第226話

 それに加え、仲間の位置や視線が不思議と把握できちゃった。

 この感覚はどこかで――ふと、後ろのほうでリカちゃんの甲高い声がする。

「あっ、あなた? 確か妹尾なんとか……」

「美・香・留、です!」

 一年の美香留ちゃんも私の応援に来てくれたみたい。

 ふたりは火花を散らしつつ、それでも隣あって声を張りあげた。

「結依~っ! 次はゴール決めてよね、ゴール!」

「頑張ってくださぁーい! ファイトですぅ!」

 チームメイトがみんなして私を冷やかす。

「よかったじゃん、結依。恋人候補がどっちも来てくれて」

「へ、変な言い方しないでってば」

 美香留ちゃんが私に交際を申し込んだ件は、周知の事実となってた。だって告白されたの、お昼休みの廊下だったんだもん。

 気を引き締めなおして、ゲームは続行。

 仲間のパスワークが功を奏し、私に得点のチャンスが巡ってくる。

「ええいっ!」

 跳躍をバネにして、ボールが放物線を描いた。

 それがゴールのネットを揺らすや、歓声が巻き起こる。

「きゃあああ~っ!」

 いつの間にやらリカちゃんと美香留ちゃんは手を取りあって、大喜びしてた。

「……ハッ? ちょっと、なんでアタシと手なんか繋いでるワケ?」

「こ、こっちの台詞ですっ。でもあんなカッコいい結依センパイ見たら、誰だって……」

 対戦相手の三年チームは頭を抱え込む。

「去年のうちに無理にでも勧誘しとけば……あ~!」

「アイドルじゃなかったら、今からでも拉致してるところよね」

 ら、拉致はちょっと……。

 やがてバスケットボールの試合も一段落して、お昼休みに入った。ランチのつもりで教室へ戻ると、一年生の美香留ちゃんが乗り込んでくる。

「結依センパイ! 今日は結依センパイのためにお弁当、作ってきたんですよ」

「えっ、ほんとに?」

 でも私の手には、もう聡子さん手製のお弁当があった。

 リカちゃんも同じの持って、美香留ちゃんを追い返そうとする。

「こっちはお弁当があるからぁー。悪いけど、今日は遠慮してくんない? 大体、ファンとして垣根は超えないって約束だったでしょ」

「こっ、これは球技大会の応援だから、いいんです」

 真中の私はたじたじに。杏さんとリカちゃんの喧嘩を仲裁してたの、思い出してた。

「ふたりとも、せっかくのランチタイムなんだし……ええと」

「そんじゃ、こっちは私が食ってやるよ」

 そう言って私のお弁当を掠め取ったのは、夏樹ちゃん。

「いやー、体操服忘れて取りに帰ったりしてたら、昼飯買うの忘れてさあ」

「私たちは席を外しますので。瀬能さん、ごゆっくり」

 小春ちゃんも美香留ちゃんにために自分の席を空けると、夏樹ちゃんとともにほかのグループに混じっていった。一年生の美香留ちゃんに気を遣ってくれたんだね。

「美香留ちゃんも一緒に食べよ。ねっ」

「ハイ! 今朝は早起きして、頑張っちゃったんですから」

 リカちゃんの訝しげな視線を尻目に、美香留ちゃんが席につく。

 ところが出てきたのは豪勢な重箱で……私もリカちゃんも目を点にした。重箱の中にはもちろん、選り取り見取りのおかずがぎっしり。

「たくさん食べてくださいね、結依センパイ。エヘヘ」

「あ、ありがと……」

 愛が重いよぅ(胃袋の意味でも)。

「ちょっと多いから、リカちゃんに分けてあげてもいいかな?」

「え~? 全部、結依センパイに食べて欲しいのに」

「アイドルにどんだけ食べさせるつもりよ」

 ちなみに空腹時にドカ食いすると、血糖値が急上昇して、脂肪にも余計なエネルギーが行っちゃうんだって。ダイエットに造詣が深い咲哉ちゃんが教えてくれた。

 まあ私は午後もバスケでカロリー消費するから、いっか。

 美香留ちゃんは両手を頬に添え、うっとりと陶酔。

「午前中の試合、さすが結依センパイでした! うちのクラスのソフトボールが一回戦で負けてれば、もっと早く応援に来られたんですけど……」

「ちゃ、ちゃんと頑張ろうね?」

 こんなに押しの強い後輩だったかなあ?

 リカちゃんが首を傾げる。

「結依と同じで、あなたも経験者なんでしょ? なんでバスケにしなかったの?」

 美香留ちゃんは急に声を落とした。

「それが……結依センパイのクラスと当たったら、手を抜くからって」

「あ、あはは……上手なのに残念だったね」

 美香留ちゃんの『御前結依ラブ』は一年生の間でも有名みたい。

「バスケ部には入らないの?」

「結依センパイがいないと意味ないです」

 バスケ部のことはさらっと流されちゃった。

 美香留ちゃんがお箸で卵焼きを摘む。

「はい、結依センパイ。あ~んしてださ……あっ?」

 それを横から、リカちゃんが一口でぱくっと。

「もぐもぐ……ふーん。ちゃんと美味しくできてるじゃない」

「なんてことするんですかぁ! 玄武先輩に作ってきたんじゃないんですよ?」

「たくさんあるんだから、ね?」

 それでも重箱の攻略は一筋縄じゃ行きそうになかった。そのうち夏樹ちゃんが、お弁当ひとつじゃ足りなくって、来てくれるのを信じるほかない。

 美香留ちゃん、次からは量も考えてね……。

「それにしても結依センパイ、ほんとにバスケやってなかったんですか? シュートもドリブルも現役時代より磨きが掛かってた気がするんですけど」

「そぉかな?」

 確かに急あつらえのチームにもかかわらず、思った以上に活躍できた。視界の外にあったチームメンバーの動きも、全部『見えてた』気がするの。

 そう――ステージの上でメンバーやカメラを自ずと感覚するように。

 私もアイドルとして成長してるんなら、嬉しいな。

 リカちゃんは残念そうにぼやく。

「あーあ。アタシもバスケできたら、結依と一緒にやったのになー」

「相手のチームも全員が経験者ってわけでもないんだし、混ざってよかったんだよ?」

「カッコ悪いとこは見せたくないのっ」

 バレーボールのほうはどうだったか、聞かないでおこう……。

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