第252話

 そりゃまあ、薄々は勘付いてたわよ?

 咲哉と那奈のことだから、メイド喫茶で来るんじゃないかって。アタシたちは着替えを済ませ、ホールにて集合する。

「聡子さんも着ない?」

「勘弁してください……死にますよ? 私が」

 パティシェルの綾乃さん(二十五歳)だったら、大喜びで乗ってくれるのになあ。

 おぼこいマネージャーに結依と咲哉が畳みかける。

「霧崎さんとデートもしないで……」

「週末は平気でスッピンでいるのも、信じられないわ」

「な、なんで私を責める流れになってるんですか? 弄るのはあっちです!」

 苦し紛れに聡子さんが指差したのは、メイドの明松屋杏だった。

「うぅ……どうしてこんなことに」

 真っ赤になって、我が身をしかと抱いてんの。

 ステージ衣装も毎回、恥ずかしいだの言って抵抗すんのよ、杏は。もっとも、ステージ衣装のほうは咲哉のデザインだから、受け入れるしかないんだけどね。

 メイド服はフリルが満開で、給仕用とは思えないくらいゴテゴテしてた。

 スカートは丈が二種類あったものの、全員が長いほうを選択。それが残念だったらしい那奈は、聞こえよがしに溜息をつく。

「NOAHのみんなの絶対領域、楽しみにしてたんだけどなあ……」

 またも杏が火を噴いた。

「ああっ、あんなの短すぎるったら! 見えちゃうでしょ!」

「紫色のが?」

「あれは聡子さんのっ!」

「だから、こっちに飛び火やめてくださいってば」

 まあ今回ばかりはアタシも杏に同意かな。

 那奈によるとね、メイド服には『絶対領域』ってのがあって……ミニスカートとニーソの間で露出するフトモモのことを、そう呼ぶらしいわ。当然、その絶対領域を作り出すには、スカートの丈を限界まで詰めなくちゃいけないわけで。

「奏は着ればよかったのに……。実家に持って帰って、お兄ちゃんにさあ」

「あんたが弟に見せてあげなさいよ」

 撮影スタッフには男性もいることだし、メンバー全員で今回は却下としたの。

 可憐なメイドとなった結依が、アタシを癒してくれる。

「ちょっと練習してみよっか。いらっしゃいませー、えぇと……ご主人様?」

 ぞくっとした。

「ゆ、結依? 女の子には『お嬢様』って……」

「ストップ、ストップ!」

 メイドの結依ともっと――と思いきや、杏が焦って割り込む。

「こんな恰好の結依を男の子に見せるわけには……わ、わたしだって無理よ? 見ず知らずの相手に『ご主人様』だなんてっ」

「ファンには聞かせられない台詞ね……」

 メイド仲間の奏は呆れてた。さらに杏はまくし立てる。

「大体、大騒ぎになるわよ? ここでNOAHがメイドさんしてるって、すぐにも拡散されて……でしょう? 聡子さん」

 けど、うちのマネージャーは今さらのように動じなかった。

「こちらのお店、今日は定休日なんです。これから来るお客さんも業界のかただけですので、安心してください」

「え……」

 外堀は埋められてるのよ、とっくに。

「一般のお客さん相手にゲリラ企画なんて危ないこと、しないってば」

 本日のお客さんは夕方以降にご来店とのこと。平日だから、アタシもさっきまで結依と学校にいたしね。

 奏が那奈にしっかりと念を押す。

「とにかく、これであんたの賭け分はチャラよ? 那奈」

「憶えてたのかあ~、残念」

 先日のゲーム対決は『勝ったペアが何でも命令できる』というオマケがあって、咲哉&那奈ペアの勝利だったの。で、この子の命令がコスプレってワケ。

「いいよぉ、それで。今日のでコスプレに目覚めてくれるかもしれないしぃ? 三人が目覚めたら、多数決でまたやってくれるよね」

「残りふたりの事情も考えてあげてちょうだい……」

 杏の顔色は敗色が濃厚すぎる。残るとしたら杏と、あとは奏かな。

「パティシェルのコスプレも多数決でやってるように聞こえるんだけど?」

「まっさかー。パティシェルのトリオは一心同体だよ。んふふ」

 ニ対一でいつも追い詰められてんの、春日部輝喜と尾白小恋のどっちだろ……。

 咲哉がせっせとみんなのリボンを調えていく。

「機能性を度外視したデザインだから、お仕事には少し動きづらいかもしれないわね。結依ちゃん、どう?」

「大丈夫。これなら問題ないよ」

 全員がメイド服にてきぱき着替えられたのも、咲哉のおかげよ。さすが一流のファッションモデル、未知のメイド服も簡単に合わせてくれたわ。

 アタシも危うくヘッドドレスを前後逆につけるとこだったもん。

 こうしてNOAHのメンバーは麗しのメイドへ大変身。聡子さんがカメラを構え、アタシたちのご奉仕スタイルにシャッターを切る。

「今回の企画は反応が期待できそうですね。あっ、奏さん! 目線をこっちへ」

「わ、わかってるってば……」

 奏は腕組みのポーズでそっぽを向くも、横目がちにちらっと視線を……自覚なしにあざといのよねー、こいつ。

「杏さんもピースしてください」

「何枚撮るのよぉ~」

 アタシはケータイを手に取り、カメラをほかの誰でもない、メイドの杏に向けた。

「ちょっと、リカ? 仕事中はケータイ、仕舞っておきなさいったら」

「まだ始まってないじゃん。それより杏、一枚撮らせて」

 杏はきょとんとする。

「え? わ、わたしを?」

「この杏を見せればさあ、弟が何でも言うこと聞くかなーって」

 次の瞬間には、杏の顔が赤々と染まった。

「冗談言わないでっ! なら、あなたのワンショットも提供しなさい? わたしだって、リカの写真で、弟に言うこと聞かせてやるんだから」

 どういうわけか、アタシの弟は明松屋杏に、でもって杏の弟は玄武リカの大ファンなのよ。こないだ実家に帰ったら、杏のB2ポスターが張ってあって……。

 自分の部屋に張ればって言ったら、『違うの張ってる』って。

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