第107話

 その頃からお仕事が急に増え始めたの。

 ラジオへの出演に、芸能雑誌のインタビューでしょ、それからピンナップの撮影――私の生活は一変して、日に日に騒がしくなってきた。

「コンサートも次でもう六千人のスケールなんです。何もかも早すぎて……」

 六千人ものファンを呼べるようになるまで、普通はもっと掛かるはずだよ。VCプロのプロモーションばかり先行しちゃって、私たちを置き去りにしてる気がして……。

「ちゃんと数字が取れなかったら、やっぱり活動の縮小とか、場合によっては解散……なんてことも、あるんですよね?」

 胸の中に溜まってたものを、私は溜息交じりにありったけ吐き出す。

 結果を考えると、どうしても期待より不安が先んじた。聡子さんが『いずれ活動休止といった話も出てくる』と最初に釘を刺したのも、憶えてる。

 刹那さんは紅茶を呷りつつ、綺麗な唇を綻ばせた。

「確かにそうね。アイドルは第一に『ビジネス』だもの」

 流れてたジャズが途切れ、お店は静まり返る。

「例えば楽器だとか作曲なんかは、プロにならずともいいわけでしょう? 趣味として自分の好きにやるのが一番大事で、満足できるかどうかも、そのひと次第」

 それが趣味なら好きなことだけ、楽しいことだけやればよかった。ライバルと競合したり、衝突したりすることもない。

「でもアイドルは、ファンがいないことには始まらないのよ。個人でやってるネットアイドルなんてのもあるけど、それだって、ファンがいてこそ成立するものだから」

「あ……はい。なんとなくわかります」

 だけど、アイドルはファンとの相互作用を必要としていた。

 みんなに応援してもらって、初めてアイドルでいられるんだよ。だから、私たちの活動は何より『数字』を取ることが前提になってる。

「スタートした以上、走り続けるしかないわね。栄光のスターダムまで」

 そう語る有栖川刹那さんに、トップアイドルの矜持を垣間見た。

「走り続けるしか……」

「ええ。でもね、それはあくまで一般論」

 ところが刹那さんは表情を緩め、今しがたの持論を撤回しちゃうの。

「数字なんか気にしてたら、きりがないわよ。数字だけ増えても、中身のないファンばかりじゃ意味もないしね。あんなものは所詮、目安よ、目安」

 トップアイドルの瞳はきらきらと輝いてた。

「そっちはプロデューサーに任せて、好きにしちゃいなさい。結依ちゃんも」

「じゃあ、刹那さんもそんなふうに?」

「もちろんよ。どうせなら思いきり楽しむべきでしょ」

 満面の笑みを浮かべながら、刹那さんが私のおでこを突っつく。

「演る前から結果を求めてるようじゃ、アイドル失格よ? うふふっ」

 そのフォローはおまじないのように効いた。

 有栖川刹那の言葉だから説得力もある。私、数字だの結果だのに気を取られて、危うくアイドルの本分を忘れるとこだった。

 私にとってのアイドル活動は、お仕事であって、同時に趣味でもあって。

 NOAHのみんなと一緒に『夢中』になれること。 

「結果なんてものは、あとから付いてくればラッキー、くらいに思えばいいの。わたしも好き放題にやってるうちに、ラッキーが続いただけなんだから」

「でも、ずっと全力でやってきたんですよね?」

「それはもう。夢中になるって、そういうことじゃない?」

 刹那さんのおかげで吹っ切れたかも。

 お喋りが一段落した頃合いを見て、マスターのお爺さんがコーヒーのおかわりを持ってきてくれた。

「冷めてしまったでしょう。サービスしますよ、どうぞ」

「いいんですか? ありがとうございます」

「有栖川さんには贔屓にしていただいておりますので。はっはっは」

 刹那さんの人徳を感じちゃうなあ。

 玲美子さんを人気アイドルの基準にしてたの、間違いだったみたい。そりゃ玲美子さんだって、タイヤキ奢ってくれたり、焼き肉ご馳走してくれたりするけど……ねえ?

 コーヒーを勧めながら、マスターは刹那さんに妙案を出した。

「どうです? お得意のタロットで、こちらのお嬢さんを占って差しあげては」

「そうね……どんな結果が出るかしら」

 刹那さんがポシェットからカードの束を取り出す。

「できるんですか?」

「私のタロット占いはよく当たるって、評判なのよ? うふふっ」

 持ち歩くくらいだから、本当なんだろうね。

 タロット占いなんて初めてで、どきどきしてきた。私はコーヒーとアップルパイを脇にのけ、タロットカードの導きを待つ。

「結依ちゃん、目を閉じて」

「あ、はい」

 刹那さんの言葉は不思議と暗示のように聞こえた。

「よぉくイメージして。NOAHをどうしたいか、自分はどうありたいのか……」

 闇の中、カードが静かに並べられていく。

 次に目を開けた時には、タロットカードは三枚ずつ伏せられてた。それが九ヶ所、全部で二十七枚になる。

「結依ちゃんから見て、下の段から過去、現在、そして未来よ。まずは過去のNOAHがどうだったか、確かめてみましょうか」

 思った以上に本格的な占いだった。

 タロットカードはトランプに似てて、剣や円盤が数字になってる。

 それとは別に大きな絵の入った、特別なカードもあった。もちろん、素人の私には意味なんてわかるはずもない。

「どうですか?」

「これは……はっきりと出たわね」

 刹那さんの手が捲ったのは『魔術師』のカード。ただし逆位置ってやつで、意味が反転するそうなの。その意味は、

「自信喪失。メンバーはみんな、挫折を抱えてのスタートだったのね」

 当たってた。現に杏さんは歌で、リカちゃんも子役のジンクスで悩んでたもん。

 奏ちゃんは自慢の声を失って。私も……劣等感に苛まれてた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る