第115話

 気持ちの昂る私たちに、聡子さんが念を押す。

「いいですか? 今日は新メンバーの紹介や、新企画の発表といったサプライズはありません。六千人のファンに対して、純粋に実力での勝負となります」

 武者震いがした。

 前回も、前々回も、NOAHのライブは隠し玉を用意してた。明松屋杏や玄武リカのネームバリューを活かす形でもあったんだって。

 けど、今日のコンサートにそんな切り札はなかった。

 注目度の急激な上昇に反して、みんなを納得させるカードが欠けてるの。

 それでもマネージャーの聡子さんは太鼓判を押してくれる。

「ですが、恐れることはありませんよ。あとのことは考えず、ステージで存分に大暴れしちゃってください!」

「はいっ!」

 ここまで来たら、勢いに乗るしかないよね。

 たとえ虚勢であっても。向こう見ずな勇気が、今は必要なんだ。

「NOAHのみなさん! スタンバイお願いしまーす!」

 舞台に立つ時が迫ってくる。

 ステージの脇まで来ると、真夏のような熱気に煽られた。まだ五月の頭なのに、異様に空気が蒸せてるの。

 この仕切り一枚の向こうに大勢のファンがいるんだね。

 茜色の夕空には、東のほうから群青色が混ざり始めていた。照明さんやカメラさんは念入りに機材のチェックを進めてる。

「……あら? 結依、社長よ」

 隅っこのほうで佇んでるのは井上社長だった。

 その隣にはもうひとり、帽子を深めに被った女の子がいる。

「誰なの、あれ? 見学?」

「VCプロの新人じゃないの? NOAHの次の」

 私たちにもう後輩が……。

「開演五分前です! そろそろ位置についてください」

「はーい!」

 呼びかけに応じつつ、私たちは四人で円陣を組んだ。その中心で手を重ねる。

「思いっきり演ろうね、みんな。せーのぉ……」

「レディー・ゴー!」

 暮れなずむ夕空の下、ありったけのライトが眩しく輝いた。

 六千人分の声援が巻き起こって、会場を震撼させる。

 追い風なのか向かい風なのかもわからない。それを全身で浴びながら、私はいの一番にステージへ躍り出た。

「みんな! おっまたせ~!」

 インカム式のマイクが私の声を大音量で響かせる。

 そんな私を追って、奏ちゃんも飛び出してきた。色鮮やかな法被を翻しつつ、私と背中合わせになり、右手をかざす。

「今日は来てくれて、ありがと! 楽しんでいってね!」

 歓声が一段と大きくなった。事故チューのカップルだから、かなあ……?

 リカちゃんと杏さんは客席の手前を走り抜け、ステージへ。

「ちょっと、ちょっと! アタシ抜きで始めないでよねー、ふたりとも」

「ぜ、全員で一緒に出るんじゃなかったの?」

 さすが有名なふたりの登場だけに、またも声援が響き渡った。

「きゃあああ~っ!」

 間髪入れず『RISING・DANCE』のイントロが流れ出す。

 華やかなステージ衣装も相まって、私たちのダンスはいつもと躍動感が違った。ファンの熱気が身体中に絡みつくのを感じながら、矢継ぎ早にステップを踏む。

 屋外のステージだから、開放感にも果てがなかった。

 視界の下半分を埋め尽くすファンが、右から左から波を打つ。

 やがて陽が暮れ、夜空で星が瞬き始めるとともに、みんなのサイリウムも灯った。オレンジやピンク、グリーンの光が群れとなって、真っ暗な観覧席を泳ぎまわるの。

 まるで世界一大きな水族館みたいだね。

 不意に奏ちゃんに背中を叩かれる。

(結依。気ぃ抜いてないで、MC)

(あ。ごめん)

 危うく放心しちゃうところだった。私は前に出て、めいっぱい微笑む。

「最初のは『RISING・DANCE』のショートバージョンでした~。とうとう始まっちゃったね、ゴールデンウィークのコンサート」

「今日だけで六千人よ? 六千人!」

 最前列のファンが何人か、『CD買ったよ』とシングルを掲げてくれた。

 作曲から手掛けた奏ちゃんは、とっても満足そう。

「先月のライブで披露したやつは、突貫工事もいいとこだったから、徹底的に調整し直したのよ。来週には同じものが一般販売されるわ。ぜひ手に取って、聴いてみてね」

「でもわたし、前のも好きよ?」

「それを言われると……困るんだけど」

 杏さんったら自分のMC忘れてる。

 代わりにリカちゃんがはきはきと繋いだ。

「パワレコで近々、サイン会を企画してるの! 待ってるわよー」

「……あ。それ、わたしの台詞ね」

「グダグダにしないで。あんたたち、あたしや結依よりキャリアあるんでしょ?」

 あちこちで笑いが漏れる。

 それから、奏ちゃんが出演するアニメの劇場版を宣伝して、NOAHチャンネルの開設を告知して……。次第に緊張も和らいで、気持ちが落ち着く。

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