第258話
杏じゃ心許ないから、RED・EYEの案内にはアタシが出張る。
「聡子ちゃんの働きぶりをちょいと見に来ただけなんだが……」
愛想のいい透さんとは対照的に、タクトさんは口数が少なかった。アタシたちのようなアイドルにはさして興味を示さず、お店の曲に耳を傾けるの。
「ナナノナナ様の『ヘヴンズゲート』か」
「……?」
おふたりには聡子さんたちの隣のテーブルで寛いでもらって、と。長らく居座ってた玲美子さんや旭さんが、RED・EYEと入れ替わるように席を立つ。
「さてと……お姉さんはそろそろお暇するわ。頑張ってね、結依ちゃん」
「僕も失礼するよ。霧崎くん、そのうちまた仕事で」
「ああ」
その後もアタシたちはメイドとして、ご主人様がたへのご奉仕に従事した。
「RED・EYEのお料理はわたしに持って行かせて。お礼も伝えておきたいの」
「オッケー」
咲哉は結依を伴い、タクトさん……じゃない、透さんのもとへ。透さんの番組に出演したのが、もうじき放送されるのよね。
アタシが出演してる映画も、来月には封切りかあ……。
騒がしいようで楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
やがてパティシェルの面々もマネージャーの綾乃さんを引っ張り、帰ってった。アイドルとマネージャーの立場が逆の気もするけど。
従業員のアタシたちは後片付け。お仕事はまだ終わらないの。
アタシと結依で手分けして、テーブルを拭いたりする。
「どうだった? リカちゃん。バイト体験」
「うーん……バイトってゆーより、コスプレ?」
お仕事体験のはずが、結局はいつもの着せ替え企画になっちゃったわね。でもメイドの結依を拝めたことだし、眼福、眼福。
奏や杏、咲哉も厨房のほうで片付けにまわってた。
「グラスはどこに戻すの? 奏」
「こっちよ。逆さまにして」
その様子もカメラが収録してる。
お掃除がてら、アタシは結依に呟いた。
「いいよね、こーいうの。同世代のみんなで遊んだりするのさあ」
「遊んでるんじゃなくって、お仕事だよ? 一応」
「わかってるってば。でもほんと、楽しいなって思ったの」
結依と一緒に通ってる、M女でもそうよ。アタシにはちゃんと居場所があって、夏樹や小春だけじゃない、クラスのみんながアタシを混ぜてくれる。
ほら子役時代はさ、周囲にいるのは大人ばっかりで、遊び相手にはなりえなかったじゃない? お仕事が忙しくて、学校のみんなとは疎遠になっちゃってたし。
中学生になる頃にはお仕事も減ったものの、学校のほうは気乗りしなかった。別にハブられてたわけじゃないけど、アタシ自身『今さら』って気持ちが強かったの。
それが今はアイドル活動に、高校生活よ? みんなでワイワイやる、その中に自分がいるってのが、すっごく嬉しかった。
あと、お仕事と学校は両立できるんだなって、ちょっぴり後悔してる。
子役時代のアタシには、聡子さんのようなひとが傍にいなかったのよ。アタシをタレントである以前に、ひとりの人間として公平に扱ってくれるひと、が。
みんな、アタシに『演技だけ』させようとした。
『もう一本、ドラマに出演して欲しいんだよ。学校はしばらくお休みしようね』
『リカちゃんにしかできない役なんだ』
芸能界で『今使える子ども』はアタシだけ。アタシがへそを曲げない限界までスケジュールを詰めて、ご機嫌を取って……それって、対等な関係じゃないでしょ。
同じ立場の仲間もいないから、誰にも孤独を理解してもらえない。――そもそも、これが『孤独』だってこと、子どものアタシにはわからなかったわ。
その結果、アタシは芸能界からも学校からも取り残されたの。中学時代は学校をサボって、ひとりでゲーセン行ったり、映画をレンタルするだけの日々……。
何度かお巡りさんに怒られて、ゲーセンは時間を選ぶようになったけどね。
『玄武リカ? ハハハ、冗談言っちゃいけないよ』
『最近は見掛けませんねー。あの子、まだ芸能界にいるんですか?』
子どもの頃とは顔立ちも変わって、玄武リカだってことは信じてもらえなかった。
ほんと、聡子さんや井上社長には感謝しないとね。おかげで毎日がとても充実してるんだもん。映画女優への道が拓けて、仲間がいて。
これからもずっと、こんな日が続けばいいのにって、思ってた。
「この調子で夏も頑張ろっ、結依」
「もっちろん! リカちゃんったら、急にどうしたの?」
アタシはNOAHでもっと大きくなる。そしてNOAHをもっと大きくする。
そのためなら、何だってできそうだわ。
片付けを終えた頃、メイド長の莉磨さんから招集が掛かった。
「お疲れ様でしたわ、みなさま。本当に一日限りなのがもったいないくらいで……メイド服もお似合いですし、わたくしと一緒にお嬢様のもとで働きませんこと?」
強引なお誘いに結依は口角を引き攣らせる。
「ファンのみんながNOAHを待ってくれてますから……あはは」
「あら、わたくしとしたことが、無理を申しあげてしまったようで……。でしたら、次回はアイドル活動の一環として、ぜひケイウォルス学園へいらしてくださいませ」
それでも莉磨さんは根気強くアプローチを掛けてきた。
聡子さんが見かねて、割って入ろうとする。
「麗河さん? メンバーも困ってますので、それくらいで――」
「お邪魔するわよ!」
そのタイミングで、思いもよらない人物がメイド喫茶に現れたの。莉磨さんが写真で見せてくれた、あのキラキラのお嬢様よ。
愛が煌くでアキラ、だっけ?
「こんなところにいたのねぇ、莉磨……」
「ヒッ?」
さっきまで貪欲な笑みを浮かべてた莉磨さんが、悲鳴を飲み込む。
「ち、違いますのよ? これもお嬢様のために……」
「どうせまた、くだらないこと考えてたんでしょう? いいから、ほら」
「話をお聞きくださいまし、お嬢様! 後生ですわ~!」
お嬢様は莉磨さんの首根っこを引っ掴むと、荷物みたいに引きずりつつ、一直線にお店を出ていった。アタシたちは一様にぽかんとする。
「な、なんだったのかな? 今の子」
「あの女の子が莉磨さんのご主人様だってことは、わかるけど」
そんな中、咲哉は平然ととんでもない事実を言ってのけた。
「男の娘よ? 今の」
「――エエッ?」
結依も奏も杏も目を引ん剝くほどに仰天。
もちろんアタシもね。
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