第114話

 ゴールデンウィークに入り、いよいよコンサートの本番がやってきた。

 もともと明松屋杏、玄武リカの知名度を足場にしてたNOAHは、二月に鮮烈なデビューを果たし、勢いに乗ってる。

 新メンバーの朱鷺宮奏を迎え、芸能関係のお仕事やラジオなど、出番も着々と増えてきた。しかもSPIRALの有栖川刹那が推してくれたの。

 あの『事故チュー』も最後のダメ押しになった、かな……?

 動員数が六千の規模になると、会場も大きいね。

 屋外でやるのは初めてだから、不思議な気分。開演の午後六時まで、私たちNOAHのメンバーは控え室で待機していた。

「雨が降らなくてよかったわね、本当に」

「このスケールだと、屋根つきの会場も限られてくるもんねー」

 コンサートは空が暗くなって、ライトアップできるようになってから。

 マネージャーの聡子さんが様子を見に来る。

「体調はどうですか? みなさん」

「大丈夫でーす」

 早めに現地入りしたおかげで、メンタル面を整える時間は充分にあった。聡子さんに教わったリラックス法も試して、気持ちを落ち着かせるの。

「結依~、今日こそしっかりMC、頼むわよ」

「まっかせて! リカちゃんもフォローはよろしくね」

 イベントのプログラムは当然、ちゃんと頭に入れておいた。

 まずは『RISING・DANCE』のショートバージョンでステージに上がって……挨拶と、近況の報告だね。

 杏さんのCMや奏ちゃんのアニメ、リカちゃんの映画も紹介しないと。

 『湖の瑠璃』は杏さんがメインで歌って、私たちはコーラス。奏ちゃんは得意のギターでメロディラインを引き受けることになってる。

「前回のライブに比べて俄然、やることが増えたわね。時間通りに進行できるかしら」

「タイムキーパーさんが張ってますから、心配いりませんよ」

 ライブでは毎回、進行をタイムキーパー(TK)が監督してくれた。ほんと、色んなひとが一丸になって開催するんだなあ、コンサートって。

 それだけに、舞台に立つ私たちには責任がある。

 スタッフさんの力を支えにして『いいとこ取り』するんだもん。こっちも全力で期待に応えなきゃ、主役だなんて言えないよね。

 杏さんは緊張気味にスカートを握り締め、聡子さんに尋ねる。

「あの……客入りのほうはどうですか?」

 聡子さんは誇らしげに胸を張った。

「おかげさまでチケットは完売、今日は満員御礼ですよ。でも先月の二倍だからって、圧倒されたりしないでくださいね」

 奏ちゃんの溜息が落ちる。

「たった一ヶ月でライブの客が二倍だなんて……緊張するなってほうが無理よ」

「前もそんなこと言って、奏、舞台にあがったら堂々としてたじゃない。去年のうちはストリートライブなんかもやってたんでしょ?」

「まあね。始まっちゃえば、かえって楽なんだけど」

 奏ちゃんと初めて会った時のことが、脳裏に蘇ってきた。

 あれは確か私がVCプロに入って、まだ間もない頃だったかな。奏ちゃんがギターとキーボードを抱えて、路上で立ち往生してるって、井上さんから連絡が来たの。

 あの時はまさか、こうして一緒にアイドルやるとは思わなかったなあ。

「今日は友達も来てるのよ。伊緒と、響子……は知らないか」

「L女の後輩も見に来てくれてるらしいわ」

「それそれ! アタシと結衣の学校からも、結構……」

 本日のお客さんには顔馴染みもいる。

 刹那さんは忙しいみたいだけど、応援のメールが入ってた。

『頑張ってね、結依ちゃん。NOAHのみんなにもよろしく伝えておいて』

 刹那さんって多分、例の件に気付いてるよね。御前結依とのツーショットをブログに掲載して、NOAHに追い風を差し向けたってこと。

 だから、メールの文面は『みんなに謝っておいて』とも読める。

 聡子さんが控え室を一瞥した。

「そうそう、今日のライブには社長も来てらっしゃいましたよ」

「井上さんが?」

 NOAHは結成当初、VCプロの社長である井上さんがじきじきに舵を取ってた。でも二月のデビューコンサートを終えてからは距離を取り、聡子さんたちに一任してる。

「井上さんも現場主義の気が強いですから。じっとしてられないんでしょう」

「そんじゃ、社長のためにも頑張んないとねー」

 リカちゃんはくるっとターンして、雅やかなステージ衣装を波打たせた。

 前回のコンサートと同じ法被みたいなデザインで、和風の柄入りだよ。これはリカちゃんの持ち歌『ハヤシタテマツリ』をイメージしたもの。

「今日のメインはやっぱり『ハヤシタテマツリ』でしょうね」

「あれと、もう一曲と……同時進行はキツかったわ」

「お疲れ様、奏ちゃん」

 物販コーナーではそれを含め、二枚のシングルが先行発売されてる。

 ジャケットにリカちゃんのサインを入れよう、って話もあったんだけど、枚数の関係で断念することに。さすがに一日や二日で二千枚分のサインは、過酷にも程があるから。

 それにお客さんの数に対して、物販のCDは足りてないでしょ? 会場でも三人にひとりしか買えない先行発売の分に、特典はやめようって言い出したのは、私。

 聡子さんも『無用なトラブルを避ける意味でも』と同意してくれて、のちの一般販売のと同じ仕様で発売することになったの。

「自分の歌がCDになるのって、なんだかすごいよね」

 一端のシンガーソングライターとして、奏ちゃんは胸を撫でおろす。

「あたしにとっては夢のひとつよ。思い入れもある曲だし……」

「え? 『ハヤシタテマツリ』が?」

「そっちじゃないほう。まあ『ハヤシタテマツリ』も会心の出来ではあるんだけど」

 もちろん、どの曲もみっちりとレッスンした。準備は万端。

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