第218話
無事にミュージックプラネットの収録を終え、あたしたちは寮へ。
結依のことは咲哉に任せておいて、あたしは電話で井上社長に経緯を説明する。
『なかなか際どかったようね、奏。聡子はまた現場へ?』
「はい。あたしも一緒に行きたかったんですけど、未成年ですから時間のほうが……」
『気にしないで。そんな理由でもないと、帰るに帰れないでしょうから』
事後の報告とはいえ、さすがの社長も肝が冷えたようね。
『明日の仕事は悪いけど、奏、結依の代打で出てもらえるかしら』
「了解です。はい……それじゃ失礼します」
電話を終え、ほっと息をつく。
その間もキャリア組のふたりは膝を抱え、例の位置で蹲ってた。反省の意味も込めて、膝抱え隊になってんのよ。
「いい加減に起きなさいってば。結依も熱が出ただけで、大したことなかったんだし」
杏もリカもうなだれ、視線を落とす。
「だって……ずっと一緒にいるのに、結依の体調に気付きもしないで……」
「アタシもよ。奏がいなかったら、何も知らずに……」
「あたしだって勘付いたのは十分前でしょ」
励まそうにも言葉が見つからず、あたしはくしゃっと前髪をかき混ぜた。
ほんっと、うちのセンターったら馬鹿よね。どうも思い込みの激しいところがあるっていうの? 頑固なところはあたしや杏によく似てる。
それでいて、普段はリカみたいにお気楽な面もあるから。
この手のタイプに隠し事されると、こっちは気付きようがないのよ。
やがて咲哉が一階へ降りてくる。
杏がはっと顔をあげた。
「結依はっ?」
「心配ないわよ、杏ちゃん。ぐっすり眠ってるわ」
「そう……よかったぁ」
リカもやっと安心したように胸を撫でおろす。
あたしは部屋から持ってきたノートパソコンで、芸能ニュースの速報を洗ってみた。
「今夜の話題は咲哉のことで持ちきりよ? 大成功みたいね」
杏やリカも立ちあがり、咲哉とともにあたしの後ろへまわり込む。
「九櫛咲哉、二年ぶりの復活……ですって」
「躍動的なダンスでファンを魅了? 見出しも考えるわね」
当事者の咲哉は暢気な照れ笑いを浮かべた。
「今だけのことよ。じきに収まるわ」
「次はラジオで近況の報告ね。あんたは当面、忙しくなりそうじゃないの」
今日のステージ衣装にしたって、デザインは咲哉によるもの。社長はNOAHにアイドル活動を自給自足させようってんのかしら。
生真面目な杏が多忙な日々を顧みる。
「とにかく今は結依の回復が第一よ。わたしたちも自己管理を見なおしましょう。メンバーが順番に倒れるなんて惨事は、絶対に御免だもの」
「異議な~し。明日は我が身ってやつよね」
あの能天気なリカさえ反省するほど、今日の件は全員が堪えてた。
あたしだって、みんなと一緒に生活してなかったら、今頃は夜型になってたはずよ。今日の結依と同じ事態を引き起こしてたかもしれないってわけ。
咲哉が不安を口にする。
「結依ちゃんが責任を感じたりしないといいんだけど……」
「うーん……ありそうね、それ」
リカや杏は結依の脆い部分も見てるらしいわ。
あたしたちが結依に『気にしないで』とフォローを入れても、かえって逆効果かもね。悔しいけど、聡子さんや社長を頼りにするほかないって気もした。
「……あ、そっか」
ところが、そこで名案が閃く。
「奏? 何がどーして『そっか』なの?」
「結依を元気づける方法。とっておきのを思いついたわ」
我ながら頭の回転の速さに惚れ惚れとした。
どんな手を使っても、センターには元気になってもらわないと、ね!
☆
昨夜はお仕事なのに体調を崩して、みんなに迷惑を掛けちゃって。
NOAHのセンターこと御前結依――私は朝からずっとベッドの中にいた。
「はあ……」
溜息も何回目なんだか。昨日の大失敗が私を際限なしに苛む。
お医者さんの話によれば、風邪でもなくって、単に熱が出ただけ。『疲れてるんでしょうね』の一言で済まされちゃった。
お昼を少し過ぎた頃になって、聡子さんが帰ってくる。
「具合はどうですか? 結依さん。すぐにお昼ご飯を用意しますから」
「うぅ……すみません」
こんなに申し訳ない気持ちになるなんて、いつ以来かな。中学時代、バスケの試合でポカをやらかしたのなんて、比較にならないよ。
「あんまり自分を責めないでくださいね。今回の件は私の監督不足でもあるんです」
「で、でも……急に熱出したりなんかしちゃって、私……」
悔しくって、情けなくって、私はお布団に頭を隠す。
聡子さんがベッドに腰掛け、そんな私に慰めの言葉を掛けてくれた。
「体調を崩すのなんて、普通の人間には当たり前のことですよ。むしろ、病気なんかしたことないってひとのほうが、私は信用できません」
熱を出した自分が悪い――そう思ってた私は、布団から半分だけ顔を出す。
「……そうなんですか?」
「何しろ生活が激変したんですから。誰だって熱くらい出ます」
この春にはこぶね荘に引っ越して、二年生に進級して。学校とアイドル活動のおかげで充実しながらも、時間的・体力的には忙しい日々。
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