなった。

「姉さん、高校はどうすんの? 映像系の専門学校とか?」

「別にどこでも~」

 進学のこと、お父さんとお母さんは『好きにしなさい』って。

 お婆ちゃんとお妙さんは『英語はできるんだから、そっちの方面はどう?』なんてふうに言ってくれてる。でも、勉強するのはちょっとねー。

 なのに映画女優を目指してたのよ。女優こそ、色んなことを勉強しなくちゃいけないのにさ。その時は矛盾してることに自覚がなかった。

 結局、なんとなく映画やりたいって気持ちを捨てきれず、アタシは芸能学校へ。子役時代の実績と、マーベラスプロの後押しもあって、特待生での入学となった。

 で、学校ではどんな授業をするのかなーって、期待してたらさあ……。カメラの電源の入れ方を説明するだけで、一時間よ?

 いやいや、これのどこが『専門』なワケ? 説明書に載ってるんですけど。

 それ以上にヤバいのは、これが業界随一の指導だと思い込んでる、ほかの連中よ。

 専門学校の狙いはすぐに読めちゃったわ。心血を注いで指導するのは、ごく一部の生徒だけ。大多数の生徒は学費を納めてくれる『お客様』に過ぎないの。

 何人かは少しずつその事実に勘付いていく。これなら芸能事務所に飛び込んで、バイトでもいいから現場に立つほうが、正解だってね。

 でも気付いた時には、もう遅い。

 お客様は卒業まで無為な時間を過ごすしかないのよ。

 だから、もう僻みや妬みなんてのがすごくって。

『またあの子にだけオーディションの話だってさ。こっちにも生徒はいるのに』

『あいつ、落ちたんだってよ。ざまあみろって思わねえ?』

 入学から三ヶ月も経つ頃には、ギスギス感が蔓延した。

 みんな、夢を追っかけて入学したんじゃないの? なんで、同じ方向を向いてる仲間を馬鹿にするワケ?

 ……本当は芸能界が好きでも何でもないんでしょ。

 だったら、辞めちゃえばいいのに。

 そんなふうに、いつの間にかアタシも学校のみんなを馬鹿にしてた。

 自己矛盾ってやつにやっと気付く。女優を続けたい自分と、もう辞めたい自分がいて、心の中でせめぎあってるのよ。

 高一にもなれば、アタシだって、現実ってやつが見えてくる。

 このまま続けてたって、何にもならないわ。だけど本気になるには、とっくに気を逸してる。まったく、いつまで縋りついてんだか――。

「語学系の学校へ転入ぅ?」

 そんなアタシにお妙さんが勧めてくれた。

「旦那様ともお話したんですけどねぇ、お嬢様は英語が達者でいらっしゃいますから。お好きな映画には洋画も多くございますでしょう? そういった方面から、映画業界に関わるお仕事というのも……いえ、差し出がましいお話ですけども」

 アタシが映画女優を目指してることは、お妙さんも知ってる。そのうえで、アタシの意志を尊重しつつ、妥協案を提示してくれたワケ。

 ほんとはアタシが自分で考えなくちゃいけなかったこと。お妙さんが言うなら、まあ……くらいには前向きになって、ぼんやりと将来のことを考え始めた。

 でも、その頃にはマーベラスプロからVCプロへ移籍してて。井上社長から素っ頓狂な話を聞かされて、アタシは少々ご機嫌斜めだった。

「明松屋杏と組んでアイドルってねえ……」

 気晴らしのつもりでゲーセンへ。

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