第200話

 ゴールデンウィークの間に一度、実家へ戻ることになったの。

 たまにはお父さんとお母さんに報告もしないとね。久しぶりにお母さんのお夕飯を食べて、私も手伝って……翌朝には聡子さんに車で迎えに来てもらって、また寮へ。

 寮には咲哉ちゃんが残ってて、玄関をお掃除してた。

「おかえりなさい、結依ちゃん」

「ただいまぁー」

 咲哉ちゃんは越してきたばかりだから、今回は帰らなかったみたい。キッチンにヤバい色の目玉焼きが残ってた気がするけど、触れないでおこうっと……。

 奏ちゃんは自分の足で帰ってきた。変装のために大きな眼鏡を掛けてる。

「そっちはわざわざ聡子さんに送ってもらったの?」

「芸能人だからって、念のため……エヘヘ」

 とは言うものの、私と奏ちゃんの知名度ってそこまで高くないんだよね。やっぱりリカちゃんと杏さんの人気に押され気味なうえ、今後は咲哉ちゃんも加わるんだもん。

 聡子さんは慌ただしく出ていく。 

「それじゃあ、あとのおふたりを回収してきますので」

 私たちは自分のお部屋に荷物を置き、一階のリビングにて集まった。

「今日でゴールデンウィークも最後かあ……」

「ライブがあったから、大型連休って感じはしなかったけどね」

 エプロン姿の咲哉ちゃんがお茶を淹れてくれる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。ふう~」

 ゴールデンウィークの終盤には誰もお仕事が入ってなかった。

 それもそのはず、事務所やテレビ局も基本はお休みだから。ゴールデンウィークのイベント類が片付いちゃえば、あとは羽根を伸ばせるわけ。

 なのに奏ちゃんが冷たい。

「結依は今のうちに数学の復習でもしてれば? 43点だったんでしょ」

「数学は苦手って、公式プロフィールにもあるからいいのっ」

 ソファーのほうでは咲哉ちゃんが芸能誌を読んでた。

「RED・EYEの周防志岐が熱愛発覚ですって」

「ふーん。誰と?」

「マーベラスプロの女性スタッフと、って書いてあるわね。……交際相手なんだから、女性に決まってるでしょうに……」

 はこぶね荘に新メンバーがいるのって、新鮮な気分かも。

「ふたりはお休みの間、どうしてたの?」

 何気なしに尋ねると、奏ちゃんがイヤホンを外す。

「……あぁ、休みの間? 曲聴いたり、ギター鳴らしたり……割とそんなもんよ」

「わたしはコーディネイトを考えたりしてることが多いかしら」

 雑誌を眺めつつ、咲哉ちゃんは長い髪をかきあげた。その仕草ひとつで、ウェーブの掛かったロングヘアがさらりと波打つ。

 やっぱりモデルだなあ……。

「咲哉ちゃんって、その髪、ずっとパーマ掛けてるの?」

「これは天然よ。雨の日に証明してあげるわ」

「……?」

 こうしてソファーに座ってるだけでも、たおやかな雰囲気に溢れてた。

 単に顔立ちが整ってるとか、スタイルが抜群ってだけじゃないよ。指先に至るまでの、細やかな所作のすべてが丁寧で、奥ゆかしいの。

 憧れちゃうな、ほんとに。

「せっかくのお休みだし、午後はみんなでお出掛けしない?」

「そーねえ……あたしも初ギャラが入ったことだし」

 そんな相談をするうち、聡子さんの車が寮の車庫へ戻ってきた。

 杏さんとリカちゃんは疲労感を引きずるように、沈んだ面持ちで帰ってくる。

「「はあ……」」

 ふたりの溜息が重なった。

「息ぴったりだね。……どうしたの?」

「どーしたも、こーしたも。さっきも杏と話してたんだけどさあ……」

 リカちゃんはソファーに飛び込んで、足をじたばたさせる。

「家に帰ったら、明松屋杏のポスターが張ってあんのよ? でかでかと!」

 杏さんも暴れはしないものの、同じ調子で腰を降ろした。

「こっちは玄武リカよ。B2の大きいやつね」

 私と奏ちゃん、咲哉ちゃんは顔を見合わせて、きょとんとする。

「自分のポスターじゃないのね」

「それもどうかと思うけど……張ったのは弟よ。玄武リカのファンなんですって」

「アタシの弟も『明松屋杏は俺の天使』だなんて言い出すんだもんっ」

 また杏さんとリカちゃんの声が重なった。

「芸能界なんか興味ないとか言ってたくせに。ねえ?」

「アイドルなんて興味ないってカッコつけてたくせに。ねっ!」

 お姉さんたちの発奮ぶりに、ひとりっ子の私は怖気づく。

 つまり杏さんの弟くんは玄武リカにぞっこんで、リカちゃんの弟くんは明松屋杏にぞっこんってことだね。

 咲哉ちゃんは柔らかく微笑む。

「弟が自分を応援してくれなくて、寂しいのね? うふふ」

「あ、なるほど……」

 納得しかけた私に向かって、またも怒号がだぶった。

「そうじゃないったら!」

「そうじゃないってば!」

 お姉ちゃんから見た『弟』って、無条件に可愛いわけじゃないみたい。この前も生意気だとか、スケベだとか、あの杏さんでさえ散々にこきおろしてたっけ。

 リカちゃんがぶるっと震える。

「実家にどんどん杏のグッズが増えてくのよ? 結依か奏じゃだめなわけ?」 

「あんたの弟に愛でられるのは、確かに抵抗あるわね」

 杏さんはすっかり肩を落としてた。

「サイン会の企画とかあったら、教えて欲しい……ですって。弟に一生のお願いなんてされたの、初めてだわ」

 そ、それが『一生のお願い』でいいんだ?

 聡子さんがリビングを覗き込む。

「廊下まで聞こえてますよー。弟さんもファンのひとりだって、認めてあげてください」

「……はぁーい」

 NOAHのメンバーはソファーに腰掛け、ぐるりとテーブルを囲んだ。

 ひとりっ子の私は奏ちゃんに探りを入れる。

「奏ちゃんのとこはお兄さんだよね? アイドル活動のこと、何か言ってるの?」

「……それを聞くわけ?」

 一瞬にして奏ちゃん(妹)の表情が苦くなった。

「NOAHの中では一番可愛いな、って……気色悪ぅ~ッ!」

 鳥肌でも立ったのか、華奢な我が身をひしとかき抱く。

 奏ちゃんのお兄さんへ、ごめんなさい。妹さんには全力で嫌われちゃってます……。

 見かねたらしい杏さんが、奏ちゃんを諭そうとする。

「何もそこまで言わなくても……応援してくれてるってことでしょう?」

「だったら、あんたも弟の、リカへの愛を認めてあげなさいよ」

「う。そ、それは……その」

 杏さんって、よく墓穴を掘るなあ。

「弟も兄も結局、オンナにとっては同じなのよ」

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