第251話

 でも一番気掛かりなのは、リカだったりする。

「リカが出演の映画も、じきに公開ね。肩の荷が降りる気がするわ」

「なんで杏がそんなに気を揉んでんのよ」

 玄武リカはNOAHのメンバーの中で、もっともキャリアがあるわよ? 子役時代には色んなドラマに出演してるし、CMやイベントの実績も多い。センターの結依もリカのことはベテランとして頼りにしてる。

 ただ……あいつ、どことなく一歩引いちゃってるのよね、NOAHのメンバーに。

 映画の出演にしても、オーディションに合格するまで誰にも話さなかった。あとで聡子さんに聞いたんだけど、鳳蓮華には仕事のことで相談してたそうじゃない?

 プライドが高いっていうのかしら。……いや、それはあたしか。

 リカの場合は多分、仲間との関係作りに不慣れなのよ。子役時代の経験か、年上には甘え上手なんだろうけど、同世代のあたしたちにはね。

 杏が思わせぶりに吐露する。

「ほらリカって、掴みどころがないから……顔色が読めないでしょう?」

 NOAHの結成当初から一緒なだけあって、リカのこと、よく見てるじゃないの。

「その点、杏は正直よね。なんでもかんでも顔に出るもの」

「どういう意味よ? あなただってねえ」

 でも不思議だわ。あたしも杏も、以前は自分のことで精一杯だったのに。メンバーを心配できるくらいには、心にゆとりがあるんだもん。



 NOAHの企画なのに、マーベラス所属のパティシェルが平然と絡んでくる……。

 そして、それを当然のように受け入れるのがVCプロ。

 マーベラスプロとVCプロの関係って、ほんと感心しちゃうわ。VCプロにとってマーベラスプロの資金力は頼もしいし、マーベラスプロにとってVCプロの身軽さも同じ。

 まっ、実際はマーベラスプロの社長がおおらかで、あっちの綾乃さんも暴走気味で、こっちの井上社長が帳尻を合わせてるんでしょーけど。

 おかげで百武那奈の厚意(悪意?)を受け、アタシたちの企画は早くも前進。

 本日はバイト体験として、実際にお仕事してみることになったワケ。昨日の今日でトントン拍子に本番だなんてねー。

 とりあえず結依が言ってた、肉体労働の線はなし……よね? そんなの、アタシと杏は次の日から湿布まみれで動けなくなるってば。

 百武那奈が噛んでるから、やっぱりコスプレ企画?

 これで着ぐるみバイトだったら、杏と一緒に逃げよっかなあ……。

 聡子さんの車で現地へ行くと、パティシェルの那奈が笑顔で迎えてくれる。

「こっちだよー、咲哉ちゃん」

「那奈ちゃん! 今日はありがとう」

 咲哉も嬉しそうね。ファッションとコスプレで、通ずるとこがあるってやつ?

 春日部輝喜と尾白小恋の姿は見えない。

「こんな繁華街の真中で、アタシたちに何させようっての?」

「それは来てからのお楽しみっ」 

 那奈の案内に従い、アタシたちは一軒の喫茶店を訪れた。

 玄関先のガーデニングが凝ってるわねー。緑のアーチをくぐり、ドアを開くと、古風な鐘がお客様のご来店を告げるの。

 喫茶店ってより、レストランかしら? ホールは思ったより広かった。

 安心したように杏が胸を撫でおろす。

「いい雰囲気のお店ね」

 ほのかにコーヒーの香りがした。曲は聴き慣れないのが流れてる。

「奏ちゃん、この曲知ってる?」

「ちょっとわからないわね……。なんかの主題歌?」

「声優のナナノナナだよー。ナナと同じ名前の」

 カウンターの向こうから、この喫茶店の店長らしい奥さんが出てきた。

「いらっしゃい、那奈ちゃん。NOAHのみなさんも初めまして」

「本日はよろしくお願いしまぁーす!」

 結依を先頭にして、アタシたちは頭を下げる。

 ここで那奈が種明かし。

「ナナのお爺ちゃんがね、カフェやってるの。その繋がりで、このお店を紹介してもらったんだー。ほかのタレントさんもよく使ってるんだよ」

 アイドル御用達の喫茶店ってことね。カウンターの上にはサイン色紙が飾られてた。それを見上げながら、結依が呟く。

「ナナノナナに……どれも声優さんの?」

「そうね。昔、観音玲美子さんにもいただいたわ」

 ほんとだ、玲美子さんのサインもあった。

 玲美子さんはテレビゲームの声優でデビューしたのよ。当時は『上手すぎる』とか『超のつく大型新人』って、結構な話題になったらしいわ。

 例の事件がなかったら、玲美子さんは今も声優を続けてたんでしょうね。

 だけど、あの事件がなかったら、観音玲美子というアイドルも生まれなかった。そう考えると、釈然としないものがある。

「結依も書いてあげたら?」

「えぇ? 私のよりリカちゃんか、杏さんのほうがよくない?」

「あとで全員で書けばいいじゃないの。寄せ書きみたいに」

 杏もわかってきたじゃん。

 店長の奥さんは控えめに微笑むと、奥から従業員を呼び出した。

「今日はプロで活躍中のベテランに来ていただいてるのよ。私は仕込みがあるから、お仕事のことは彼女に聞いてちょうだいね。莉磨さーん」

「はーい! ただいま参りますわ、店長」

 その風貌を前にして、アタシたちは目を点にする。

「ごきげんよう、NOAHのみなさま。わたくし、麗河莉磨(うららかりま)と申しますの。どうぞ、お見知りおきを」

 メイドさんはスカートを少し持ちあげ、絵に描いたような会釈を披露した。

 えっと……プロで活躍中ってことは、本物のメイド?

 百武那奈が楽しそうに微笑む。

「女の子がバイトするなら、もちろんメイド喫茶でしょ? ねー!」

「うふふっ。ねー」

 咲哉が那奈と電話で相談してたのって、これかあ。

 アタシのバイト体験企画は、こいつらの趣味に乗っ取られたワケ。

「給仕服もご用意しておりますので。どーぞ、どーぞ」

 メイドの莉磨さんは柔らかい物腰ではあるものの、強引にアタシたちを更衣室のほうへ招き入れた。店長さんには聡子さんが改めて挨拶してる。

 杏は安堵の色を浮かべた。

「何の仕事かと思えば、喫茶店のウェイトレスね」

 アタシと奏は溜息を重ね合わせる。

「安心するのは早いってば、杏。あとウェイトレスじゃなくって、メ・イ・ド」

「それを着るのよ? あたしたち。覚悟はできてんの?」

「……え?」

 まだ状況を理解できてない杏の横で、結依が一張羅のメイド服を広げた。

「これを着るんだ? すっご~い」

「わたしにも見せてっ、結依ちゃん!」

 それを咲哉が興味津々に手に取り、吟味する。

「パフスリーブなんて初めてよ。ドレスをデザインしたことはあるけど……」

「でしょ? 咲哉ちゃんには楽しんでもらえると思ったの」

 那奈も加わって、きゃいきゃいと。

「タイツで引き締めてもよさそうね。色は黒……ううん、白で清楚さをアピール?」

「ニーソって選択肢も忘れないでね」

 アタシと奏は半ば諦めつつ、放心してる杏の肩を叩いた。

「さっ、着替えよっか」

「わかってる? お帰りなさいませーって言うのよ」

「……いや、ちょっと……待って? ねえ?」

 新米メイドの悲鳴があがる。

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