第217話

 私が答えるはずのところは、奏ちゃんが代弁してくれる。

「今日は新曲を?」

「あの霧崎タクトさんが作曲してくれたんです。社長のコネらしいんですけど」

「すごいですねえ! まだ信じられませんよ、僕」

 やがて監督がジェスチャーで合図を出した。

「では、そろそろ歌ってもらいましょう。NOAHの新曲『ReStart』です!」

 私と咲哉ちゃんが前に出て、歌声をはもらせる。


    届かない 届かない 届かない

    奪われたチャンス わたしのココロを砕く現実


 咲哉ちゃんは音感に問題を抱えてるから、出だしはフォローしないといけないの。キレのあるダンスでリズムに乗り、インカムのマイク越しに笑みを振りまく。

 杏さんとリカちゃんも加わった。


    なくしたモノばかり数えてた

    独りぼっちのわたし でも世界は事もなげにまわりゆく


 ふたりが脇に流れてくのに合わせて、今度は奏ちゃんが咲哉ちゃんとはもる。

 パートの構成も咲哉ちゃんをフォローできるよう、みんなで考えた。絶対音感を持つ杏さんと奏ちゃんが、コーラスで咲哉ちゃんを導く。


    見失ってた大切なモノに気付くまで

    宝物をひとつずつ拾い集め やっと立ちあがるのよ


 監督の傍で聡子さんは念じるように祈ってた。私はしっかりとステージに足をつけ、咲哉ちゃんと一緒に声を張りあげる。


    RESTART 負けないために

    たとえ届かなくても 全力で手を伸ばして


    RESTART 諦めないで

    乗り越えるのは壁じゃない 自分自身


    でも届かない まだ届かない だから余計に恋しいのね


 歌い……終わった……?

 スタッフさんはみんな安堵の色を浮かべる。

「ありがとうございましたー! まだまだ聞きたいことはあるんですけどねぇ」

「活動を休止してた間のことも、どこかでお話しようと思ってます」

 私たちはカメラに手を振りつつ、ステージの外へ。

 同時に私はふらついて、糸が切れた人形のように倒れ込んでしまった。それを咲哉ちゃんが抱き止め、背負ってくれる。

「わたしが運ぶわ!」

「医務室はそっちよ! もうスタンバイはできてるから!」

「リカは一応、スタジオに残っててちょうだい」

 閉じゆく視界の中、メンバーの慌ただしい様子が垣間見えた。

 なんとか乗り切ったん、だよね……。

 それきり意識が闇へ沈む。


 マネージャーの聡子は生放送が無事に終わったことに安堵しつつ、驚嘆していた。

 御前結依の底力には監督も舌を巻く。

「本当にあれで具合が悪かったのかい? 大した演技力じゃないか」

「はい。あんなに熱があったのに……信じられません」

 熱は三十八度をくだらないだろう。にもかかわらず、彼女はカメラの前で健康な姿を披露し、過酷な二十分を乗り切っている。

 汗さえぴたりと止まっていた。

「少し様子を見てきますね。お詫びはのちほど」

「なぁに、新人にはよくあることだよ。結依ちゃんによろしく」

 聡子は自分の実力不足を思い知らされるとともに、プロの采配に敬服もする。

 自分はあれほど慌てふためいていたのに、監督やカメラマンたちは冷静に徹し、番組を破綻させない判断をくだしたのだから。医務室へ向かいながら独りごちる。

「私なんてまだまだベテランの足元にも及ばないのね……」

 今日の危機は聡子の責任でもあった。マネージャーでありながら、結依の不調に気付きもせず、事が発覚したのは本番のわずか十分前。

 それも奏の洞察力がなければ、見落としていた。

 井上社長に報告するのを考えるだけで、気が滅入る。怒られるからではなく、自分の愚かしさのせいで。

「私も今一度、気を引き締めないと」

 二度と同じ失敗は繰り返さないと、聡子はこの胸に誓う。

 それにしても――御前結依のポテンシャルには凄まじいものがあった。熱にうなされる身体で、ああも完璧に歌いきれるはずがない。

 また、そんな彼女に牽引されるかのように、ほかのメンバーも普段以上の実力を発揮した。リカと杏のアドリブが功を奏し、結依抜きでも上手く間を繋いでいる。

 偶然にして観音玲美子のステージに上がったという、御前結依と。

 その潜在能力を一目で見抜いた、井上社長の眼力。偶然にしては出来すぎていた。

「玲美子さんのコンサートが運命の分かれ道だったのかもしれませんね……」

 ぞくっと震えが来る。

 NOAHは今にもっと大きくなる――そう予感せずにいられなかった。

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