第199話 『Rising Dream』 #2

 芸能界きっての大手、マーベラス芸能プロダクション。

 数々の天才タレントを有し、その資本力と影響力は他社の追随を許さなかった。観音玲美子や鳳蓮華、藤堂旭、SPIRALの有栖川刹那も名を連ねている。

 そんなマーベラスプロの中で今、虎視眈々と爪を研ぐ三人の少女たちがいた。

「いつまでもSPIRALの好きにはさせないってば」

「と~ぜんだっ。夏のフェスティバルはパティシェルの独断場にするんだからナ」

 身体は小さくとも、勇ましいまでに闘争心を燃えあがらせる。

 マネージャーがきびきびと言い放った。

「いいこと? あなたたち。VCプロのNOAHには絶対、勝つのよ!」

 夏の祭典アイドルフェスティバルでは、持ち時間によってアイドルの番付が決まるといっても、過言ではない。ところがマネージャーにSPIRALではなく『NOAH』をターゲットに据えられ、少女たちは首を傾げた。

「……NOAHって、あの玄武リカの?」

「明松屋杏もいるんだっけ? 出戻りユニットなんて、こっちは眼中に……」

 マネージャはここぞとばかりに対抗心を剥き出しにする。

「やつらに身の程を教えてやりなさい! アイドル界のナンバーワンはSPIRALでもNOAHでもない。私たち――パティシェルだってことを、存分にね!」

「言われなくっても!」

「はぁーい」

 名うてのアイドルユニットが群雄割拠する、この時代。マーベラスプロの秘密兵器『パティシェル』が今、新たなアイドル旋風を巻き起こそうとしていた。


                  ☆


 はこぶね荘にて、改めて私たちは新メンバーの咲哉ちゃんを迎える。

「これで二階の部屋は全部埋まったわけね」

「当番はどうするの? 二人一組じゃ、ひとり余るわよ」

 中学時代に一世を風靡したファッションモデル、九櫛咲哉。しかも咲哉ちゃんは服飾の才能も兼ね備えてて、私たちのステージ衣装を手掛けていたの。

 あの咲哉ちゃんがNOAHに関わってたなんて……まだ信じられない。

 咲哉ちゃんの荷物をお部屋へ運び終わったら、一階のリビングへ集合。リカちゃんは頬杖ついて、まじまじと咲哉ちゃんを眺めてた。

「アタシと杏に続いて、九櫛咲哉ねー。社長もやってくれるじゃない」

 奏ちゃんは苦笑いする。

「またキャリア組が増えるなんて……あたしと結依の立場も考えて欲しいわ」

「だめよ、奏。そんなふうに言ったら、咲哉が気にするでしょう」

「そこを一切気にしない杏に言われても、ねえ……」

 杏さんはすっくと立ちあがり、咲哉ちゃんへと歩み取った。

「NOAHへよこそ、咲哉。歓迎するわ」

「ええ。よろしくね、杏ちゃん」

 咲哉ちゃんと杏さんの間で固い握手が交わされる。

 もう新メンバーが馴染んじゃってる様子を、私はきょとんと見守ってた。

「みんなも咲哉ちゃんのこと、知ってたんだ?」

「まあね。アタシと咲哉、マーベラスプロではマネージャーが同じひとだったし……菊池さんはこのこと知ってるワケ? 咲哉」

「報告はしたわよ。応援してるって」

 いつの間にか、みんなも咲哉ちゃんと仲良くなってたんだね。

 聡子さんがトレードマークの眼鏡に手を添える。

「咲哉さんは頼りになりますよ。特にビジュアル性において、NOAHを大いに牽引してくれることでしょう。みなさんも咲哉さんを見習って、おしゃれになってください」

 リカちゃんが意地悪な笑みを浮かべた。

「だったらぁ、聡子さんもおしゃれするべきじゃない? 地味なスーツばっか着てないでさあ、たまには眼鏡も外して……んふふふ」

「い、いいんですっ。私はマネージャーなんですから」

 聡子さんの眼鏡はガードが堅い。

 賑やかなムードの中、ふと奏ちゃんが声をあげた。

「で? 咲哉、NOAHに加入するからには、音痴は矯正できたんでしょうね」

 わたしは瞳をぱちくりさせる。

「……音痴って?」

「咲哉のことよ。結依は知らないの?」

 件の咲哉ちゃんは誇らしげに胸を張った。

「大丈夫! NOAHの楽曲はマスターしたもの」

「じゃあ『Rising・Dance』、歌ってみてよねー」

 奏ちゃんやリカちゃんは音痴ってことを知ってるみたい。

 あの九櫛咲哉が音痴だなんて、想像もつかないんだけど……。咲哉ちゃんは立ちあがると、豊かな胸に手を重ねた。

「それじゃあ一曲だけ」

 咲哉ちゃんの唇がメロディを紡ぎ始める。

 少しぎこちなく聴こえるのは、伴奏がないからだよね。杏さんや奏ちゃんほどじゃないにしても、私やリカちゃんくらいにはちゃんと歌えてた。

「……これのどこか音痴なの?」

 私はいっそう首を傾げる。

 一方で、奏ちゃんやリカちゃんは感激してた。

「あんた……よくここまで上達したわね。あの壊れたオーディオが……」

「やるじゃん! ちゃんと『Riging・Dance』に聴こえる、聴こえる」

 杏さんなんて、ハンカチで涙を拭いてる。

「血の滲むような努力があったんでしょうね……感動したわ」

「そこまでのことは……でも、奏ちゃんや杏ちゃんが教えてくれたおかげよ」

 その成長ぶりを理解できない私のため、リカちゃんがケータイを取り出した。

「昔の、カラオケで録ったやつあるから。えーとぉ……これこれ」

 突然、怨嗟めいた声が響き渡る。

 それはもう音が外れてる、なんて次元じゃなかった。歌い手が自信満々に曲のメロディを破壊しちゃってるの。騒音……ううん、怪音波かも。

 おかげで、みんなひっくり返っちゃった。再生したはずのリカちゃんまで……。

 杏さんの背中に乗っかったまま奏ちゃんが呻く。

「あ、相変わらず凄まじいわね……。世界一だって狙えるんじゃないの? これ」

「音楽とともに生きてきた身としては、信じられないわ……」

 ただ、当の咲哉ちゃんだけはけろっとしてた。

「うふふっ。もっともっと練習して、上手になるから。また教えてね」

 咲哉ちゃんの底の深さを垣間見た気がするなあ……。

 とにもかくにも、これでNOAHは全メンバーが揃ったわけ。

 稀代の歌姫、明松屋杏。

 天才子役、玄武リカ。

 クールな作曲家、朱鷺宮奏。

 カリスマ溢れるモデル、九櫛咲哉。

 そして――キャリアはなくともセンターの私、御前結依。

 そうそうたる顔ぶれにぞくっと震えが来た。私がセンターでいいのかなって、漠とした不安も込みあげてくる。

 マネージャーの聡子さんがぱんぱんと手を叩いた。

「今日は早めに休んでください。じきにラジオの収録も始まりますし……特に結依さんには来週より、いくつか撮影のお仕事が入ってますので」

「私に?」

「当然ですよ。なんてったって、NOAHのセンターなんですから」

 みんなが私を鼓舞してくれる。

「頑張って、結依!」

「気負うことないってば。いつも通りにねー」

「なんなら、咲哉に教えてもらえば?」

 ノンキャリアだなんて言ってられないか。私には使命があるんだもん。

 NOAHのリーダーとして。

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